299話:闇森人とゆるキャラ
※今回は主人公視点ではありません
「ようメイドの姉ちゃん、暗がりを一人で歩いてちゃ危ないぜ?」
暗い路地を急ぐ私の前に、三人の冒険者風の男たちが立ち塞がる。
「急いでいるのでどいてくれませんか?」
「まあそう言うなって。この辺は物騒だから俺たちが表通りまで護衛してやるよ。護衛代は頂くがな。もちろん先払いで」
男たちは私を逃がすつもりはないようで、じりじりと距離を詰めてくる。
メイド服には豪商や貴族といった権力者の元で働いているという、身分証のような効果がある。
だからメイドに手を出せば雇い主である権力者の怒りを買い、報復されるというのは周知の事実だ。
私がメイドだと分かっているのに襲おうとしているということは、他所からラーナムに来た流れ者かな?
護衛代だけせしめて、事が済んだ後はその足でラーナムを去るつもりかな。
欲望で目をギラギラさせた男たちに囲まれて、私は思わず笑みを浮かべてしまう。
あ、それは邪人として見られていないという意味だからね。
男たちのいやらしい視線自体は普通に気色悪い。
私たち親子を助けてくれただけでなく人種と共に生活できるよう、体に漂う邪人の魔力を人種のそれに偽装する魔術具を与えてくださったご主人様には感謝してもしきれない。
「はあ、仕方ないですね」
私はため息混じりにスカートに手を伸ばし、たくし上げた。
「おっ、物分かりがいいじゃねえがっ―――」
露わになった太腿に興奮する勘違い男の台詞は途中で途切れる。
太腿に括り付けてあった鞘から素早く抜き放った金属の棒が伸びて、男の顎をかち上げたからだ。
すくい上げる一撃は男の下顎を砕き、小太りな体は放物線を描いて飛んで行く。
頭から地面に落ちて、ピクリとも動かなくなった。
この金属の棒は三つの僅かに直径の違う筒で構成されている。
鞘に収納時はその三つの筒が重なり一本分、おおよそ足の付け根から膝くらいまでの長さで収まっていた。
そして素早く棒を振ると、外側の一番大きい筒に収まっていた二番目に大きい筒が飛び出し、更に一番小さい筒が飛び出して一本の長い棒になる。
ご主人様曰く伸縮式警棒という武器らしい。
お知り合いの伯爵様と相談して、わざわざ私の護身用武器として作って頂いたものだ。
このようにスカートの中に隠せて非常に便利。
これは試作品だけど、将来的には魔力を流して強度を増したり属性を付与させたりする予定だとか。
仲間が一撃でやられて唖然としているうちに、別の男の腹に警棒を突き入れる。
「ぐべぁっ」
鳩尾を強打された小柄な男は、体をくの字のして水平に吹っ飛び壁に激突。
そして胃の内容物を吐き散らしながら地面にうずくまった。
血が混じっているので内臓も傷ついたかも。
「このやろう!」
最後に残った禿頭の男が私の背後から抱き付き組み伏せようとするが、気配は察知していたので振り向き様に蹴りを放つ。
フリルのついたスカートがふわりと舞い、再び太腿が剥き出しになる。
暗いから中身は見えないはず。
私の肌が浅黒いことも分かっていなそう。
脇腹を狙ったつもりだったけど、少々手元、じゃなくて足元が狂ったみたい。
私の回し蹴りは男の股間に突き刺さり、踵に何かをぐしゃりと潰す、鈍くて気色悪い感触が伝わってきた。
「あっ、ごめんなさい」
思わず謝ってしまったけど、禿頭の男からの返事はない。
白目を剥き、口からは泡を吹きながら前のめりに崩れ落ちた。
夜空に向かってお尻を突き出した姿勢のままピクピクと痙攣している。
ものの数秒で男たちの排除は完了した。
「ええと、じゃあ、私は急いでるので……」
ちょっとやり過ぎたかな、と思わなくもない。
でも私以外の女の子だったら襲われていただろうし、自業自得だよね。
ギリギリ死んでないと思うし、衛兵に突き出すのも面倒なのでこのまま放置でいいかな。
そもそも普通の女の子はこんな暗い路地を通らないという事実は考えない。
私はいそいそと警棒を畳みスカートの中に仕舞うと、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの扉を開けると中の熱気が外に漏れ、私の長い薄紫色の髪を後ろになびかせた。
時刻は夕食が終わり善良な市民は眠り、そうでないものが騒ぎ出す時間。
冒険者は当然後者で依頼の受付カウンターは混んでいるし、ギルドに併設された酒場では一仕事終えた冒険者たちが大騒ぎしている。
私はこういった人々の熱気が好きだ。
この世界を創造した神を裏切り、外様の神を信奉する邪人の闇森人である私の体には、創造神の子らにとって不快に感じる魔力が滞留している。
近くにいるだけで人種からは忌み嫌われ、迫害され、こうやって堂々と人前に出ることは不可能だった。
私たちの一族は邪人として生まれたが、それは遠い祖先が創造神を裏切ったせいだ。
昔はどうか知らないが、今を生きる私たちは創造神に敵対するつもりは全く無い。
だから森の隠れ里でひっそりと暮らしていた。
一族の皆は外に出ても碌な目に遭わないと分かっていたので森に引き籠っていたが、私はちょっと変わり者だったみたい。
外の世界に憧れて若い頃はこっそり里を抜け出しては人種の街を遠目に眺めていた。
たまに我慢できなくなって潜り込んでは見つかり、殺されそうになって逃走することも。
暫くそんなことを繰り返して、やはり外の世界では暮らせないと悟った私は、仕方なく一族の暮らす森へ帰る。
それからは平穏な暮らしが続く。
何かと心配して世話を焼いてくれた幼馴染と夫婦になり、娘が生まれ、まあこんな暮らしもありかなと思い始めた頃……悲劇が起きた。
邪人としての力を利用しようとした人種に隠れ里を襲撃され、私と娘以外が皆殺しにされてしまう。
私と娘はそいつらに攫われたが幸運にもご主人様に助けられる。
私と娘が心に負った傷は大きい。
娘は毎晩のようにうなされるため、また一緒に眠るようになった。
私自身もふとした瞬間に焼かれた故郷の森と、無惨に殺された同胞と夫の光景が脳裏に蘇る。
その度に心が絶望に支配されるが、娘のためにも正気を保たなければ。
人種には散々な目に遭わされ続けてきたが恨むつもりは無い。
恨むべきは事を起こした当人にであって、種族自体の罪ではないからだ。
この世界から迫害され続けている邪人だからこそ理解できる真理だと思う。
そういえばご主人様は最初から邪人である私たちを嫌悪する様子はなかった。
ご主人様も真理に気が付いているのかな?
助けてもらっただけでなく、人種の世界で暮らせるようにしてくれたご主人様には、返しきれない恩がある。
ご主人様を迎えに行けなかった分、私は自分の仕事を頑張らなければ。
「なんでメイドがこんな時間のギルドにいるんだ?」
「お前知らないのか? 彼女はクラン〈カオステラー〉の〈漆黒メイド〉だ」
「邪人なんだろ? 危険じゃないのか? てかあの気持ち悪い魔力感じないな」
「〈隷属の首輪〉がついているから大丈夫なんだろ」
「黒ってことは白もいたりすんのか」
「いいねえ、俺もあんな奴隷にご奉仕されたいぜ」
「〈カオステラー〉ってことはあの貴族の兄ちゃんのメイドか? 他のメンバーも女ばかりだしさすがはお貴族様。いい御身分で」
「もちろんいるぞ。俺は純白派だな」
「いや、飼い主は鼠人族の亜人だ」
「見てくれは全員良いが性格は……おっとなんでもない!」
「あの亜人は〈混沌の女神〉の使徒らしいぞ。でも最近見てないな。おっ死んだのかね」
「うおおい! 滅多なことを言うんじゃねえ! 羊角の女に聞かれたら怒り狂ってボコボコにされるぞ」
私が冒険者ギルドの入口で止まったまま考え事をしていたため、他の冒険者の注目を浴びてしまった。
随分と失礼な物言いが聞こえてきましたが、私は許してあげましょう、私はね。
「ルリムちゃん。こっちこっちー」
私を呼ぶ声が聞こえたので酒場の方を見ると、テーブル席の一角からこちらに手を振る女性の姿が見えたのでそちらへ向かう。
「すみません、お待たせしました」
座席にいたのはパーティーメンバーで羊人族のリリエルさんと、シャウツ男爵家当主のマリウスさん。
それと見知らぬ男女が三名の合計五人。
「いえいえ、こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」
「そうそう、今日はただの顔合わせなんだし。仕事優先でいいのよ」
「こちらが今回合同パーティーを組む〈月揺らしの狩人〉の方々ですか」
リーダーと思われる口髭を生やした壮年の男性の丁寧な言葉に対して、リリエルさんの態度は随分だったけど彼らが気にする様子はない。
それは私たちのほうが冒険者としての格が上だからであった。
格上相手でもリリエルさんの態度は変わらなそうだけれども。
そもそもリリエルさんはご主人様への信仰心以外は適当過ぎて困ってしまう。
「それじゃあ乾杯しよっか」
「あ、その前にですね」
ご主人様の悪口を言っていた冒険者がいるとリリエルさんに告げ口する。
「なぁにぃ! やっちまったわね。この私が制裁してやるわ。どこのどいつよ?」
私が指を指すと、指された冒険者もこちらに気が付いた。
「やべぇ! 聞こえてたか! 逃げるぞ」
「っしゃあ待ておらああああああああああ」
「……ええと、それじゃあルリムさんも合流したということで、改めて乾杯しようか」
逃げる冒険者を追いかけて飛び出していったリリエルさんの代わりに、苦笑いを浮かべながらマリウスさんが音頭を取る。
まあリリエルさんがいると本当に顔合わせだけで終わってしまうので、わざと焚きつけたんだけど。
それを理解してのマリウスさんの苦笑いだったりする。
リリエルさんの行動に唖然としている〈月揺らしの狩人〉の方々と乾杯すると、合同パーティーの件について打ち合わせを始めた。
ご主人様から任された仕事を完璧……にはできなくても、全力でこなす。
それが私にできる最大限の恩返しなのだから。




