295話:ゆるキャラと温泉回
日本人なら発見した温泉には入らねば、という謎の使命感がゆるキャラとニールを突き動かしたため、本日の探検はこれにて終了となった。
温泉の効能は知る由もないが、安全性については問題無いだろう。
何故なら先客が居たからだ。
そいつは体長が一メートルくらいある巨大な鼠。
タワシのようなごわごわした茶色い毛皮を持ち、ずんぐりむっくりした体型に眠たそうな目。
カピバラである。
温泉の端で首まで浸かり微動だにしていなかったので、その存在に気付くまでに時間を要した。
そして気付いた時はアトルランにもカピバラがいるのかと、華麗な二度見を決めてしまった。
いや、見た目はカピバラだがその正体はカピバラに似た何かかもしれないが。
「……ちっ」
ゆるキャラと無言で見つめ合っていたカピバラだが、暫くするとのそのそと動いて温泉から出て、草むらに入っていった。
……ん? 今舌打ちされたか?
とにかく本日はここをキャンプ地とする。
温泉を知らなかった竜姉妹と妖精の三名だったが、概念を知るとあっさり受け入れ楽しんでいた。
「それにしたって君たち、もう少しこう、恥じらいというか……」
シンクとハクア、それにフィンは服を脱ぎ捨てると、程よい大きさの岩場に囲まれた温泉に飛び込んだ。
「んー、きもちいい」
「お湯に浸かるとこんな感じなのね」
「あー染みるわあ」
完全にキッズなシンクはともかく、お姉さんのハクアは裸になることに抵抗があるかなと思ったが、そんなことはなかった。
というかフィン、君はそのアイドル衣装みたいな服を脱着できたんだね。
てっきり体の一部みたいな扱いかと思っていたよ。
妖精サイズとはいえ中高生くらいの見た目なんだから、おっさんみたいな感想を言ってないで君も恥じらいなさいよ。
あと背中の蝶の羽ががっつり湯船に浸かってるけど大丈夫なのか? 風の魔術で空気の層を纏って保護してる? ならいいけど……。
「春は夜桜、夏は星、秋は満月、冬は雪、それで十分酒は美味いってやつだなあ」
「いやあんたはどこの清十郎だよ。そしてあんたも恥じらいとは皆無なのな」
「だって俺の中身は男だし」
ゆるキャラの提供した〈コラン君大吟醸〉をコップでちびちび飲みながら、ご機嫌になっているのはニールだ。
人造人間とはいえ完全に成人女性の体なわけで、それはもう目のやり場に困る。
透明度が高いタイプの湯なので尚更だ。
陶器のように白い肌は湯に濡れて艶を増し、酒により火照った頬はほんのり赤く、至福の表情も相まって妖艶さが倍増している。
長い黒髪は特に束ねるでもなく、湯船に浮かべて自由に遊ばせていた。
髪をお湯につけるのは地球のマナーとしてはNGだが、ここは異世界の秘境なので気にする必要もないだろう。
そしてぷかぷかと浮かぶ巨大な双丘。
本当に浮くんだなあ、という感想しか出てこない。
いや直視なんてしてないよ? ただ顔を背けていてもエゾモモンガの広い視野が勝手に拾っちゃうだけで。
一応ゆるキャラは見張り役なので温泉には入っていなかった。
まあこの人たちは素っ裸でも敵が来ればそのまま戦い出しそうだけど。
「トウジ以外の男には見せないぞ」
「言い方が情熱的! と見せかけて、俺を人間の男として見てないだけだよねそれ」
ニールだけでなく皆がゆるキャラに裸を見られても、飼い犬♂に見られたくらいにしか思ってないのだろう。
こういうセンシティブな展開になる度に再認識するのだが、〈コラン君〉は♂だがこの肉体はあらゆる異性に反応しない。
人間の男に戻った時、果たしてゆるキャラの中の人は男の尊厳を覚えているだろうか。
「早く人間になりたい」
「結局ミンドナファムの提案は断ったのか?」
「だってニールみたいに意識を取り戻した時、女になってたら困るし……」
ニールはゆるキャラと同じく日本からアトルランへとやってきた異邦人だ。
ところがこの日本というのがいわゆる平行世界で、ニールの住む日本には超能力が存在し、科学もこちらより発達していた。
しかも絶賛世界戦争中で、ニールは人工的に造られた合成人間の少年兵だった。
そして日本に帰るよりも先に体の活動限界を迎えたため、第一位階冒険者で〈魔法使い〉という二つ名を持っていたミンドナファムの力を借りて、人造人間の体を手に入れたのだ。
合成人間と人造人間は限りなく似ているそうで、ニールの持つ超能力も無事移植されたのだが……。
「元々用意していた男の素体は適合に問題があって、急遽この体にしたと言っていた。それが真実かどうかはあいつにしか分からないけどな」
女の体になった直後は色々慣れなくて大変だったが、少しずつ精神が肉体に慣れていったそうだ。
「男に戻りたいとは思わないのか?」
「元々合成人間に生殖能力は無いし、見た目も戦争に関係無いからな。戦闘能力さえ残っていれば他の優先順位は低いな」
ゆるキャラとニールは、異世界に転移して本来を肉体を失っている状況は似ているが、目的には違いがあった。
前者は自身の安寧のために行動していて、後者は国のために戦場へ戻ろうとしている。
ゆるキャラは自分の事ばかりでなんだか申し訳ない気持ちだ。
ゆるキャラも元々は人間だと聞いたミンドナファムが、人造人間の体が欲しいかと聞いてきた。
この〈コラン君〉の体を報酬としてくれるなら素体を用意するという。
ニールの言う提案とはこのことだ。
「命をかけたギャンブルはできないしなあ」
ただしニールと違って〈コラン君〉の加護は移植できないし、必ず成功するとは限らないと言われた。
さすがに失敗する可能性があると言われたら二の足を踏んでしまう。
かといって混沌の女神こと猫に会って人間に戻してくれと頼んだところで、必ず戻れるという保証も無し。
……あれ、もしかしてギャンブルするしかないのか?
でもゆるキャラの中の人、ギャンブル運無いからなあ。
こちらの葛藤を見抜いたのかニールが少し表情を曇らせてから、ずいと身を乗り出してコップを突き出してきた。
「酒、おかわり」
「わかった、わかったから身を乗り出すな。色々まろび出てるから」
「トージ、私にもジュースちょうだい」
「ん、ほしい」
「あっ、私も」
「はいはい」




