294話:ゆるキャラと探検隊
というわけでゆるキャラ探検隊の出発だ。
サブタイトルを付けるなら「絶望荒野の奥地に楽園を見た!! 神の箱庭に生える幻の弟切草を追え!! 」といったところか。
ここで本家(?)なら毒蛇や毒蜘蛛に襲われたり、底なし沼に落ちたり、原住民(??)の罠に掛かったりするのだが……。
「ひんやりしてていい感じ」
出発早々に全身に鮮やかなエメラルドグリーンの巨大蛇を巻き付けた状態で、シンクが気持ちよさそうに目を細めている。
蛇的には獲物を全力で締め上げようとしていたが、竜族的には甘噛み以下の感触のようだ。
「見て!ニール、綺麗な色。荒野だったら目立つけどここなら草木に紛れるのね」
ニールの手を引いたハクアが、蛇の鱗をまじまじと観察している。
蛇に興味のないニールは「ああ、そうだな」と適当な相槌を打っていた。
見た目は絶世の美女だがその反応は子供に付き合うお父さんのようだ。
ここは動物園の爬虫類コーナーかな?
一応冒険者が敬遠するくらい到達困難な秘境に来ているのだが。
「だんだん暑くなってきた」
己の体温が蛇に移ったのだろう。
深紅の髪とワンピース姿の幼女は、とぐろを巻いて全身を覆っている蛇をぺりぺりと剥がしてぽいと放り投げた。
藪に向かって飛んでいく蛇の瞳が悲し気に見えたが気のせいだろう。
襲い掛かってきたのに無傷で解放したんだから、ありがたいと思って欲しいものだ。
この場にまともな冒険者がいれば、「あれは凶悪な魔獣○○スネーク!? 巻き付かれたら全身の骨が砕かれるぞ。気を付けろ!」みたいな解説を聞けたかもしれない。
しかし残念ながら今いる面子に冒険者として正しい知識を持つ者はいないし、また知識を必要する者もいなかった。
「む、埋まった」
巨大蛇との遭遇から暫くして、今度は底なし(かどうかは知らないが)沼に首まで浸かってシンクが楽しそうに言う。
湖の畔からなんとなくこっちかな……という方向へを出発すると、早々に地面がぬかるむ湿地帯のような場所に出くわした。
汚れるのを嫌って皆が空を飛ぶ中、シンクだけは楽しそうにぬかるみに突撃していく。
そういえば前に闇の眷属のサハギンの発生場所を探すため、川岸を捜索したことがあった。
その時もシンクはごきげんな様子で川遊びしていたのを思い出す。
子供らしく水遊び泥遊びが好きなシンクに、ひとりで勝手にほっこりするゆるキャラである。
お姉さんのハクアはそういう遊びはもう卒業したようで、高い位置を飛んでいた。
絶対汚れないぞ、という強い意志を感じる。
シンクだけ汚れるのも可哀そうな気がしたので、ゆるキャラもお付き合いで泥にまみれていた。
さすがに沼は飛び越えたけどね。
「きゃあっ、シンク! ヒルよ! ヒル」
のしのしと底なし沼をものともせず徒歩で渡ったシンクの首筋に、人の掌くらいはありそうな巨大蛭が貼り付いていた。
まるで赤黒い内臓がひとりでに動いているようなヒルを見て、上空のハクアが悲鳴を上げる。
蛇はいいけど蛭は駄目らしい。
気色の悪さに顔を顰めながら、ハクアは目の前を飛んでいたフィンを捕まえて抱きしめた。
「ぎゃっ、ぐるしいぐるしい」
結構力が入っているらしく濁声になるフィン。
最近そんな声出してばかりだね、君は。
「ん? ん」
当のシンクはなんだ蛭か、といった感じで首筋に貼り付いた蛭をぺりぺりと剥がしてぽいと放り投げる。
他にも何匹か貼り付いていたようで、シンクは自分の体をあちこちまさぐっていた。
先程の蛇もそうだが、蛭ごときでは竜族の肌を傷付けることはできない。
《人化》していると一見柔らかそう、というか実際に触ると柔らかいのだが、不思議と竜の鱗と同等の防御力を兼ね備えている。
「シンクは蛭とか気色悪くないのか?」
「んー、べつに」
むしろなんで気色悪いと思うの? と問いたげにゆるキャラを見上げるシンク。
これもそういえばだが前に闇の眷属の闇蜘蛛と戦った時も、シンクは動じることなく子蜘蛛を素手でべちべちと叩き潰していたな。
シンクが特別に動じない性格なのだろうか、それとも子供特有の虫が平気なアレだろうか。
子供の頃は虫を素手で触るのも平気だったけど、歳を取ると苦手になるのは何故だろうね。
スタンドバイミーごっこも程々に、ゆるキャラたちは神の箱庭の探検を再開。
どろんこのシンクは湿地帯を抜けたところでフィンの魔術 《洗浄》で下洗いし、ゆるキャラの持つ魔術具、通称聖杯で生み出した《浄化》効果のある聖水を頭からかけて綺麗にした。
またすぐ汚れるかもしれないが、たいした手間じゃないし都度洗えばいい。
エゾモモンガの鼻を必死にすんすんしても、今のところ弟切草のくっっさい匂いは嗅ぎ取れていない。
一度ニールと一緒に上空から探してもみたが、生い茂った木々が邪魔をして黄色い花を目視で確認することはできなかった。
地道に地上から探すしかないようだ。
「本当にここに弟切草があるのかねえ」
「神の箱庭に冒険者が訪れた最後の記録は、十数年前ってギルドマスターが言っていたな。その時に弟切草を発見したそうだ。持ってきたサンプルもその時のものだ」
「めっちゃ貴重じゃん……。塩漬け依頼になるのも当然か」
その後も交戦的な蟷螂の魔獣や、地面を埋め尽くす大量の蛙の魔獣と遭遇(やっぱりハクアが悲鳴を上げて再びフィンが締め上げられた)。
更にその蛙を木の枝に刺した百舌鳥の魔獣などもいたが、適当にあしらいつつゆるキャラ探検隊は進む。
そして夕暮れ時になってようやく……。
「くっさ」
「あ、その反応はやっと見つかったの?」
ぐったりした様子のフィンが、ゆるキャラのマフラーの中から顔を出した。
シンクと違ってフィンは魔獣に襲われたらひとたまりもない。
だからハクアに守ってもらっていたのだが、むしろハクアが危険だということでこちらに逃げてきていたのだ。
今日はユキヨがコラン村でお留守番なので、マフラーには空きがある。
「うーん、臭いけどこれは弟切草とは違う臭さだな」
よく卵が腐ったにおいと表現される硫黄臭というやつだ。
進んでいた獣道を外れ、横の草むらを掻き分けると硫黄臭の発生源はすぐに現れる。
右手方向が結構な上り勾配になっていて、三メートル程の幅の川が流れていた。
川の周辺は岩肌が露出し一部は滝のようになっているので、川というよりは渓流と言った方が正しいか。
渓流の側には大小様々な水溜まりがあるのだが、ゆるキャラがその一つに慎重に手を入れてみる。
「ふうむ、いい湯加減だな」
「おっ、もしかして温泉か?」
「「「おんせん?」」」
ニールのどこか嬉しそうな呟きを聞いて、温泉を知らない他の三名は揃って首を傾げていた。




