291話:ゆるキャラと益子家の食卓
ゆるキャラの中の人はあまり自炊をしてこなかった。
何故かといえば単純に面倒くさかったのと、食への拘りが薄かったからだ。
美味しいラーメンを食べるために、わざわざ名店で並ぶくらいならカップラーメンでいいや、となるのだ。
名店のラーメンがカップラーメンより美味しいのは分かっているので、決して馬鹿舌ではない……はず。
ただもう一方でカップラーメンも十分美味いと思っている。
美味いのハードルが低いのかな?
連休になると一人暮らしの叔父の家にふらりと現れては、謎レシピの手料理をご馳走してくれた姪っ子のことをふと思い出す。
普通に作れば十分美味いのに、何かとアレンジしたがる姪っ子の実験台にさせられていた。
実験台にした挙句「何食べても美味しいしか言わないからつまんない」と、姪っ子は頬を膨らませていた。
褒めてるのに不服とはこれいかに。
可愛い姪っ子の作ったものだからなんでも美味しい、というわけでもないので、やはり美味いのハードルが低いのだろう。
そういえば今作っている生クリームとジャムの組み合わせも、姪っ子のアレンジの中にあったものだ。
「一枚くらいなら先に食べててもいいぞ?」
「「ううん、まってる」」
竜姉妹には先にホットケーキを食べていても良いと言ったのだが、律儀に待ってくれていた。
生クリームとハスカップジャムの登場で、ホットケーキがより美味しくなると勘付いたようだ。
姉妹の口の端から涎がちらちら見えているから、急いで作ろう。
生クリームを泡立てる場合、適量の砂糖を加えて器を冷水で冷やしながら掻き混ぜるのが通常の手順だ。
そしてこれだと泡立てるまでが結構大変で時間がかかるので、今回は裏技を使う。
生クリームにハスカップジャムを入れて掻き混ぜる。
これだけで通常よりも早く生クリームを泡立てられるのだ。
なんでもジャムに含まれるペクチンという成分がクリームの凝固を早めるらしい。
姪っ子としてはフルーツ風味のホイップクリームを作りたかっただけなのだが、妙に固まるなあとネットで調べたら、効果的な裏技だったと気が付いたのであった。
ホットケーキの上に出来上がったホイップクリームをこんもりと盛り付け、その中心にハスカップジャムを乗せる。
「はい。ホットケーキのハスカップクリーム仕立て(名前適当)の完成だ!」
「「ふわああああああ」」
見た目のスイーツ感が増したホットケーキに大興奮の竜姉妹。
二人とも手にしたフォークで慎重に切り分け、茶色、白色、藍色の三色を一気に口へ放り込んだ。
「「…………」」
終始無言。
無言ではあるが、目尻の下がった幸せそうな表情からして大満足なのは間違いない。
口一杯にホットケーキを頬張り、視線を合わせにっこにこで頷き合う姉妹。
これがほっぺたが落ちそうなほど美味しいというやつかね。
自分たちで作ったということもあり感動もひとしおだろう。
黙々とフォークを動かし、あっという間にホットケーキ一枚を平らげてしまった。
「トウジ、おかわりちょうだい」
「私にもください」
「はいよ」
「もっと」
「え?」
「もっとクリームのっけて」
「あ、ずるい私も」
おおっと。
まさか用意したクリームがホットケーキ四枚でほぼ無くなるとは。
慌ててクリームの追加生産に取り掛かるゆるキャラである。
「二人とも十枚、十枚ずつまでだからな」
「「ん」」
摂取カロリーが半端ないことになるが、竜族的には大したことないらしい。
妖精のフィンや精霊のユキヨもそうだが、摂取したエネルギーは魔素に変換されるからだ。
そういえば〈ハスカップ羊羹〉や〈コラン君饅頭〉といった商品には様々な回復効果が付随しているが、調理したものでも同様の効果があるのだろうか?
機会があれば検証したいところである。
「お姉ちゃん、とっても美味しいね!」
「こんなに甘いお菓子、初めて食べたわ。……どれだけ体重が増えちゃうのかしら」
キッチンを貸してくれたリチャード一家にもお裾分けしたが、姉のミルラは竜族と違ってカロリー量が非常に気になるようだ。
まあ普通はそうだよね。
一人で十枚も食べたら胸焼けするだけでなく糖尿まっしぐらだ。
甘いものが苦手なニールとリチャードさんはホットケーキ単体で食べていた。
「クリームやジャム無しでも十分甘いよなあ」
「既存の材料でこのホットケーキというのを再現できればいい商売に……」
リチャードから料理人らしい呟きが聞こえたが、完全再現は難しいだろう。
ホットケーキミックスの主材料は薄力粉、砂糖、ベーキングパウダー、塩だが、その全てが庶民にとっては高級品だ。
ベーキングパウダーに至ってはこの世界に存在していたとしても、膨張剤としては認識されていないかもしれない。
リチャード一家はゆるキャラに借金をしている状態なので、返済に向けて真面目に考えているのだろう。
当のゆるキャラは借金(の返済を受け取るの)を踏み倒す気満々なのだが。
踏み倒す宣言をしても良いのだがリチャード一家は善良なので、一方的な施しは良心の呵責になりかねない。
ただより高い物はないのだ。
なので返済は適当に年に一度、三十五回払いくらいで良いと伝えてある。
それに貸しにしておけば、こうやってキッチンを借りたりするお願いもしやすいわけで。
「姉さん、また一緒に作って食べようね」
「……うん」
こうして竜姉妹の仲良しクッキングは成功を収めたのであった。




