29話:ゆるキャラと魔法
ゆるキャラは魔術の実技においては魔素以外の要素でつまずいている。
魔素は環境に依存するため、術者の資質は関係ない。
つまり、実質全部の要素でつまづいていた……!
ただし魔力に関しては先日のシンク宅で《次元収納》を扱った際に、自身の魔力の消費を感じ取ることができたので一歩前進と言える。
「重要なのは構成です。構成が編めるようになれば、詠唱と発生源は自ずと決まります」
フレイヤ先生曰く、構成は唱えたい魔術を想像すると自然と脳裏に浮かぶそうだ。
……なるほど分からない。
脳裏に浮かぶってどういうことだ?
扇風機を作ろうと思ったら、脳内に扇風機の作り方が勝手に思い浮かぶということか?
既に何度も空気の刃で〈森崩し〉の首を跳ね飛ばす想像をしているが、何も起こらない。
より簡単な魔術のほうが構成も単純で編みやすいそうなので、物体を照明代わりに光らせる《持続光》でも練習しているがさっぱりだ。
「こればかりは感覚的なもので、他人に教えることができません。一度感覚を掴んでしまえば忘れることは無いのですが」
「才能が無いと構成も編めないということはないんですか?」
確か耳だけ器用に動かしたり、舌を縦方向に丸めたりというのは、人の持つ遺伝子情報の差によって出来る出来ないが別れる。
魔術もそれと同じではないかと思ったが、フレイヤ先生は否定的だった。
「構成を編めない人も僅かにいますが、それはあくまで編み方を掴んでいないだけで、構成自体は誰でも編めるというのが一般的ですね」
「構成なんて簡単だよ。ちょっと想像したら頭の中に出てくるんだから」
先程のお返しと言わんばかりに、どや顔のフィンがゆるキャラの頭上で煽るように飛び回る。
ぐぬぬぅ。
現代人は想像力豊かだから魔術の威力が凄いとか、構成がプログラミングに似てるから開発も応用もお手の物だとか、そう都合よくはいかないようだ。
「フィンは構成は編めますが構成も詠唱も適当過ぎます。魔力の多さに頼っていては、いずれ足元をすくわれますよ。もっと練習しなさい」
「はーい。ってなにニヤニヤしてるのよっ」
おおっと、やーい怒られてやんの、という気持ちが表情に出てしまっていたようだ。
フィンが口角の上がっているゆるキャラの髭を、恨めしそうにぐいぐいと引っ張る。
覚えたての魔術の構成は不安定な部分が多いため、脳内で何度も構成を編んで練習するそうだ。
猫のように気まぐれで好奇心旺盛なフィンにとって、反復練習は苦行なのだろう。
だがしっかり練習しておかないと、いざという時に魔術が失敗して困ることになる。
〈森崩し〉戦で不完全ながらも魔術が発動した一因に、魔力量の多さがあった。
精霊魔術において消費する魔力には、発生源である精霊への報酬としての側面も持つ。
消費魔力量が多いということは、精霊への報酬も多い。
つまり「適当な設計図だけど給料を弾むから、足りない部分は適当にフォローして魔術を発動させてね」という精霊任せの状況だった。
設計図通りの仕事をするというのが精霊側の契約内容で、報酬が多くても精霊が設計図以上の仕事を忖度する義務はない。
良心的でない精霊なら、いくら給料が良くても設計図以上の仕事をしない可能性も十分ありえる。
そうなれば無駄に魔力を消費したうえに魔術は失敗する。
というわけで、構成と詠唱にはことさらに正確さが要求されるのだ。
「そういえば気になっていたんですけど、魔法じゃなくて魔術なんですね」
「そうですね。私たちが扱えるのは魔を用いて事象を操る術、それが魔術です。魔法とは魔を用いて世界の理や法則そのものに干渉する力のことを言います。よって魔法を扱えるのは神々のような強大で絶対的な存在のみですね」
なるほど、そういう線引きがされていたのか。
ということは猫が益子藤治を〈コラン君〉として転生させた力は魔法なのだろう。
どうしてゆるキャラにしたのかは追求案件だ。
「魔法といえば、ハクア様と旅立った異邦人の方は〈魔法使い〉と呼ばれていましたね。魔術とは異なる不可視の力でエルフの矢を弾くだけでなく、グラル様やハクア様のブレスすら防いだそうです」
「はぁ!?何それ……って守護竜を倒してるんだからそれくらい出来るのか。あの光線みたいなブレスをねえ」
マリアから強いとは聞いていたが、まさか神々と同じ魔法を使えたとは。
しかも美少年らしいし。
こちとら見た目がゆるキャラで魔術にすら手こずっているというのに、差があり過ぎませんかね。
……嫉妬しても虚しいだけなので、自分に出来ることをコツコツとやりますか。
配られたカードで勝負するしかないのだと、かの有名なビーグル犬も言っていることだし。
仮にカードを引き直しできたとしても、ゆるキャラの中の人のくじ運が悪いので今より悪化しかねない。
構成を編む感覚をつかむためにはより多く魔術に触れる方が良いそうなので、妖精の里の外でフィンの魔術の練習に付き合う。
飽き性な妖精さん故に、構成と詠唱までの反復練習は全然身が入っていなかった。
なので万が一失敗しても危険性の低い《持続光》の発動許可をフレイヤにもらい、ゆるキャラが立ち会う。
『輝き 焼付け 熱は及ばず…… たー?』
「闌の折りまで 天照らせ な」
『たけなわのおりまで あまてらせ!』
相変わらず適当な詠唱だが魔術は発動した。
ゆるキャラが手に持っている剣の鞘がぺかーっと光る。
日中なので分かりにくいがLEDの懐中電灯くらいの光量で、夜なら照明として周囲を明るく照らしていただろう。
「はいもう一回」
鞘にかかった《持続光》を解除させて、改めてフィンに唱えさせる。
それを三度も繰り返せば、やっぱり飽き性な妖精さんは音を上げた。
「だーーーーつまんないっ。《風刃》撃ってもいい?」
「駄目。万が一制御に失敗して俺の首が飛んだら、もう羊羹出せなくなるぞ」
「うーーーーー」
さすがに羊羹で脅されると我慢せざるをえず、不満に頬を膨らませ険しい目つきになっていく。
うーん、すごいストレスになっていそうなので、仕方がないから物で釣るか。
「じゃあ次にこの鞘を光らせたら、追加で牛乳プリンを一個やろう」
「ほんとに!?嘘だったら怒るよ」
「異邦人、嘘つかない」
やる気スイッチがオンになったフィンは、嘘みたいに流暢に詠唱を始めた。
普段どれだけ手抜きなんだ……だが甘い。
詠唱が終わる直前、ゆるキャラは剣を後ろ手に隠した。
対象を見失った《持続光》は、代わりにフィンの視線の先にあった木の葉っぱを数枚光らせた。
「ああ!動かすなんてずるい!」
「はっはっは。剣を動かさないとは一言も言ってないんだぜ」
むきになったフィンはゆるキャラの背後に回り込みながら《持続光》の詠唱を始める。
無論そう簡単に牛乳プリンを引き渡すつもりはないので、剣を抱えて木々の間に逃げ込む。
こうしてゆるキャラとフィンの勝負が始まった。
小一時間も逃げ回ると、フィンは恐ろしい程の上達ぶりを見せたので適当に切り上げる。
やはり飽きっぽい子にはゲーム感覚で練習させるに限る。
お互いに満足して意気揚々と妖精の里へと帰還したのだが、一つ忘れていた。
外しに外しまくった《持続光》の解除を忘れていたので、夜になると妖精の里周辺の森がナイター球場のように煌々と輝いてしまった。
……二人ともフレイヤ先生にこっ酷く叱られましたとさ。




