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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
9章 悠久狂騒曲

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289話:ゆるキャラとダブルデート

「トウジはわたしのつがいなの」

「ちょっとその説明はどうなんだろう」

「それならニールだって私の番いよ」


 紅い幼女がそう言ってゆるキャラに抱きつくと、白い少女が対抗するように隣にいる黒髪の美女へと抱き付いた。


 ゆるキャラたちは今、イスロトの街に遊びに来ている。

 面子はゆるキャラとニール、シンクにハクアと珍しく少人数だ。

 一応四次元頬袋の中には外様の神が二人いるが、傍から見る限りは四人だけである。


 シンクとハクア、竜姉妹の別れの時は近い。

 なので思い出作りの一環で街へ繰り出すことにしたのだ。


 ハクアがニールと一緒にこの世界から旅立つことを、シンクは意外にもすんなりと認めた。

 姉を探して故郷のリージスの樹海を飛び出すくらいだから、「お姉ちゃん行かないで」と修羅場になるかもと心配したが、ゆるキャラの杞憂で済んだ。


 だが当然寂しくないわけではなく、姉の意志を尊重し、我慢している様子が伺えた。

 その証拠にコラン村に着いてからのシンクは今までの分を補い、これからの分を蓄えるかのように、姉のハクアにべったりだった。


 それで何故シンクが番いとか言い出したかというと。


「あらあら、そうなの。それじゃあそっちの亜人のお兄さんと、お嬢ちゃんの恋愛運を占ってあげましょうね」


 今いるのはイスロトの街の市場の片隅にある占いの館である。

 館といっても実体は大きめの天幕なので、ゆるキャラたち四人が入るともう満員だ。

 内部は薄暗く香の匂いが充満していて、棚には怪しげな置物や液体の入った瓶、鉱石の原石等が置かれていた。


 そして正面奥のカウンターには妙齢の女性が座っている。

 濃紺のローブを纏い、口元もスカーフで隠したオーソドックスな占い師スタイルだ。

 カウンターにはやはり定番の水晶玉が鎮座している。


 市場を散策中にこの占いの館を発見し、シンクとハクアにせがまれて入店したのだ。

 女子の占い好きは古今東西どころか異世界でも変わらないらしい。


 ニールも見た目は絶世の美女だが、中身が男なので占いには興味がないようだ。

 店内の謎の置物をぼんやりと眺めている。


 可愛い女子三人と珍獣という組み合わせに最初は驚き怯えていた占い師だったが、占いの料金に加えてチップを弾んだら、ほくほく顔で営業モードに切り替わった。


 イスロトの街、というか人族の街では亜人差別が横行している。

 なので隠しようがないゆるキャラは別として、シンクは大きめの外套(マント)を羽織り尻尾を隠し、額の角もフードを目深に被って誤魔化していた。


 ハクアは《人化》で完璧に人族に化けているし、ニールも人族を模したホムンクルス体だから、見た目は完全に人族なので問題無い。

 ゆるキャラ及びシンクは誤魔化しきれないので、その分はお金で解決しようという魂胆である。


『因縁果報を(つかさど)る智神よ 一縷一抹の後来を我が元に示せ』


 占い師の詠唱により構成が展開される。

 そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現する。


 この世界の占いはれっきとした魔術だ。

 別に地球上の占いが眉唾だと言うつもりはないが、未来を占い内容を伺う相手が明確になっている分、こちらの世界のほうが信用できる気がする。


 占い師の魔術に呼応するように、水晶玉がぺかーっと輝いた。


「はい、出ました。恋愛運は……この人を逃がすな 自我を抑えれば大吉 未来に幸福あり だそうです」


「ふおおーー」

「「ん?」」


 興奮気味のシンクの後ろで、首を傾げるゆるキャラとニール。


「次は私とニールのことも占って!」

「はい、出ました……障りあり さわがず誠意に答えれば 向吉(むこうきち)


 内容はありがちな漠然とした、抽象的なふわっとした結果であった。

 後者の結果は「障害あり 慌てず正直に対応すれば 良い方向に向かう」なので、これからの旅を暗示しているような、いないような。

 しかし引っかかるのは、占いの言いまわしがアレなことだ。


「おみくじかな?」

「おみくじだねぇ」


 水晶玉を使って未来の映像でも見るのかなと思いきや、まさかのおみくじスタイルであった。

 ゆるキャラは《意思伝達》という魔術で翻訳しているが、現地語を理解するニールも同様の感想を持っているので、ニュアンスは限りなくおみくじに近いようだ。


「水晶に文字でも浮かぶんだろうか?」


 紙でもらえないと凶が出た時に境内に結べないじゃないか。

 いや、細部までおみくじ仕様かどうかは知らないけど。


「ああ、違うのよ。水晶はあくまで触媒。魔術師の杖みたいなものね。《占い(ディビネイション)》の結果は私の脳裏に言葉が浮かんでくるの」


「(この世界では)初めて占ってもらうんだけど、お姉さんの占い方って一般的なんですか?」


「そうねえ。上から数えても片手には収まるから、そこそこってところかしら。私は〈智慧の神〉に連なる〈因果を観測せし神〉に、無数に広がる可能性を均した結果を教えてもらっているの」


 ふうむ、つまり平均化した未来の情報なわけか。

 それはありきたりな結果にしかならなそうだ。


 そして脳裏に言葉が浮かぶということは、間違いなく〈因果を観測せし神〉とやらがおみくじスタイルの犯人であろう。

 名前から神道の気配は一切しないのに、どういうことだろうかね。


 竜の姉妹的には占いのフォーマットに違和感はないようで、結果についても素直に信じているようだ。

 純粋で大変よろしいが、「トウジ、にがさない」と決意新たにぼそりと呟いたシンクがちょっと怖い。


「ちゃんと水晶を使った占いもできるわよ。たとえば一年後の亜人のお兄さんの様子を映し出したり」

「ん! トウジの未来、見たい」


 シンクお嬢様が御所望とあらば、追加料金とチップを払いましょうとも。

 一年後のゆるキャラの姿は本人も気になるところ。


 進捗は芳しくないが、人間の姿に戻りたくて旅をしているゆるキャラである。

 まさしく今後の運勢を占うものとなるだろう。


「それでは占いますね」


 緊張した面持ちで水晶を見つめる一同。

 ……あっ、もし前世である益子藤治の姿に戻っていて、冴えないおっさんの姿を皆が見たとして、そのみすぼらしさに失望されたらどうしよう。

 急に不安になってきたゆるキャラをよそに、水晶はぺかーっと輝く。


 そして爆発した。


 まるで水晶の中心に小型の爆弾が埋め込まれ、それが爆発したかのように、粉々になった水晶のかけらが周囲に飛び散る……ことはなかった。

 咄嗟にニールが【念動(サイコキネシス)】で守ってくれたからだ。


 水晶は不可視の空気の箱に覆われ、欠片の飛散はその内部に留まった。

 驚いた占い師が「きゃっ」っと可愛く悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたので、慌てて駆け寄り助け起こす。

 そして皆でカウンターの上に積み上がった水晶の残骸を無言で見つめること数秒。


「こ、こんなんでましたけど!」


 いや、どんなんだよ。

 混乱した占い師が変なことを言い出す。

 というかネタが古いよ。


「一年後のトウジ、ばくはつするの……?」


 水晶の残骸とゆるキャラの末路を重ねて、シンクが泣きそうな顔でこちらを見上げてきた。

 何処かのニンジャじゃあるまいし、爆発四散は嫌だなあ。


「す、すみません。取り乱しました。恐らくですが、亜人のお兄さんの未来が不確定過ぎて、私の実力では捕えきれなかったのだと思います。ここまで未来が乱立している人は初めてです」


 どうやらゆるキャラの未来は前途多難らしい。

 一年後に人間に戻れているか確認できなかったことを嘆けば良いのか、その可能性はゼロではないと喜べば良いのか分からないな。


 失敗したから最後の占いのお代はいらないと占い師は言うが、そういうわけにもいくまい。

 商売道具の水晶も壊れてしまったし、代わりになるものを四次元頬袋で死蔵している竜族からもらった宝の中から見繕う。

 元のものより二回りほど大きい水晶を発見したので、無理やり占い師に押し付けて館を後にした。


「ちょ、ちょっと待って! こんなに大きくて歪みの無い水晶、国宝級じゃないですか!」


 後日、イスロトの街には遠い未来まで正確に見通す優れた占い師がいると風の噂を聞くことになるが、ゆるキャラが再び訪ねることはないだろう。

 だってまた爆発しても困るし……。

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