286話:ゆるキャラと近況報告
「ご無事でなによりですっ。神託で見えてはいましたが、こうやって実際にお会いできて嬉しいですですっ」
長椅子で寝ていた犬人族のモエがゆるキャラの前まで駆け寄ってきて、白くてモコモコした尻尾を嬉しそうにブンブンと振っている。
〈嘆きの塔〉にはいくつかの宗教団体が入っているが、モエは唯一の〈混沌教〉信者であった。
〈混沌教〉はゆるキャラをこの異世界、アトルランに転生させた張本人である猫、もとい〈混沌の女神〉を崇めている。
初めて会った時もそうだったが、モエは未だにこの地下室に寝泊りしているようだ。
ただ虐げられ気味だった以前とは違い、身なりは小綺麗で白い毛も艶が良い。
飼い主の帰宅を喜ぶように尻尾を振っているその様は、本物の犬のようで非常に可愛かった。
可愛いのだが、今気になることを言ったぞ。
「神託で見えていた?」
「はいです。ほんの数秒ですが、〈コランクン〉様が雪原を歩いていたり、白くて大きい熊と戦っているといった光景が、何度か頭の中に浮かびました。なのでご無事でいることはわかっていましたです」
「まじか……」
ゆるキャラは〈混沌教〉の神獣という扱いになっているのだが、どうやら神獣の様子は信者相手に勝手に配信されていたらしい。
配信切り忘れどころか盗撮である。
もしゆるキャラがあられもない状況だったらどうしてくれるんだ。
一応神託扱いらしいし、その辺は大丈夫だよな? 猫よ、信じてるからな?
というか別の大陸に飛ばされる以前から、〈混沌教〉信者には〈コラン君〉の姿は伝播してるんだったな……。
考えても仕方ないことは、目の前のワンコを愛でて忘れよう。
「御覧の通りぴんぴんしてたさ。モエも元気そうでなによりだ」
「わふっ」
ゆるキャラに頭を撫でられ気持ちよさそうに目を細めるモエ。
おっ、犬耳の毛の手触りが、とても心地よい。
暫く犬耳少女の感触(他意無し)を楽しんでいると、腹にごりっと衝撃を受ける。
視線を落とすと、そこには不満そうに頬を膨らませた竜の幼女の顔があった。
おおっと、モエを構い過ぎたようだ。
誤魔化すようにシンクの頭を撫で始めると、最初は不機嫌だったが次第に顔をほころばせる。
ちょろいな。
「〈コランクン〉様が戻られたと、リーシャ様に伝えてきますです」
「いや、いいよ。少し休憩したら戻らないといけないから」
リーシャというのは〈嘆きの塔〉の最大勢力である〈地神教〉の高司祭の名前だ。
ラウグスト率いる〈試練教〉の分派である〈茨棘教団〉撲滅の際には、大変お世話になったらしい。
その辺りのことは帝国のデクシィ侯爵家からの回し者であるフレックに任せていたので、伝聞でしか知らなかった。
現在は夜中で叩き起こすのも悪いし、こちらには闇の眷属もいるので説明に苦労しそうだから、挨拶するとしても後日でいいだろう。
「そういえばモエはリリンを見ても驚かないんだな」
「〈コランクン〉様のお連れの方ですから、きっと怖いお方ではないのです」
まあ、なんて良い子なんでしょう。
「なんて言ったか分からないけれど、認められた気がするわ。だから私もその子を撫でてもいいわよね?」
「きゃん!?」
こら、両手をわきわきさせて近づくんじゃあない。
折角友好的に解釈してくれたのに、変な動きをするからモエが怯えて逃げちゃったじゃないか。
ラウグストとの激戦で破壊された地底湖が謎パワーで修復されるまでの間、ゆるキャラたちは〈嘆きの塔〉の地下室で休息を取ることにした。
ゆるキャラが〈ハスカップ羊羹〉や〈コラン君饅頭〉、〈牛乳たっぷりコラン君プリン〉に〈ハスカップジュース〉などを進呈しつつ、皆が思い思いに寛いでいる。
「それじゃあマリウスはルリムたちと〈残響する凱歌の迷宮〉に籠ってるのか」
「うん。へっぴり腰だけど頑張ってるよ」
ゆるキャラの頭の上にうつ伏せに寝そべって、足をぱたぱた動かしているフィンから皆の話を聞く。
表だって素振りは見せないが、なんだかんだで彼女もゆるキャラにべったりくっ付いて甘えていた。
シンクは相変わらず腹に抱き付いたまま、すやすやと眠っている。
ユキヨも戦闘で疲れたのか、定位置のマフラーの中で夢の中だ。
フィンの評価はなかなかに辛口だが、心に傷を負ってるのだから仕方ないじゃないか。
シャウツ男爵家当主のマリウスは、弟のラルズの戦死がトラウマでまともに戦えなくなっていた。
妹のクルールの頼みでゆるキャラがトラウマ克服に一肌脱いだのだが、突然大陸を離れてしまったので実質放置状態だった。
「ルリムとオーティリエ、リリエルやイレーヌとパーティーを組んで迷宮の深層に潜ってるよ。アナは危ないからクルールと一緒にお留守番」
「深層ってことはサシャのねぐらより下ってことか」
面子だけ見ればハーレムパーティーだが、当人はそれどころじゃないか。
「ちょっとねぐらって言い方は失礼なんじゃないの? あそこは白霧街っていうこの私のように上品な名前があるんだから」
饅頭を嘴でついばみながらサシャがのたまう。
ついばむ度に饅頭の皮や中身の餡子がぼろぼろと崩れて床に散らばっている。
その光景は公園で見かける鳩かカラスのようで、自らが言う上品とはかけ離れているのだが自覚は無さそうだ。
〈時と扉の神〉であるレジータもその隣で、一心不乱になって羊羹に齧りついていた。
「うまっ、美味すぎるよお。こんなの病み付きになっちゃうよお」
包装を剥がした羊羹に抱き付いて、黄金の瞳を爛々と輝かせながら貪っている。
……こわっ。
色合い的にも昆虫の捕食シーンみたいになっているが、害はないので放っておくか。
他のメンバーについてもフィンに尋ねる。
リエスタの双子の弟であるライナードは、ゆるキャラが置いて行った魔術具の一部を売り資金にして、クランの拠点となる屋敷を借りたそうだ。
そこを拠点にして姉のリエスタとアレスのパーティーメンバーたち……ジェイムズ、タリア、サンドラも迷宮で活動していた。
ゆるキャラが居なくても、皆で設立したクラン〈カオステラー〉としての活動を続けてくれているようだ。
感謝に堪えないとはこのことである。
戻ったら色々と礼をしないとなあ。
「それでトージは何してたの? さっきモエが白くておっきい熊と戦ってたって言ってたけど」
「ああ、それはな、色々あったんだよ……」
本当ならゆるキャラも仮眠を取りたいところだが、好奇心で表情をきらきらさせたお嬢さんを放置するわけにもいかない。
周囲の迷惑にならないよう、小声でゆるキャラの冒険譚をフィンに語って聞かせるのであった。




