282話:ゆるキャラと貌
竜の猛攻は止まらない。
上下左右、四方八方から絶え間なく突っ込んでくるため、立ち止まらずに走り続ける。
躱しながら叩き潰したり切り裂いたりしているが、竜の数は一向に減らない。
それもそのはず、龍は竜の生産に専念していて、空母の如く上空に鎮座しながら竜を量産していた。
竜の攻撃手段が体当たりのみで助かっている……なんてちらりとでも思ったがの間違いだったようだ。
急に攻撃が止むと、竜たちが上空でゆるキャラをぐるりと取り囲む。
そして一斉に口を開けると、口腔内が赤く輝き出した。
「ユキヨ、前だけ頼む」
そう言って湖面を蹴るのと、全方位から吐息が放たれたのは同時だった。
自ら水平方向の吐息に駆け寄り、一時的に防御方向を限定させる。
ユキヨの展開した氷壁と業火の吐息が衝突。
個々の吐息のサイズは小振りだが、威力は本家と遜色がなかった。
一メートル近い厚みの氷壁にいくつもの凹みができたが、なんとか貫通する前に端へとたどり着く。
正面の竜に氷壁ごと体当たりし、地底湖の壁に押し付ける。
衝撃で脆くなっていた氷壁がついに砕け散った。
壁に押さえつけた竜の頭を鳥足で踏んで、すぐ後ろの壁を駆け上る。
直後、ゆるキャラの背後から迫っていた業火が踏みつけていた竜を焦がし灰にした。
相変わらずフレンドリーファイア上等で攻撃してくるなあ。
水平方向以外の吐息はすべて湖面に着弾し、爆発と共に大量の水蒸気を生み出した。
吹き上がる熱波から逃れるように壁を走る。
ドーム状のため次第に体の向きは垂直から逆さまへと変わるが、壁に爪を喰い込ませて強引に天井の吹き抜けまで走り抜けた。
見下ろせば地底湖全体が水蒸気の白い靄で覆われている。
エリステイルは大丈夫だろうか? 蒸し焼きになってないかな。
視界は非常に悪いが、湖面から最も遠い位置に浮かぶ巨大な空母を見失う程ではない。
天井を蹴り、空母を落としにかかる。
生み出されたばかりの竜を戦槌で叩き潰して龍の頭に着地。
魔力が溢れんばかりに充填された大剣を振るう。
青白い弧月の太刀筋が龍の首を再び切断したが、攻撃の手は緩めない。
龍の首の付け根に大剣の刃を押し当て、背中の上を走る。
「うおおおおおお!」
ジェットコースターのコースのようにうねり、蛇行し、時には宙返りしながら、大剣で龍の背中を切り開く。
気分は某音速の青いハリネズミだ。
「ユキヨ!」
(ん~)
ゴールの尻尾に辿りついたところで、ユキヨに防御用の氷壁を展開してもらう。
鰻の蒲焼のように長い胴体を捌かれ、面積の増えた龍が案の定爆ぜる。
爆風と茨の散弾が氷壁ごとゆるキャラを吹き飛ばした。
湖面まで落下すると周囲はまだ熱気に包まれていて、まるで蒸し風呂のようだ。
(トウジ~おなかすいた~)
「ちょっと蒸し暑いのだけど」
ユキヨに〈コラン君饅頭〉を与えて小休止していると、避難していたリリンがやってきた。
「そのドレスは直らないのか?」
「直せるけど今は暑いからこのままでいいわ。夏を先取りした気分ね」
四肢を破壊された都合、リリンのゴスロリドレスは面積が大分減っていた。
袖は無くノースリーブのようになっていて、スカートも片側が膝上のかなり際どいところまで短くなっている。
履いていたブーツは跡形もなく、血の気の無い白い素足が丸見えだ。
夏の装いと言うにはワイルド過ぎる。
「今更だけど、倒しきれるのか? これ」
『着実にダメージを与えているから問題無い』
『このまま攻撃を続ければやがて実体を保てなくなるでしょう』
倒しても倒しても復活、というか変身するので手応えを感じていなかったのだが、一応効いているのか。
同じ外様の神であるブロンディアとエリスが言うのだから、そうなのだろう。
見上げれば飛び散った茨が再び集まり、塊となって蠢いていた。
なんとなく前より小振りになった気はするが、どれだけ削れているのやら。
「問題は俺の怒りがもたないことだな」
「貴方自身が怒らないとその〈コラン君〉の力を使いこなせないの?」
「どうやらそういうことらしい」
「ならもう一度私が痛めつけられてみる?」
「冗談でもやめろよな、そういうこと言うの」
かなり本気で怒ったのだが、何故かリリンはニヤニヤと嬉しそうにしているし。
あんな痛々しい……を通り越して普通なら死んでいる姿を見せられたら、怒りの感情だけでは済まされないんだぞ。
それに怒ればなんでも〈コラン君〉の力に還元できるわけでもないようだ。
ちゃんと【義憤】に適合した怒りでないと駄目だったか。
ユキヨの魔力回復タイム終了と同時に、茨が新たなる姿へと変貌を……。
「そのまま突っ込んできたわね」
「まじか」
何の前触れもなく上空の茨の塊がこちらに向かって真っすぐ飛んできた。
ゆるキャラとリリンは左右に分かれるようにして躱したが、茨の塊は湖面すれすれでぴたりと止まると、すぐさま直角に折れ曲がる。
進路方向にいたリリンは背中の翼を前面に展開した。
チェーンソーのように回転し続ける茨と接触すると、ぎゃりぎゃりと耳障りな音をさせながら弾き飛ばされてしまう。
茨の塊はリリンを撥ねた直後に急停止すると、元の進路を逆走してこちらへ向かってきた。
前後の区別もなければ推進力となるようなものは確認できない。
慣性すら無視した動きは未確認飛行物体を彷彿とさせた。
ゆるキャラは茨の塊に背を向けて走る。
【義憤】の強化もあって音速に届きそうな速度だというのに、茨の塊を引き離せない。
ゆるキャラが強く踏み込んでひびの入る凍った湖面を、すぐ後ろを追いかける茨の塊が砕氷船のごとく粉々に砕いた。
地底湖の端に辿り着き、流れるように壁走りに移行したゆるキャラの行く手を茨の塊が阻む。
背後で投網のように広がり進路を塞いだ茨を大剣で切り裂き、裂け目に戦槌を叩き込み穴を開けて突破する。
すぐに距離を取るべく壁を蹴ったが……力が入らない。
いや、元に戻ったというのが正しいか。
足下の茨の塊が蠢く。
投網状に広がっていたものが集まり、丸い塊に凹凸が生まれる。
中央に小山のような鼻ができ、その横には巨大な口が。
反対側には二つの窪んだ眼窩が現れ、剥き出しの眼球がせり出してきた。
「Woooooooooooooooooo!」
巨大なラウグストの貌が叫び声を上げる。
しかし龍の時のように翻訳された言葉は聞こえなかった。
言語を介さなくても正気を削られそうな咆哮を聞けば、怨嗟の程は良くわかる。
解像度の荒いフォトモザイクのような貌がゆるキャラをぎろりと睨む。
そして飲み込もうと大口を開けた。




