281話:ゆるキャラと超コラン君
ユキヨが凍らせた湖面を踏み砕いて、切り開いた吐息の中を一直線に飛び上がる。
業火のトンネルを抜けた先にあるのは、開いたままの龍の顎だ。
茨から生まれたというのに、本物の龍のような鋭い牙が並び、口腔内は赤々と滑っていた。
爬虫類じみた琥珀色で縦長の瞳孔が、正面に現れたゆるキャラをじろりと見据える。
そして丸呑みにしようと鎌首を突き出してきた。
下顎をオジロワシの黄色い鳥足で蹴り上げる。
上下にずらりと並ぶ牙同士が激しく衝突し、ぎいんと甲高い音を響かせた。
強力な一撃は顎を強制的に閉じさせるだけでなく、頭部を後方に思い切り仰け反らせる。
ゆるキャラは天井を向いた下顎に降り立ち、無防備な喉元を大剣で掻っ捌こうとしたが、邪魔が入った。
振り上げた刃は、横から鞭のようにしなり飛来した尻尾を迎撃するのに使う。
吐息を切った時と同様に真っすぐ振り下ろすと、さしたる抵抗も無く尻尾を切り飛ばす。
その隙にラウグストが体を震わせた。
雑巾を絞るように高速で体を捻り、ゆるキャラを振り解こうとする。
鳥足の爪をラウグストの鱗に突き立てて堪えようとしたが、鱗側が耐え切れず周囲の肉と一緒に抉れてゆるキャラは飛ばされた。
空中に放り出されたゆるキャラを業火の吐息が襲う。
大剣で斬り払おうかと一瞬考えたが、直感に従ってオジロワシの翼を動かした。
「うおっ」
普段なら体一つ分を浮かせる程度の性能しかない翼だが今は違った。
一気に地底湖の天井付近まで上昇する。
「しっかり掴まってろよ」
背中にくっついているユキヨに声をかけてから再び翼を羽ばたかせる。
急上昇からの急降下にラウグストの照準は追い付かない。
巨大な頭部を持ち上げた頃には既に、ゆるキャラは首元を通過している。
阿吽の呼吸でユキヨが凍らせた湖面に着地すると、一拍遅れてからラウグストの胴体だけが振り向く。
すれ違い様に刎ねた頭部は空中に取り残されていて、そのまま落下するか、またもや爆ぜるのかと身構えたがどちらでもなかった。
ラウグストの頭部は一度茨の塊に戻ると、小型の竜へと姿を変える。
残された胴体といえば、新しい頭と尻尾が生えていた。
(わ~ふえたよ)
新たに生まれた竜がこちらへ突っ込んでくる。
体当たりを飛び退いて躱すと、凍った湖面が打ち抜かれ水柱が立ち上る。
小型といっても元はゆるキャラより巨大な胴部だったものだ。
直撃すれば爆走するスポーツカーに撥ねられるくらいの衝撃に襲われるだろう。
二度も轢かれるのは勘弁願いたい。
地底湖は透明度が高いため、水中にいる竜を見失うことは無かった。
空中と変わらない速度で竜はゆるキャラの背後へ回り込むと、魚のダツのように水面から飛び出してくる。
そのタイミングに合わせるかのように、龍が業火の吐息を吐いた。
どちらもラウグストだし、連携はお手のものというわけか。
だがそれならこちらも負けていない。
「ユキヨ防御頼む」
龍の吐息はユキヨにまかせて、背後の竜を迎え撃つ。
丸い体を捻って大剣を竜に向かって振り下ろしたが、竜は体を垂直に傾けて回避した。
いわゆる飛竜タイプの造形をしていて、空中制御に秀でているようだ。
シンクやハクアに似ているのが、やはり腹立たしい。
旋回して再突撃しようとするがそうはさせない。
竜の後足を掴む。
先程例えた通り、爆走中のスポーツカーに匹敵する運動エネルギーだが、対処できないとは言っていない。
すさまじい衝撃で肩が抜けそうになるが、なんとか踏ん張って耐える。
体が引っ張られ凍った湖面に長い爪痕が伸びた。
捕まえた竜が羽ばたいて逃げようとするが、無視して力任せに湖面へ叩き付ける。
動きを止めたまな板の上の鯉、ならぬダツ、ならぬ竜に止めを刺そうとしたが、先にユキヨに限界が訪れた。
(も、もうだめ~~~)
黙っていれば傾国できそうな、雪女然とした美貌が、感情のまま泣きべそを浮かべている。
龍の吐息を阻んでいるのはユキヨが展開した分厚い氷の壁だが、業火により中央が溶けて窪み、今にも貫通しそうになっていた。
ゆるキャラが湖上から離脱すると同時に、氷の壁に穴が開く。
穴から噴出した業火は、逃げ遅れた自身の半身である竜を容赦なく灼き焦がした。
この一瞬で対象を灰にする業火には見覚えがある。
一度目はとある暗殺者の茨の刺青が、突然動き出した時。
二度目は他者から非道な搾取を続けていた冒険者どもが、切り札として取り出した魔術具から茨が現れた時だ。
その頃から黒茨卿とやらとは、因縁が付きまとっていたというわけか。
龍に意識を戻したところでぎょっとする。
たった今灼き焦げたのと同じ竜がいたからだ。
それも沢山。
よく観察すると現在進行形で、龍の背中から分裂するように竜が生み出され続けていた。
それらが一斉にこちらへと突進してくる。
これは手数が必要だなと、新たな得物を四次元頬袋からにゅっと取り出した。
両手持ち用の戦槌で、少し前に氷熊のユメとの戦いで使用したものである。
この戦槌も魔力を籠めることにより発熱し、対象を焼くことができる武器だ。
巨大な弾丸と化した竜たちを両手武器の二刀流で迎撃する。
まず真正面から向かってきた竜を戦槌で叩き落とした。
その頭部を隕石のように燃え盛っている戦槌で潰し、凍った湖面へと押し付ける。
じゅうと竜を焼き、周囲の氷が溶けて砕けるのと共に、衝撃が波紋となって湖面に広がった。
完全に頭部を砕いたが中身が飛び出る様子は無い。
表面は限りなく生物に近いようだが、内部は茨が詰まっているのだろう。
斜め上からの新手はバックステップで躱し、振り向き様に背後から迫っていた竜を大剣で薙いだ。
上下に泣き別れした竜のすぐ後ろ、同じ軌道で飛来した竜は真上に飛んで一度やり過ごす。
足元を通過したところで鳥足の爪を突き立て、竜の背に飛び乗った。
周囲の景色が高速で流れる。
追いかけてくる他の竜もいるが、飛行能力に個体差は無いのか追い付かれるようなことはない。
足元の竜がゆるキャラを振り払おうとしたので、大剣で首を刎ねてから離脱する。
制御を失った首無し竜は早々に湖面へ墜落し、盛大な水しぶきを生み出した。
慣性の法則に基づき水平方向に飛んだゆるキャラは、オジロワシの翼を使って速度と高度を調整。
水しぶきを突っ切ってきた後続の竜の背中に飛び移り、再び戦槌を振り下ろす。
思ったより手応えは浅く、頭部を完全に潰すまでには至らなかった。
〈コラン君〉……【義憤】の力が低下しているようだ。
竜の背中に大剣を突き立てながら飛び降りる。
背中がぱっくりと割れた竜が墜落するのを尻目に、ゆるキャラは瞬時に凍った湖面へ滑るように着氷した。
怒り続けないと【義憤】の力も持続しないのか。
脳裏に傷ついたリリンの姿を思い浮かべ、強引に己を奮い立たせる。
多少強引でも怒りを意識すれば、なんとか【義憤】の力は維持できそうだ。
怒りで強くなるとか、どこぞの宇宙最強レベルの戦闘種族になった気分だ。
現在のリリンの安否が気になり姿を探すと、ちゃんと地底湖の端の方に退避していた。
ゴスロリドレスは破れたままだったが、その下の手足は〈ハスカップ羊羹〉の効果もあってか綺麗に再生している。
目立たないように湖面付近で浮かんでいたリリンだったが、ゆるキャラの視線に気が付くと笑顔でこちらに手を振ってきた。
安堵で怒りが萎むのでやめて頂きたい。
いや無事なのは素直に嬉しいんだけどね。




