279話:ゆるキャラと浪漫武器
「やったかしら?」
「あっ、そんなこと言うと……」
いともたやすく禁句を言い放つリリン。
最早やってないを通り越して、復活の呪文ではないかという程に強力な言霊だ。
案の定というかなんというか、細かな氷片となって吹き飛んだラウグストの残骸に反応があった。
氷片から茨が飛び出る。
一つや二つではなく、バラバラになり宙を舞うすべての氷片からだ。
凍った種から発芽して高速再生しているかのように、勢いよく茨が伸びて空間を埋め尽くす。
一部がゆるキャラたちに向かってきたので、手にした大剣で切り払う。
魔力を籠め続けて青白く輝いている大剣と茨が接触すると、まるで金属の鎖を切りつけたような鈍い音と手応えが返ってきた。
魔力充填率は五割を超えているのだが、それでこんな手応えなのか。
過去に神の残滓を切りつけた時はもっとすぱっと切れたのだが。
「ふんぬっ」
力を込めて強引に茨を切り飛ばす。
その向こうでは縦横無尽に生え伸びていた茨が渦巻き絡みつき、再び人の姿を形成していくのだが……。
(わあ、おっきいね~)
絡みつく茨の下から捲れるようにして、するすると出てきたのは鈍色に光る鎧だ。
全身を覆う板金鎧で、頭部も含めて人の肌が見える場所はない。
茨は鎧に纏わせるだけでなく、背中に天使のそれを模した翼が形作られていた。
お約束の謎浮力で、翼を動かさずとも浮かんでいる。
そして図体がでかい。
全長五メートルほどあり、後方で揺れるエリステイルが大きく感じられないくらいだ。
そいつが右腕を頭上に持ち上げると茨が棒状に伸びる。
茨の下から現れたのは、やっぱり鈍色に光る特大剣であった。
「結構格好いいのがなんか腹立つ―――」
ゆるキャラの軽口が言い終わる前に特大剣が叩き付けられる。
大地を叩くのと変わらない轟音と共に湖面がぱっくりと割れて、茨の鞭の時よりも分厚く高い水柱が特大剣の左右に立ち上った。
特大剣の一撃を辛うじて躱したゆるキャラは左の水柱を駆け上る。
ユキヨが凍らせた足元に鳥足の鉤爪を引っかけて一気に頂上まで上り詰めると、ラウグストと思われる茨の騎士の頭上に出た。
「うおおおおお!」
水柱から飛び降り特大剣を振り下ろした姿勢のままのラウグストの頭部目掛けて、両手で掲げた大剣を振るう。
青白く煌めく軌跡がラウグストの頭部を捉えたかに見えたが、顎を引くように仰け反られたため頭部全体を覆う兜の面頬を浅く削るに留まった。
図体の割に俊敏な奴だ。
空中に浮かぶラウグストが後ろにスライド移動しつつ特大剣を切り上げたのを、オジロワシの翼で羽ばたいて必死に躱す。
目の前を掠めた特大剣が巻き起こした突風を利用して滑空し、距離を取った。
「ボティがお留守よ」
ゆるキャラを追撃しようとしたラウグストの懐に、いつの間にかリリンが潜り込んでいた。
どこぞの留年主人公のような台詞を吐きつつ、肥大化させた黒い翼を拳のように丸めて板金鎧の胴体を殴りつける。
するとゴオオオンという銅鑼を叩いたような、妙に小気味の良い音を響かせながら巨体がよろめいた。
さてはこいつ、中身は空洞だな。
茨人間の時点で普通の生物ではないと分かってはいたが。
殴られたからか目標をゆるキャラからリリンに切り替えると、ラウグストは特大剣を薙いだ。
リリンはそれを真上に飛んで回避すると同時に、黒い翼を触手のように変化させて特大剣に絡ませる。
特大剣のスイングに合わせて、触手により引っ張られたリリンの体が水平に高速移動した。
ジェットコースターの比じゃない加速度がかかっていそうだが、リリンの動きに支障はないようだ。
スイングの終点に辿り着いた所で特大剣に絡みつかせた触手を解くと、リリンは遠心力を利用してラウグストの背後に回り込む。
そして勢いのまま、触手を巨大な拳に変形させて叩き付ける。
再度銅鑼のような音が鳴り響き、板金鎧の背中が少しだけ陥没した。
「む、硬いわね。ならこれならどう?」
ラウグストの背中に取り付いたまま、顔を顰めたリリンが翼を更に変化させた。
それは螺旋状の溝が入った円錐の物体。
まさかのドリルである。
リリンが高速回転する漆黒のドリルを鈍色の板金鎧に突き刺した。
金属が削れる耳障りで甲高い音と共に火花が散り、少しずつドリルが背中に埋もれていく。
ラウグストがリリンを捕えようと片腕を背後に回す。
板金鎧のくせに可動域が広いな、なんて考えている場合ではない。
「ユキヨ!」
(あい~)
湖面を走っていたゆるキャラの足元から、氷柱が勢いよくせり上がった。
タイミングはばっちりで、氷柱により上空に打ち上げられたゆるキャラの眼前にラウグストの腕が現れる。
対空技のように大剣を斬り上げると、青白い輝きが弧を描く。
手応えは先程の茨と違ってだいぶ軽い。
何故なら魔力の充填率が七割を超えて〈月明剣〉の切れ味が増しているからだ。
ゆるキャラの一撃がラウグストの腕を肘のあたりで切断する。
支えを失った腕が湖面に向かって落ちていく最中、着水する前にリリンのドリルがラウグストの胴体を貫いた。
ドリルの先端が板金鎧の胸部から飛び出していて、摩擦熱で穴の縁がオレンジ色に溶解している。
今度こそやったか?
もちろん口に出してはいないが……どうやら思うだけでも駄目だったようだ。
ラウグストの全身に絡みついている茨が、唐突に爆ぜた。




