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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
9章 悠久狂騒曲

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274話:ゆるキャラと修羅場(二回目)

 ニールはゆるキャラと同じ異邦人で、地球からアトルランへとやってきた。

 異邦人としては同じだが、なんと地球は全くの別物だった。


 日本連邦国北海道第七師団特攻連隊所属の人造人間だそうで、初めて聞いた時は連邦国だとか師団だとか超能力だとか人造人間だとか、ツッコミどころが多すぎて驚いたものだ。

 B級邦画か国産TRPGの設定かな?


 それぞれの地球はいわゆる平行世界だと思われるが、ならばこのアトルランという異世界とは何なのだろうか。

 それぞれは同じ宇宙にあるのか、それとも別の宇宙にあって次元渡り(プレインズウォーク)が必要なのか、分からないことばかりだ。


 ニールは元の世界に帰る手段を見つけるために、アトルラン中を探し回っていた。


「他の外様の神でも可能だろうけど、交渉の余地があるのはエリス神だね。交渉の前提として信仰してもらう必要があるけど」

「信仰して邪人になった挙句、交渉に失敗したら目も当てられないぞ」


 腕を組んだまま疑いの眼差しを向けているニールに、ミンドナファムはあっけらかんと答えた。


「そこは信用して欲しいのだ」

「信用できない」


 ぴしゃりとハクアが言い放つ。

 ミンドナファムの軽薄な言葉に怒りを覚えているのか、その顔つきは厳しい。


「さっきの〈魔法使い〉になる前が闇の眷属だったという話は私たちも知らなかった。今も人種を辞めて邪人になっているし、またすぐに裏切るに違いない」


 実際にニールがここにやってこなければ、エリス神も裏切るつもりだったみたいだしな。

 ゆるキャラも出会って間もないが、ミンドナファムが言動からして信用できないのは頷ける。

 己の欲望に忠実に、最優先にして生きている感じだ。


「条件は何だ?まさか善意で手伝ってくれるわけじゃないだろう」


「察しがいいね。私もニールの世界に連れて行って欲しいのだ。地球という世界には魔素も魔術も無くて、代わりに科学と超能力とやらが発達しているそうじゃないか。これほど私の知識欲を刺激するものは他に無いのだよ」


 赤黒の目を爛々と輝かせながら、ミンドナファムは自らの体を抱きしめて身もだえている。

 新たに得られるであろう知識に思いを馳せていた。


「……わかった。条件を飲む」

「ニール!?」


「こいつを信用はできないが嘘はつかない。地球に行きたいというのは本音だろう。到着後に裏切るかもしれんが、帰った後の話はどうとでもなる。俺は帰れるならそれでいい……だからお別れだ、ハクア」


 ニールの言葉にハクアがびくりと肩を震わせた。

 険しかった表情がくしゃりと歪み、つぶらな白い瞳にみるみるうちに涙が溜まる。


「私も行く」

「駄目だ。最初に約束しただろう。ハクアとフレンにはこちらの世界に残ると」

「でもっ」


 唐突に修羅場が始まってしまった。

 同行を拒絶されたハクアが肩を震わせて泣き出すと、フレンがそっと近づき抱きしめた。

 その頭上を心配そうにユキヨが飛び回っている。


「どうしてもだめ?」


 ゆるキャラが目覚めてからフレンが初めて口を開いた。

 見た目に似合った可愛らしい声音だが、感情に乏しく抑揚も少ない。

 ただハクアを抱きしめながらニールを見つめる空色の眉尻は、少しだけ下がっていた。


「二人は故郷に帰るんだ。地球にまで付いてきてしまったら、戻れる保証が無いんだから」

「それでもいい」


「いいやよくない。それに付いてくるということはエリス神を信仰……邪人になるんだぞ」

「それもかまわない」

「私も、かまわない」


 二人の返事を聞いてニールが困ったようにかぶりを振る。


「シンクのことはいいのか?」


 思わず会話に割り込んでしまう。

 ゆるキャラは決してこの修羅場の当事者ではないが、関係者だ。


「どうしてシンクのことを?二ールから聞いたの?」

「いいや、俺はシンクとフィン……妖精族の女の子の三人でリージスの樹海を出て、君ら三人を探していたんだ」


 ここでようやくハクアにゆるキャラとシンクの関係を説明し、シンクの様子も伝える。


「シンクがハクアを探すためにリージスの樹海を出たがっていた。そのために《人化》を三年間練習してついに習得したんだ。角と尻尾は隠せていなかったけどな。他にも助けた狐人族の姉妹の再会を目にして羨ましがっていたし、ハクアたちが帝国の迷宮に潜ったまま戻らないと聞いても、生きていることを信じて探し続けていたんだ」


 そう、あまり表には出さなかったが、シンクはいつも姉の事を想っていた。

 ハクアが妹であるシンクを蔑ろにしているわけではないのは分かっている。


 分かっているけど、言わずにはいられなかった。


「シンクを置いて居なくなるのか?」

「それじゃあどうしたらいいの!私はニールとも離れたくないの」


 究極の二択を迫られて、落ち着きを取り戻しつつあったハクアが再び泣き出してしまった。

 責めてしまったという後悔と共に、ゆるキャラがハクアの立場だったらどうしただろうかと考える。


 幸か不幸か地球にゆるキャラの中の人の大切な人はいなかった。

 親兄弟や姪っ子はいるが彼らは彼らで幸せな家庭を築いており、益子藤治が入り込むようなものではない。

 だからあくまで想像になるが、ゆるキャラもハクアと同じように悩み苦しむのだろう。


 かといって地球に帰ることを選択したニールが非情だとも思わない。

 何故なら彼女も辛そうな顔をしていて、苦渋の決断であることが見て取れるからだ。


「盛り上がっているところ悪いのだけど、まずは地球までが片道切符で今生の別れになるのか、前提で信仰が必要なのかも含めてエリス神と交渉すれば良いでのはないかしら」


 気まずい雰囲気の中、ユキヨの補足を受けつつ会話を黙って聞いていたリリンが、ゆるキャラに助言をくれる。


「……確かにそうだな。情報が出揃ってからの決断でも遅くないよな。ミンドナファムの言う通りちゃんと交渉できるかも怪しいし」


「心外だなあ。勝算が無かったらこんな提案なんてしないのだ。そういうことなら早速交渉相手を連れてこよう。皆はここで待っていてくれ。外は部外者が居てうるさいからね」


 そう言うなりミンドナファムの体が地面へと沈み込んでいく。

 そしてそのまま自身の影に消えるようにして姿を消した。


 見送るゆるキャラの脇腹を誰かが殴りつけたので、そちらを見ると柳眉を逆立てたリリンが。


「あと女の子を泣かしたのだから、ちゃんと謝りなさいよ」

「うっ、その通りだな」


 ゆるキャラは未だにフレンと抱き合っているハクアの元へ行くと頭を下げた。


「気持ちを考えないで酷な事を言ってすまなかった」


「……ううん。こちらこそシンクのことを色々助けてくれてありがとう。あの子は元気にしてる?」


「訳があって離れ離れになったが、多分元気だ。俺も早くシンクたちの元に戻らないといけないんだよなあ」


 別に周りに流されているつもりもないのだが、なかなか自分の事に注力できないゆるキャラである。

 最終目標は人の体を手に入れることだが、いつになることやら。

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