272話:ゆるキャラと情報過多
【8章のあらすじ】
・トウジを助けたニールは並行世界の日本から転移してきた超能力を操る人造人間で、体の活動限界を迎えたため今の美女の体に乗り換えていた
・ニールやリリンたちを連れて騎馬族の村へ向かう。トロール討伐を報告するとイルドに感謝される
・濃密な魔力を含んだ〈コラン君〉印の饅頭や羊羹を食べ続けたユキヨが進化。姿が毛玉から小さな雪女に変化
・兎形族の村に騎馬族の生き残りが合流し再建を目指す。トウジたちも手伝う。張り切って堅牢な外壁を築く。そのせいで村の名前がコラン村に
・冒険者アウラのパーティーが魔獣の氷熊に襲われていたので撃退し手懐ける
・イスロトの街への帰り道、魔獣の凍原狼を撃退し手懐ける
・〈コラン君〉に人格を奪われる。目覚めると何故かシンクの姉ハクアと同衾していた
・ハクアに頼まれ、悪い魔法使いに攫われたニールとフレンを救出するために出発
・辿り着いた塔に侵入。内部で悪い魔法使いミンドナファムと交戦。〈コラン君〉の人格には〈義憤の神〉が核に使われていたことが判明
・ミンドナファムから創造神を裏切って、浪漫溢れる外様の神エリスに鞍替えしようと提案される
「そもそもこいつとは敵対していたのでは?」
「最初はそう思ったんだが、どうやらそうでもないらしい」
「そうだとも、君たちのような稀有な存在と敵対するわけがないのだ」
ニールの【念動】で空中に吊り上げられたままのミンドナファムが、腰に手を当てながら頷いていた。
下からは白いローブの内側が丸見えだ。
体も顔や首回りと同様に白い肌と黒い関節に覆われていて、女性らしい体のふくらみが見て取れる。
一瞬裸かと思ってぎょっとしたが、多分ボディスーツ的なものなのだろう。
ローブは羽織っている程度なので、もし裸なら只の露出狂だ。
「邪人なんかになっておいて、信用してもらえると思ってるの?」
そう言ってハクアが柳眉の間に皺を寄せている。
やはり邪人だったのか。
邪人は体に纏っている魔素が異質なので、創造神に生み出されたこの世界の住人なら誰もが分かるらしい。
ゆるキャラは魔素に鈍感なので、見た目でしか判断つけられないのだが。
「この姿になったのも事情があるのだよ。表向きは邪人で外様の神エリスの信徒だ。だから君たちとは一旦交戦したが、ここなら神の目は届かないので戦うふりは不要。トウジ君も起きたことだし、詳しく説明するとだね―――」
ミンドナファムは常に知識を欲していた。
未知が既知に変わる時、言葉では言い表せない多幸感で満たされるからだ。
知識であれば何でもいい。
身近な雑学から始まり、語学、数学、哲学、魔術の極意、世界創造の謎、果てには宇宙の理といった真理まで、すべてを欲した。
長い年月をかけて蓄積された知識は力となり、名声や権力へと繋がる。
当初その二つは新たな知識を得るのには都合が良かったが、次第にしがらみが大きくなり、逆に行動を制限する枷となってきた。
だからニールに敗れたのは良い機会となった。
〈魔法使い〉の二つ名を譲り、ミンドナファムは表舞台から姿を消す。
身軽になった体で次に求めたのは、外様の神に関する知識であった。
己の欲を満たすためなら、体の在り様すら犠牲にできる。
こうして外様の神エリスに信仰を捧げたミンドナファムは邪人の体と、それに纏わる知識を手に入れた。
ここエリステイルでニールと再会したのは偶然だ。
ニールの事情は知っていたので、エリステイルに現れた理由もすぐに分かった。
ミンドナファムは新たなる知識の収集源との再会に歓喜する。
そして己の欲望を満たすため、すぐさま行動を開始した。
「―――というわけで私は知識が欲しいだけで、心からエリスを信仰しているわけではないのだよ。そろそろ信仰を辞めたいなと思っていたところに丁度ニールが現れたので、予定を変更しつつ一芝居打ったわけだ。まず抵抗されにくいニールとフレンを《誘眠》で眠らせたまでは良かったが、ハクアには逃げられてしまった」
「そりゃ逃がすさ。姿が変わり過ぎててミンドナファムだと分からなかったし」
ニールが肩をすくめながら、やれやれといった感じで首を傾けている。
「というか《誘眠》の発動前に【念動】で首を捩じ切ったのに、お前はなんで生きてたんだ?」
「それはこのサイリシアンという邪人種族が、人種と比較すると体構造に大きな違いがあるからだ。人の形はしているが人種ほど首から上に重要器官が集まっていないのだよ」
サイリシアンという単語だけではどんな種族か判断が付かないな。
気になるがもっと気になることがあるので、そちらを先に確認する。
「ミンドナファムに敵意がないことは理解した。それなら彼女……フレンが手首を切られて死んでいるように見えたもの偽装だったのか?」
「手首を切ったのは偽装じゃないね」
「えっ、あれは致命傷だと思うのだが」
「フレンは不老不死なのだ」
「はあ」
予想外の単語が出てきて、思わず間の抜けた声が漏れる。
話題になっている当人はというと、暇そうに空中を漂っているユキヨをぼんやりと見上げていた。
自分の名前が出ても特に気にした様子も無く、随分とマイペースな子である。
「ちゃんと説明してなかったのかい?」
「そういえばしてなかったな」
「うん、忙しかったの」
ニールとハクアの言い分からして、特に秘密にしていたわけでもないのか。
不老不死と言われてもにわかに信じがたいが、現にフレンは生きているのだから事実なのだろう。
報連相不足ではあるが仮に教えられていたとしても、あの場面に遭遇したら〈コラン君〉への強制チェンジは避けられなかったな。
「フレンはリージスの樹海に古くから住んでいる竜巫女だ。竜巫女というのは代々の守護竜に血を捧げて、傷を癒したり寿命を伸ばしたりするのが役目だそうだ。それを何千年も樹海に引き籠って続けてきたって言うんだから酷い話だ。……まあ俺も一度は見捨てて樹海を出たから文句は言えないがな。ハクアが連れ出しくれて良かったよ」
「竜巫女というのがこれまた不思議な存在でね。体は人種そのものなのに森人よりも遥かに長命で、傷を負っても時が遡るかのようにすぐ元通りになる。いや、流れ出た血は残るのだから、超再生や無限増殖といった類の強力な加護のようなのだ」
不老不死といえば古今東西の物語において永遠のテーマになっていて、その在り方は様々だ。
決して全能ではないので下手をすると死に続けたり、封印されたり、考えるのをやめちゃったりする。
どこかぼーっと……浮世離れした雰囲気なのは、久遠を過ごした弊害なのかもしれない。
長生きしすぎて感情の起伏が著しく失われてしまうというやつだ。
ちなみにゆるキャラの中の人は、永遠の灰色より一瞬でも輝く虹色のほうが美しいと思う派である。
「皆をさっさとこの隔離空間に隠してしまったからね。エリス神に勘付かれないよう、フレンには痛い思いをさせて申し訳ないが協力してもらったのだ。竜巫女の血には強力な力が宿っている。それを捧げたのだからエリス神の機嫌は取れただろう」
ハクアに対しても防戦一方だったのは、最初から敵対する意志が無かったからであった。
ゆるキャラは早々に戦線離脱したわけだが、よくもまあ皆を無事にここまで連れてきたものだ。
魔術か魔法か知らないが、ニールの超能力のように無詠唱で行使していたし、元第一位階冒険者で〈魔法使い〉の二つ名は伊達じゃないというわけか。
『それにしてもトウジ君にも驚いたが、まさかこんな所でリリンちゃんと再会するとも思わなかったよ』
『……はえ?どうして私の名前を、しかも言葉が分かる?』
リリンは言語の壁があるため、《意思伝達》の影響下にあるゆるキャラと、何故か全方位の言語を理解できるユキヨ以外とは直接会話できない。
だから会話にも参加せず静観していたリリンだが、突然理解できる言葉をミンドナファムから投げかけられて戸惑っていた。
『まあ色々と元からかけ離れているからね。気付かないのも無理はないか……おっほん』
わざとらしく咳払いしてから、ミンドナファムが白いローブの裾を持って優雅に一礼した。
『ごきげんよう、リリン・プラチネル。およそ五百年振りの再会ですね。無事に箱舟の眠りから目覚めたようで喜ばしい限りです。貴女が最後だったのでとても心配していたのですよ』
『ま、まさか……貴女はドミナ・ファムン様!?』
え、誰?
あとさっきから情報量が多すぎるので、ちょっと整理する時間をくれませんかね……。




