27話:ゆるキャラと先輩
食べ物以外も進呈していく。
〈コラン君〉のロゴやイラストが入ったハンカチ、ボールペン、レターセット、メモ帳などを口からペペっと吐き出す。
「とても上質な紙ね。それにこのインク瓶のいらないペンなんて画期的じゃない。物書きが趣味のアレフが喜びそうね」
それはいい情報を聞いた。
彼との関係改善のためにも文房具は多めに進呈しよう。
こうやってチートで用意した文明の利器を披露していると、異世界転生の定番というか、醍醐味のひとつだなあと感じる。
ゆるキャラ〈コラン君〉の中の人である益子藤治は残念ながら、石鹸やマヨネーズ、井戸のポンプといった物の作り方を知らない。
その他についても一般知識止まりなので、知識無双は他の人?に任せるとしよう。
〈商品〉で商売は可能かもしれないが、まずはこの世界に俺を転生させた張本人である猫に会い、無限供給が可能なのかと、供給して問題がないのかを確認する必要がある。
自由に生きていいとは言っていたが、後顧の憂いを無くすために念押ししておきたい。
お宝をたっぷり貰った今、そうそう生活に困ることは無いから慌てて商売をすることもないし。
「光り物よりよっぽど面白いわ。他には何かないのかしら」
「他ですか?そうですねえ」
あと目ぼしいのはぬいぐるみぐらいなのだが、可愛いもの好きのマリアとシンクにはクリティカルだったようだ。
「あらあら!まあまあ!」
「……っ」
椅子に座らせた全長百二十センチのそいつを、二人は興奮した様子で挟み込むようにして撫でたり抱きしめたりする。
この〈コラン君ぬいぐるみ(特大)〉は他のぬいぐるみとは違い受注生産の限定品で、採算度外視で細部にまでこだわって作られた一品なのだ。
確かに〈コラン君ぬいぐるみ(大)〉と比較しても精巧な作りであった。
ギリギリ採算は取れていると胡蘭市の担当職員の大熊さんは言っていたが、そこそこ人気で注文が増えるたびに顔色が悪くなっていったのを覚えている。
なので実際は結構な赤字だったんじゃないかと、臨時職員のゆるキャラは予想する。
ちなみに今回取り出した〈コラン君ぬいぐるみ(特大)〉は受注生産が好評に終わったため、限定生産盤としてショップ販売されているものだ。
受注生産の時より値上げされていたので、やっぱり赤字だったのだろう。
もう一人の竜族、メイドのクレアには〈コラン君ぬいぐるみ(特大)〉は特に響かないようだ。
相変わらずの無表情……いや、心なしか冷めた目でマリアとシンクを見つめている気がするな。
「おおっ、〈島袋さん〉じゃないか」
お宝を仕舞っている空間とは別窓の〈商品〉一覧を眺めていると、下の方に懐かしいキャラクターのぬいぐるみを発見した。
〈コラン君ぬいぐるみ(特大)〉の隣の椅子に真ん丸な物体を生み出す。
そいつは純白の羽毛で覆われていて、黒褐色の縦縞と細い横縞がいいアクセントになっている。
頭には耳介状の長くて幅広い羽毛が角のように伸びていて、三角形にデフォルメされた嘴は灰黒色だ。
黄色くて丸い目がチャーミングな〈シマフクロウの島袋さんぬいぐるみ(大)〉だ。
〈島袋さん〉は旧大翼町のマスコットである。
現在の胡蘭市は旧胡蘭町と隣の旧大翼町が合併してできた市だ。
合併と共に〈コラン君〉が誕生し〈島袋さん〉は引退したのだが、根強い人気がありグッズだけは今でもショップの片隅で販売されていた。
というわけで〈島袋さん〉は〈コラン君〉の先輩ゆるキャラなのだ。
ちなみに旧胡蘭町のマスコットは不人気だったので、もうグッズは販売されていない。
何故不人気かは……ここでは割愛する。
新らしく出現したラブリーな物体にマリアとシンクが目を輝かせた。
「あらあらあら!まあまあまあ!」
「……っ!!」
すっかり語彙力を失った二人が(というかシンクは声にもなっていないが)、白いモコモコを撫で回そうと手を伸す。
ところが二人の手が触れる直前に一陣の風が巻き起こると、椅子の上から〈島袋さん〉が忽然と姿を消した。
風の流れを目で追うと、少し離れた所で金髪メイドのクレアが〈島袋さん〉を両手で掲げていた。
なんということでしょう。
あんなに無表情だったクレアが頬を上気させて、うっとりとした眼差しを〈島袋さん〉に向けているではありませんか。
クレアは暫く〈島袋さん〉を眺めてから抱きしめると、モコモコのお腹に頬ずりを始めた。
「そういえばクレアは自室で飼うくらい鳥好きだったわね」
「むう、クレアずるい。私も」
なるほどクレアは鳥好きだから〈コラン君〉のぬいぐるみには反応しなかったのか。
いや、ちょっと待って欲しい。
「えっ?俺も結構鳥の部分あると思うけど無反応でしたよね?」
〈コラン君〉の肩の付け根から手首までは、シマフクロウに負けず美しいオジロワシの羽が生え揃っている。
黄色い鳥足もオジロワシのそれであり、黒曜石のように輝く爪はじっくり観察しても良し、華麗に攻撃に使っても良しの自慢の美脚だ。
クレアが鳥好きなら何故〈コラン君〉の鳥の部分に反応しなかったのだろうか。
「はぁ?あんたは鳥に似た綺麗な羽と脚を持っているだけの亜人か魔獣でしょ。私は鳥の造形が好き。鳥の要素がひとつでも欠けてたらそれはもう鳥じゃないの。だからあんたに興味は無いわけ」
「……」
言いたいことはなんとなく分かる。
〈コラン君〉のような良いとこ取りしていたり、アレンジがされている存在は邪道と感じるのだろう。
往年の名曲を知らないアーティストがカバーしたり、アニメで原作の内容が改変されていたり、オリジナル展開に入るのが許せない性格だ。
あれはあれでいいものも……あるさ?
〈島袋さん〉が原作に忠実かと問われると違うと思うのだが、まあ原型は留めているから、本家アーティストのリミックスVerくらいの位置づけなのだろう。
その辺りの感覚は人それぞれだが。
そして相変わらず無表情ではあるが、クレアの蓮っ葉な口調と蔑むような視線に驚いた。
「クレア、トウジはお客さん」
「……失礼いたしました。トウジ様」
シンクがクレアの態度を窘めてくれたが、それよりも〈コラン君〉の魅力が通じなかったことに驚きを隠せない。
転生してからは可愛い可愛いと、度々もてはやされているゆるキャラだ。
そんな評価に伴って余計な自尊心が芽生えていたが、あっさり鼻っ柱をへし折られた形だ。
魅力を否定されたこともそうだが、ゆるキャラとしての自尊心が芽生えていたことにも衝撃を受けた。
見た目は〈コラン君〉になっても心は益子藤治のままでいたいと願っているが、いつか自分の顔すら忘れてしまう日が来てしまうのだろうか。
「大丈夫、トウジはすごくかわいい」
ゆるキャラが醸し出す不安を感じ取ったのか、シンクが手を握って見上げてきた。
いささか見当違いの慰めであったが、彼女の気遣いに心がほっこりする。
礼を言って頭を撫でると、シンクは嬉しそうに目を細めた。
頭を撫でていると自然と額に生えた角が視界に入る。
今は可憐な幼女の姿をしているが、その正体は巨大で強大な竜であることを示していた。
ここでふと、あることを思いつく。
「《人化》の魔術、覚えたいな」




