268話:ゆるキャラと状態異常
視界が黒一色に染まる。
遠目からは水平にたなびく黒煙のようだったが、目前まで迫るとそれが大気をも焦がす黒炎の吐息だと、身をもって思い知らされる……はずだった。
はずとしか言いようがないのは、黒い竜の放つ黒炎はすべてハクアの白い吐息によって打ち消されているからだ。
黒炎が地上を掠めると降り積もる雪は一瞬で蒸発し、その下の木々も消し炭になっているので、大気を焦がすという表現も過大ではあるまい。
古戦場跡にも黒炎の痕跡はあったが、ゆるキャラは早々に〈コラン君〉に意識を奪われていたので、威力の程は未知数だった。
触るものみな燃やす黒炎だが、物質そのものを氷化させる白の吐息はそれすら対象にしてしまう。
先日は押し負けた白の奔流だったが、今日の結果は全く逆だ。
吐息同士の接触地点からまるでリバーシのように黒が白にすげ変わり、最終的に横長な氷のオブジェと化した黒炎は自重によって地面へと落下していく。
そのオブジェの端には黒い竜本体の氷像もオマケで付いていた。
目的地に近付くにつれて黒い竜の襲撃頻度が増しているが、鎧袖一触、ハクア無双が続いている。
晴れ渡る青空の下で繰り広げられるバトルを、ゆるキャラたちはハクアの背中という特等席で満喫していた。
某夢の国のアトラクションにも負けない大迫力である。
まあ心の底から楽しんでるのはユキヨだけなのだが。
「Gyauuuuuuuuuuuun!(もうすぐ着く)」
ハクアの咆哮の通り、前方の景色に変化が訪れた。
快晴だった空は次第に曇り出し、遂には曇天に覆われ空が見えなくなる。
真正面に見えてきたのは塔だ。
地上から垂直にそびえ立つそれは、曇天に突き刺さっていて頂上が見えない。
その高さからして、もし晴れていればもっと早い段階で目視で確認できていただろう。
もし雲の上もずっと塔が続いているのであれば、猫の仙人が住んでいそうな感じだ。
仙人が居るならば、最近力不足を感じているゆるキャラに超神水を恵んで頂きたい。
塔の周囲には無数の黒い影が飛び回っていた。
「うわ、あれ全部黒い竜かよ」
「Gyaoooooooooooow!(めんどうだから突っ切る)」
(いっけ~~~)
ハクアは宣言通り黒い竜を蹴散らしながら一直線に突き進み、塔の麓まで辿り着くと急制動。
垂直に折れ曲がり、塔の外周を螺旋を描きながら登っていく。
塔の直径は五十メートルほどだろうか。
乳白色の塔の表面はつるりとしていてつなぎ目も見当たらない。
なんだか巨大な飴細工のようだ。
ハクアが真っすぐ飛ばないのは追ってくる黒い竜を撒くためだが、これは三半規管への負担が大きいぞ。
か細い呻き声を聞いてゆるキャラが振り向くと、ただでさえ青白いリリンの顔色に拍車がかかっていた。
益子藤治の体だったら強烈な重力加速度の負荷に耐え切れず気絶していたな。
文字通り昇り龍となったハクアが塔の上部を覆う雲に突っ込むと、一気に視界が悪くなる。
それでも速度を緩めることなく進むと次第に黒い竜も追ってこなくなったので、ハクアは螺旋運動をやめて真っすぐ上昇。
いい加減酸素濃度が心配になってところで、ようやく雲を突き抜け視界が戻った。
雲海から顔を出す形で、塔の頂上は存在していた。
直径は変わらず五十メートル程度で、真っ平な断面の中心に穴のようなものが見える。
物理的には到底自立できない形状の塔だが、魔術やら神やらが実在する異世界でそれを追及するのは野暮か。
というか地球上でこんな高高度まで一気に上昇したら、順応どころの話ではなく気圧変化やら低酸素症やらで普通に死ぬのではと、今更になって気が付く。
幸いにも普通に呼吸できているが……。
「Gyaruuuuuuuuuuuuuu!(まだ私から離れないでね。息ができなくなるから)」
おおっと、ハクアのおかげでしたか。
風圧を防ぐだけでなく気圧すら維持するとは、航空機並の快適さは伊達じゃないな。
ハクアはふわりと塔の頂上に着陸すると《人化》する。
空中に放り出されたゆるキャラたちだったが、ハクアに乗っていた時と変わらず息が出来た。
塔周辺も気圧は大丈夫なようだ。
「〈魔法使い〉ミンドナファムはこの中にいる。ニールの新しい体に何かを仕掛けていたみたいで、急に気を失ってしまったの。私も捕まりそうになったけど、ニールが気を失う直前に逃がしてくれた。でもフレンは間に合わなくて捕まっちゃった」
人の姿になったハクアが顔を曇らせながら俯く。
「竜族でも敵わないくらい〈魔法使い〉は強いのか?」
「普通の攻撃ならたいして効かないけど、こっちを眠らせたり混乱させたりする魔法が強力」
ふむ、いわゆる状態異常攻撃か。
前に魔術の《幻惑》を食らったことがあるが、大量の魔素を内包するゆるキャラはその手の攻撃には抵抗しやすかった。
なんでも魔素が絶縁体のような役目をして、外部から侵入する魔素を阻害するのだとか。
魔術は抵抗できたが、魔法はどうだろうか……。
「ニールからはトウジは魔素を沢山持ってるって聞いた」
「でも竜族も魔素は豊富だろ?俺もその魔法に抵抗できるかどうかは分からん……いや、助けには行くから」
途中でハクアが泣き出しそうな表情になったので、慌てて言い直した。
「ちょっと女の子を泣かせるんじゃないわよ」
ユキヨの同時通訳で会話を聞いていたリリンからお叱りを受ける。
(多分だけど、トウジの魔素はわたしたちやハクアちゃんより多いよ~?)
「え、そうなの?」
(なんかね、トウジは体から漏れてる魔素がぎゅっとしてるかんじ~)
精霊には魔素が見えるのだろうか?
体でそのイメージを再現するように、ユキヨが拳を握り両脇を締めるポーズをした。
豊満な胸が邪魔をして全然締めれてないが。
語彙力が残念なので説得力に乏しい。
「そういうことならまあ、一番槍を引き受けようじゃないか。そういう魔術や魔法って、《火球》みたいに避けられないのかね」
(動き回ってればあたらないかも~?)
「そうだな、やれることはやってみるか」
物理的に回避が出来るなら、アレも通用するかもしれない。
頭の中でその時の動きをイメージしながら、ゆるキャラたちは塔の中央に空いた穴へと近付いて行った。




