265話:ゆるキャラと冬まつり
屋敷を出て見上げた空は、雲一つなく晴れ渡っていた。
風もないので太陽の温かみすら感じることができる清々しい朝だ。
ユキヨとティアネ、それにアウラたち冒険者は夜通し戦後処理をしてくれている。
そのおかげでゆるキャラたちはこうやって、ゆっくり疲れを癒すことができたというわけだ。
この屋敷は古戦場跡の西部に立地していて、トロールたちの組織〈トリストラム〉が西部を掌握する前も後も、長らく無人だったという。
「ずっと無人だったわりに手入れが行き届いてなかったか?埃っぽさも感じなかったし。寝室にあったシーツも持ち込んだのか?」
「それが私たちが入る前からあの状態なのよ。なんでも誰も住んでいないのに常に掃除がされているから、立派な屋敷なんだけど怖がってだれも近寄らないんですって。無視して中に入ったごろつきが、そのまま行方不明になったとかならなかったとか」
「えっ、そんないわく付きの場所に泊まったのか」
ミーナの説明を聞きぎょっとして背後を振り返った。
清々しい朝だったのが一転、静寂の中佇む屋敷に不穏さを覚える。
話を聞いただけで屋敷には影が差し、気温も下がったように感じてしまうから不思議なものだ。
家主が居なかった理由が突飛すぎるのだが。
「トウジ、いやコランクンが大丈夫って言ってから泊まったのよ。実際大丈夫で快適だったわね」
「むう、そんなことを言ったのか」
いったい根拠は何なのだろうか。
神が用意した人格?なんだし、一般人より色々と高性能なのかもしれないが……。
戦闘時以外でも〈コラン君〉が表だって行動し、その間は意識を奪われてしまうという事実に苛まれる。
不安は尽きないが今すぐ解決する方法もないので、気持ちを切り替えるしかない。
幽霊屋敷はさておき、ハクアは南西の方角から黒い竜たちを迎撃しながらここまでやってきた。
倒した数は百匹を越えているそうなので、南西の方向には黒い竜の死体が転々と転がっていることになる。
ユキヨたちは古戦場跡周辺に散らばる黒い竜の死体を一体ずつ見て、本当に死んでいるかを確認してくれていた。
もし生き延びている奴がいたら止めを刺すためだ。
「被害はそこまで出ていないみたいだな」
「すぐにコランクンが上空で戦闘を始めたからね。後半は羊羹を食べて復活したハクアも参加したから、そこからは一方的な虐殺に近かったわ。被害らしい被害といえば、落ちてきた巨体に一部の建物が押し潰されたくらいかしら。あっちがコランクンの倒した竜で、向こうのがハクアね」
リリンが指で示す先には、それぞれ黒い竜が横たわっていた。
前足と翼が一体化した飛竜タイプで、前にリージスの樹海で見たワイバーンに造形は似ているだろうか。
〈コラン君〉が倒した方は首筋の鱗が大きく切り裂かれ、大量に流れ出た血の海の中で絶命している。
もう一方のハクアが倒した竜だが、その死体はおかしなことになっていた。
「氷像?」
一言で表すなら、黒い竜は氷像になっていた。
氷漬けではなく氷像である。
向こう側が透けて見えるくらい透明な氷の像となって、翼を広げ顎を開けた威嚇のポーズのまま転がっている。
漆黒の体はどこへやらだ。
「わたしが吐息でたおした」
「いや冷気を浴びせても、普通こうはならないよな?」
「そう?」
可愛らしくハクアが首を傾げる。
吐息を吐いている本人もしくみは理解していない様子。
氷漬けであったり、ドライアイスで凍らされた薔薇のように粉々になるといった変化ならまだ分かるのだが。
氷そのものになってしまうということは、物質の構造自体を変質させていることなのだろう。
元々が本物の竜だけあって、氷像は迫力満点である。
地元北海道、胡蘭市で毎年行なわれる冬まつりでは氷像コンテストがあるが、出場すれば間違いなく優勝だな。
氷の透明度もそうだが、氷像に氷の継ぎ目が無いのが素晴らしい。
氷像の元となる氷の塊は板状の氷を重ねて作るので、どうしても継ぎ目が入ってしまう。
等間隔に入った継ぎ目の横線って結構気になるんだよね。
(お~~~い)
などとゆるキャラが思考を脱線させていると、森の方から声なき声(念話)が聞こえてくる。
ユキヨたちが戻ってきたようだ。
雪女の姿をした小さな精霊はゆるキャラの姿を見つけると真っすぐ飛んできたが、直前で急停止。
そしておずおずと問いかけてくる。
(コランクン?それともトウジ?)
「トウジだ」
(よかった。戻ってる~)
確認が取れて安堵したユキヨが、改めてゆるキャラの胸元に飛び込んできた。
灰褐色の毛皮に嬉しそうに頬擦りをしてくる。
ユキヨの後ろを付いてきていたティアネとアウラたちも、一様に安堵の表情を浮かべていた。
「ええっと、皆に心配をかけたな」
「子供みたいなコランクンのままじゃなくて、ほんと良かったわ」
ミーナの言葉は額面通りに受け取っておく。
というか額面以外の意味では受け付けないからな。
それにしてもよかった……〈コラン君〉がいればトウジはもういらないとか言われなくて。
「ハクアお嬢さん。頼まれた通り周辺を一通り確認してきたが、生き残った竜はいなかったよ。どれも一刀の元に斬り捨てられているか、美しい氷像に生まれ変わっていたよ」
「んっ、ありがとう」
ルーファスが仰々しく片膝を付いて報告するものだから、ハクアがちょっと引いている。
「可憐なお嬢さん。この後よかったら僕と目覚めの紅茶を……へぶっ」
そのままハクアの手を取りいつも通り口説き始めるのがルーファスで、手の甲にキスでもしそうな勢いだったがそうは問屋が卸さない。
真横から走り寄ってきたナスターシャの、堂に入ったキレのあるドロップキックが炸裂した。
横っ腹にいいのをもらったルーファスが無様に地面を転がっていく。
ドロップキックの姿勢のまま地面に落ちると、すぐさま起き上がり無言でルーファスを追いかけるナスターシャ。
「あの二人はまあ、いつものことだから気にしないでおくれ」
「え、うん。わかった」
突然目の前で起きた暴力に唖然としていたハクアであったが、アウラのフォローでなんとか首を縦に振る。
竜族をも驚かせるバイオレンスな夫婦漫才には、只々苦笑いを浮かべるしかないゆるキャラたちであった。




