263話:ゆるキャラと白亜
「本当に……本当に何もしてないんだな?」
「だからそうだってば。コランクン?状態のあなたって何か子供っぽくてそんな雰囲気にならなかったのよ」
ゆるキャラの念押しに肉食系兎ことミーナがぷりぷりと怒りながら答える。
いや普段からそんな雰囲気にはならないよ?
当初ここは宿屋かと思ったが、どうやら違うようだ。
部屋を出ると廊下が伸びていて、等間隔に木製の扉が並んでいた。
間取りは宿屋に似ているものの、天井を見た時にも思ったが全体的に造りが立派だし、廊下の曲がり角には燭台が置いてあったり、壁には風景画が飾られていたりしている。
貴族とまではいかないまでも、裕福な商人のお屋敷といった感じか。
なのだがゆるキャラたち以外に人の気配は全くしない。
手入れは間違いなくされているので、普段から無人とは思えないのだが。
勝手知ったる風なリリンの案内で隣の部屋の客間に通され、皆がソファーに腰を落ち着けた所でまずは重要な案件の確認となったわけだ。
「村でも散々逃げ回られたし、そこまで拒否されると傷つくんだけど。そんなに私って魅力無い?」
「いやあ……」
改めてミーナの体をまじまじと観察する。
兎形族の形状は普通の兎を二足歩行にしたものだが、顔は人のそれに近い。
んなぁーとか鳴きそうだ。
ゆるキャラよりも人に近い体つきなので、プロ野球チームのマスコットをやれば似合いそうだし人気も出るだろう。
同じマスコット?として嫉妬しないでもない。
ちなみにミーナ兎形族の中でもとりわけ美人かどうかは分からない。
身も蓋もない言い方をするなら、人から見た犬や猫や兎はみんな可愛いからな。
酒席の度にミーナは「こんなに美人な私が行き遅れていたのは同族に同年代が少ないからよ!決して性格が悪いとかじゃないんだからね」などと言っていた。
しかしこういう本人の言い回しは自虐と茶化しの両方で使われる可能性があるので、やっぱり鵜呑みにはできないのである。
というか後者の理由がまさしく行き遅れの原因では……。
「まあケモナー的には歓喜する造形だけれども」
「まあけも?なにそれ」
「いやなんでもない。とりあえずミーナの件は後回しにして、問題は彼女だ。あと俺はどうなっていたんだ?ユキヨも見当たらないし」
ゆるキャラが視線を隣に移すと、灰褐色の毛皮に寄りかかっている少女の姿がある。
服装はワンピース、髪型はサイドテールとどこまでもシンクとお揃いだが、その全ての色が白い。
寝起きのとろんとした目すら驚きの白さだ。
瞳の色素が薄いと光が眩しかったり、弱視になったりすると聞いたことがあるが、ここは異世界だからその通りとも限らないか。
「その子はニールの知り合いでハクアっていうそうよ。なんと竜族なんだって。昨日まで連戦だったらしいし大分お疲れのようね」
確信はしていたが、やはり彼女はシンクの姉のハクアであった。
リリンに名前を呼ばれてハクアは目が覚めてきたのか、ソファーからぴょんと飛び降りると、ゆるキャラに向かって可愛らしくカーテシーをする。
「ただいまご紹介にあずかりましたハクアリスティアーゼと申します。ハクアと呼んでください。昨日はありがとうございました、コランクンさん」
「昨日のことはすまない、覚えてないんだ。あとコランクンのクンは敬称だからコランでいいぞ。というか俺はコランじゃなくてトウジなんだけどな」
「???」
頭上に疑問符を一杯浮かべたハクアが首を傾げる。
まあ何を言っているか分からないよね。
そしてゆるキャラも自身が今置かれてる状況を理解していない。
「どこから説明すればいいのかしら、トウジがさっき目覚める前の最期の記憶はなあに?」
「えーっと、ユメとリュフを山に帰して、ようやく古戦場跡に到着ということろで空から急に……」
そうだ、だんだんと記憶が蘇ってくる。
最初は戦闘機同士のドッグファイトかと思ったんだった。
ゆるキャラはジェットエンジンの轟音を響かせて、白と黒の機体が縦横無尽に古戦場跡の上空を飛び回っているのを目撃する。
しかしその正体は当たり前だが戦闘機などではなかった。
大気を震わせるジェットエンジンのそれに聞こえた轟音は、巨大な顎から発せられたけたたましい咆哮だ。
白と黒の対称的で重厚感溢れる金属の塊に見えた機影も、よく見れば均一に並んだ小さな装甲版の集まり、つまりは鱗である。
それは白と黒の二匹の竜であった。
二匹は相手の背後を取ろうと暫く空中でせめぎ合っていたが、白い竜が先にしびれを切らして、黒い竜へ真正面から吐息を放つ。
これには黒い竜も対抗して吐息を放った。
互いの体色に似た白と黒の奔流が激しくぶつかり合い、拮抗するかに見えたが、勝負はあっさりと決まる。
白い吐息はたちまちにして押し返され、黒い吐息が白い竜に直撃。
胸元を吐息で焦がされた白い竜は、短い悲鳴を上げて古戦場跡に広がる森へと墜落した。
黒い竜は勝利の雄叫びを上げるとそのまま飛び去るわけもなく、今度は古戦場跡に点在する建物を攻撃目標に定める。
放たれた黒い吐息が遺跡でもある古戦場跡の建物を破壊し、黒い炎で覆いつくされた。
古戦場跡にはイスロトの街には居られない、訳ありの住人たちが大勢住んでいる。
遠過ぎて見えないが、今焼き払われた建物が無人だったとは思えない。
断定できないものの、ゆるキャラの中に眠る奴が覚醒するには十分だったようだ。
耳鳴りのように脳内で響きだした定型句に顔を歪めながら空を仰ぎ見ると、遠くから黒い鳥の群れのようなものが近付いてきていた。
もちろんそれはただの鳥でもなければ戦闘機でもなくて……。
「というところまで思い出したな」
「あら、ちゃんと直前まで記憶はあったのね。それなら話は早いわ。その後は〈コラン君〉になった貴方が迫り来る大量の竜たちをやっつけちゃったのよ」
「……は?やっつけたってどうやって?」
「それはこう、竜から竜に飛び移るようにしてよ。首元を口から取り出した大剣でざっくり一撃だったわ」
リリンが何かを抓むようにすぼめた指先を、山なりに連続して動かす。
いやそんな昔のアクションゲームじゃないんだからさ。
「途中からは復活したハクアも参戦してたけどね」
「え、もしかして白い竜ってハクアだったのか?」
「うん。コランクンサ……にもらった赤っぽくて甘いのを食べたら、びっくりするくらい元気になったの。すでにあいつらを百匹くらい倒してたから、くたくただったはずなのに」
なるほど、ゆるキャラが目撃した時は黒い竜にあっさりと負けてしまったが、それには理由があったわけか。
とりあえず今の状況は少しずつ分かってきたが疑問はまだ沢山あるので、一つ一つ確認していこう。
〈コラン君〉が四次元頬袋から〈商品〉や武器を自由勝手に取り出し使用していたという事実に、言い知れぬ恐怖と不安を覚えながら……。




