261話:ゆるキャラと餌付け
というわけで旅のオトモが増えた。
「すっかり飼い犬になっちゃったわね」
呆れたような口調の割にリリンは口角を上げて嬉しそうにしている。
服従のポーズをして降伏したリュフが、大きくてもふもふした頭をリリンの体に擦り付けてじゃれていた。
体格差があるので頭を地面すれすれまで下げているし、しかも歩きながらやっているのだから器用なものだ。
リリンは脇下に潜り込んでくる白銀の毛並みをわしゃわしゃと撫で、ふわふわな感触を楽しんでいた。
それにしても大きな犬と戯れる美少女という光景は絵になるなあ。
なお犬が大きすぎたり美少女の背中から蝙蝠の翼が生えていたりするが、それらは無視するものとする。
リュフは氷熊といい勝負をしていたように見えたのだが、実は結構やばかったようで体毛の下の皮膚は霜に晒され酷い凍傷になっていた。
戦意は完全に喪失していたので〈ハスカップ羊羹〉を与えて傷を癒してやる。
癒しの効果だけでなく味も一級品の羊羹だ。
それを喰らったリュフがゆるキャラ一行の軍門に下るのは自明の理だったか。
きび団子を貰った犬のような反応である。
薄汚れていた毛並みも魔術具の聖杯で生み出した聖水で綺麗にしてやる。
その後はゆるキャラ一行という群れの新入りとして、他の面々に愛想を振りまくリュフであった。
アウラたち冒険者も一様にじゃれつかれ、マットが増幅された恐怖で死にそうになっていたのはご愛敬か。
「おっ、思ったより柔らかいんだな。これは病み付きになる」
「私はトウジさんのほうが好きかなあ」
こういう時に肝が据わっているのは女性陣で、アウラもナスターシャも白銀の毛並を堪能していた。
あとルーファスはこっちをちらちらと見るんじゃあない。
ナスターシャの好きは、あくまでゆるキャラの毛並みのことだから。
酒席で灰褐色の毛をちょっと撫でられて、顔を埋められただけだから。
間男を見るような目はやめて欲しい。
そしてこっちに視線を送るのはルーファスだけではなかった。
一行の最後尾を歩く巨体からの視線を背中にひしひしと感じる。
気付かないふりをし続けていたのだがプレッシャーに耐え切れず振り向くと、そこにはつぶらな黒い目に嫉妬の炎を宿らせた氷熊の姿が。
「Vuuuuuuuuuuuu」
(リュフばっかりずるい~、だってさ)
「いや、その巨体でじゃれられたらみんな押し潰されるから。あと君たちはそろそろ山に帰ってくれよ」
強力な魔獣を二体も引き連れて街に戻ったら大騒ぎになってしまう。
「Vhuuunnnnnnnn」
(わたいにも名前を付けて。あと羊羹くれたら今度こそ帰る~、だって)
「名前、ねえ。じゃあ皆で相談して決めようか」
「エリザベスなんてどうだ?昔いた第一位階冒険者の名前なんだが、この氷熊のように大きくて怪力な奴でな」
「真っ白だしブレナちゃんとか。魔術の詠唱で使う古語で白いって意味の単語よ」
アウラとナスターシャが提案している名前の通り、実は氷熊はメスなのであった。
ちなみにリュフもである。
「……シャルロット」
「それはどういう意味があるんだ?」
「なんとなく可愛い感じで……」
命名に対して意外にも意欲的で、声は小さいがはっきりと主張するティアネ。
氷熊に似合うかどうかはともかくとして、確かに可愛らしい名前だな。
マットとルーファスの男性陣は……特に希望は無いのね。
「はいはーい。マキシマムザベア子!」
うん、リリンのネーミングセンスが壊滅的なのは知ってた。
しゅたっと元気よく手を上げて得意げに発表しているが、スルーだスルー。
かつてゆるキャラにドンザエモンだとかトトカルパッチョだとか、変な名前を付けようとしただけはある。
「ユキヨはどうだ?」
「ちょっと無視しないでよ」
(う~~~~ん。思いつかない!トウジは?)
「え、俺?そうだなあ」
ゆるキャラが真っ白な巨体を見上げると、氷熊は期待の眼差しを向けてくる。
氷熊の見た目は巨大なシロクマなわけだが、そういえば地元胡蘭市にある大翼動物園でシロクマの赤ちゃんが生まれて、名前募集とかで一時期話題になっていたっけ。
「何に決まったんだったっけかなあ……ああ、思い出した。ユメだ」
「ユメ……!?可愛い」
「Vofoooooooooooooow!」
(あ、なんか気に入ったみたいよ。やるじゃないトウジ)
え、いいの?そもそも俺の案じゃないし、実物と名前の乖離がシャルロットといい勝負なのだが。
「まあ本人がいいならいいか。ところでリュフはリュフでいいのか?人が勝手につけた名前だけど」
「Kuuuuuuuuuun」
(別にいいって言ってるよ~)
ユキヨの通訳によると名前を聞いた当初は驚いたそうだが、それはあくまで名前が付いていたという事実に対してであり、名前自体はそこそこ気に入っているそうだ。
「よーしそれじゃあ名前も決まったことだし、この羊羹……ばっかりだと飽きるだろうから饅頭をあげるから、大人しく山に帰ってくれよ。コラン村を襲うのも無しだからな」
立ち止まりもごもごと四次元頬袋から〈コラン君饅頭〉を取り出す。
その間お行儀よくお座りをして待機する二匹。
包装を剥がした饅頭を大きく開けた口に放り込もうとした時、ある不安がよぎった。
「ユメたちにも羊羹や饅頭をあげ続けていたら、ユキヨみたいに急に進化したりするのだろうか」
「さすがに精霊ほど魔素への適正は高くないさ。それでも人種よりはあるから、長生きした魔獣はこうやって恐ろしく強くなるんだが」
ほんとに大丈夫?ある日突然、人型になって「カワバンガ!」とか言い出したりしない?
「うわ、涎がすごいよ」
ああすまん、意図せず待ての状態にしてしまったな。
口を開けたままの状態で焦らされたため、二匹とも口の端から涎がとめどなく溢ている。
改めて饅頭を口の中に放り込む。
それぞれが一梱包八個入りの饅頭を平らげると満足したようで、二匹は仲良く山へと帰って行った。
道中何度もこちらを振り向きながら……ラスカルかな?
「しまった。賢いんだし村の防衛をお願いすればよかった」
そんなゆるキャラの後悔は杞憂に終わる。
言われるまでもなく忠熊、忠犬となった彼女らは、自主的にコラン村の二大守護魔獣となっていたのだ。
ゆるキャラがそれを知るのはもう少し先のことではあるが。
自分たちより強いユキヨに怯えたのか、羊羹や饅頭という報酬に目が眩んだのか、というのは聞くだけ野暮というものだ。
多分両方だし……。




