26話:ゆるキャラと金銀パール
「こんなに貰っても使い道ないのよねー。むしろ置き場に困っちゃって。だから好きなだけ持って行ってね」
巨万の富が納められた宝物庫を前にマリアが軽い調子で言ってくる。
膨大な量の金銀財宝が、碌に管理もされず広い空間に詰め込まれていた。
高級そうな武具や調度品が無造作に並び、その隙間や床を埋めるかのように無数の金貨や銀貨、宝石や真珠などの装飾品で溢れかえっている。
えらく高価な緩衝材だな。
これらは全部竜族の縄張りである樹海及び、近隣に住まうものからの献上品だった。
数千年の間、貰う一方で使い道がさして無いためここまで貯まってしまったのだという。
「良いと言うのであれば、貰っていきますが……」
これからの異世界生活において先立つものは必要だろう。
なし崩し的にシンクとの駆け落ち(ごっこ)に同意してしまったし、貰えるものは貰っておくか。
「探せば《次元収納》の鞄も出てくると思うけど」
「とりあえず自前のがあるので大丈夫です」
【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】
床を埋め尽くす金貨を手で掬ってゆるキャラの口に放り込む。
気分は某コイン怪獣だ。
頬張った金貨は視界に現れたウィンドウ画面内に表示されている。
ただしゲームみたいに「金貨×10」と文字で表示されたり、等分に区切られた枠内に金貨の画像が表示されていたりするわけではない。
イメージとしては床も無ければ上下の区別もない空間に金貨が放り込まれていて、それをウィンドウ越しに見ている感じだろうか。
なので適当にアイテムを頬張り続けると、目の前の現実の宝物庫のように乱雑としてくる。
幸いにも念じれば見えない手で持ち上げたかのように、自由にアイテムを動かすことが出来るので整理整頓は容易だ。
ウィンドウ越しの視界についても、視点移動及び拡大縮小が自由自在なので、癖のある次元収納だが利便性は優れている。
「へ~本当に食べるように収納しちゃうのね」
「頬が膨れるのが、かわいい」
金貨や貴金属のもぐもぐタイムを続けるゆるキャラを、竜のお嬢さん二名が楽しそうに観察していた。
「よしこのぐらいで……」
「たったそれだけ?その十倍くらい持って行っていいわよ。入るならその辺の嵩張る武具も片づけてくれると助かるわ」
ゆるキャラは粗大ごみ回収業者じゃないのだが……。
二メートル四方の金貨を頂いたのだが、その十倍となると宝物庫全体の一割くらいだろうか。
数千年かかって貯めた財宝の一割ということは、数百年分ということになる。
具体的な価値は算出できないが、人財産どころではないだろう。
まあ良いと言うなら貰っていこう。
四次元頬袋には口のサイズより大きいものも収納できる。
どこぞの慢心王が着ていそうな金ピカの鎧に標準を定めて、口を近づけると……。
「まぁ!面白い」
マリアが驚嘆の声を上げる。
口を近づけた部分の鎧が細く伸びて、口の中に吸い込まれるとあっという間に収納されてしまったからだ。
その光景を例えるなら、西遊記に出てくる瓢箪だろうか。
名前を呼ばれて返事をすると吸い込まれるアレである。
この辺りは妖精の里で検証済みだが、細かい仕様はまだ確認しきれていない。
次元収納のお約束として生物は収納不可で、収納中の時間経過は無し。
収納量については今のところ上限が見えない。
「ねえ、あれは入る?」
ゆるキャラの装備している赤いマフラーをくいくいと引っ張られたので振り向くと、シンクが宝物庫の最奥に鎮座する黄金の建造物、金閣(仮称)を指さしている。
「試してみないと分からないが……」
「よーしやってみましょう。入るなら持って行っていいわよ」
結論から言うと入った。
というわけでアイテムウィンドウ内にはそそり立つ金閣の姿がある。
この時ゆるキャラは収納した際に虚脱感を覚えていた。
マリアによるとこれは魔力を大きく消耗した時に起きる現象だそうだ。
「《次元収納》は便利だけど魔力の消費が大きいのよ。正直入ると思わなかったわ。トウジ君、魔力量が多いみたいね」
初めて自身の魔力を感じ取った瞬間であった。
おそらく普段の〈商品〉を取り出している時も魔力を消費していると思われるが、微量のため気付けなかったのだろう。
実は妖精の里でフレイヤ先生の指導のもと、コツコツと魔術の練習をしていたのだが、自身の魔力を感じ取ることが出来ず頓挫していた。
もしかしたらこれが魔術を習得するきっかけになるかもしれない。
程なくしてゆるキャラのアイテムウィンドウ内が金銀財宝で埋め尽くされた。
ただし目の前の宝物庫より整然としている。
金貨は千枚ごとに重ねると金の延べ棒のようになった。
ちなみに延べ棒自体もあるし、それらも種類ごとに集めて等間隔に並べてある。
何もない暗黒の空間に浮かぶその様を俯瞰して見れば、まるで宇宙空間に隊列を成す宇宙船団のようだ。
殿でどっしり構える金閣は、さながら船団を指揮する母船である。
迷惑料に報酬の後払いと前払い、そして旅の資金だとはいえ貰い過ぎなため、こちらもささやかだがお返しをしようと思う。
ゆるキャラにできるお返しといえば〈商品〉くらいだ。
オープンテラスに戻るとアレフの姿はなく、クレアだけが待機していた。
二人の態度の軟化も狙って、今日のところは制限無しでテーブルの上に〈商品〉を並べていく。
お馴染みの饅頭や羊羹も出すが、イチオシは〈ハスカップティー(ティーパック十個入り)〉だ。
香りや美味しさでは先程出された高級そうな茶葉に負けるが、ハスカップの甘味と酸味が引き立っていてゆるキャラ的にはお勧めだ。
「マリア様、このまんじゅうというのはメタイズ産の紅茶と合いそうです」
「そうねぇ、今度試してみましょう。こっちのティーパックというのはお湯に浸すだけなんて便利ね」
そのまま試食会となり、マリアとクレアが楽しそうに会話している。
クレアは相変わらずの無表情だが、声音からは幾分か棘が抜けたように聞こえる……気がした。
シンクもその横で美味しそうに饅頭を齧っている。
今日はがめつい妖精さんが居ない。
だから、おかわりもいいぞ。




