256話:ゆるキャラと目線
『というわけでトウジ。俺はちょっと【転移】で街に戻ってギルマスを問い詰めてくるから、ここで待っててくれないか』
『突然日本語でどうした?ってあれか。【念動】以外は秘密にしているからか』
平行世界でも日本語は共通だったので、こうして秘密の会話をするのに都合が良い。
ただ不思議なことにユキヨには《意思伝達》より上位の翻訳能力が備わっているのか筒抜けであった。
当人には先んじて日本語の時は秘密の話なので他言無用、と伝えてあるので問題無い。
秘密を共有するという行為が嬉しいのか、ユキヨはニコニコと笑顔を浮かべて空中を漂いながらこちらの会話を聞いて知った風に頷いている。
『ここもある程度軌道に乗ってきたし、俺たちもそろそろ街に帰ろうかと思ってるけど』
『とりあえず情報を確認するだけだから夕方には一旦戻ってくるよ。さすがに今日帰るわけじゃないだろ?』
そう言い残すとニールは【念動】で某Z戦士の舞空術のように空中に浮かび上がり、そのまま飛んで行った。
きっと誰もいない場所まで移動してから【転移】するのだろう。
「ん?それは一体何語なんだ……ちょっと!あたしらを置いてかないでくれよ!」
まさかすぐに一人で出発するとは思っていなかったようで、アウラがニールを引き留めようとしたが時すでに遅し。
遠ざかり豆粒くらいまで小さくなったところでニールは【転移】で消えたのだが、それに気付いているのはオジロワシの目で遠くまで見渡せるゆるキャラだけだろう。
「今日の夕方には一旦戻ってくるそうだからこの村で休んでるといいよ」
「あんなに速く飛べるなら確かに往復できそうだね。ううむ、さすがは〈神の手〉だ」
実際は【転移】だからもうイスロトの街に到着しているんだけどね。
ニールの〈神の手〉という二つ名は【念動】によって引き起こされる事象が、まるで神の見えざる手によって行なわれているかのようだから名付けられたそうだ。
確かに他者への不可視で強力な干渉という意味ではぴったりなネーミングだが、自身を持ち上げて浮かすとなるとなんだかしっくりこないな。
己から生えた不可視の手で自分を持ち上げて飛ぶってどういう理屈だろう?
巨大な手の平(手首までしかないやつ)に乗っているか、クレーンゲームの景品のように上から指でつまんで運ばれるイメージだろうか。
だとしたらその巨大な手は何処に繋がっていて何故浮くのか?
でもまあ見えない神の手が色々と無茶苦茶している時点で、それが浮いたり飛んだりする理屈なんてあってないようなものか。
こまかいことが気になると夜もねむれねえゆるキャラなのである。
閑話休題……の直前に一つ思い出した。
「そういえばニールは元の大陸では〈魔法使い〉と呼ばれてたけど、二つ名って複数あってもいいのか?」
「複数あること自体に問題は無いね。他の第一位階冒険者でも複数の二つ名を持つ者もいるし。もちろん複数の二つ名それぞれに冒険者ギルドの承認はいるけどね。そうか、ニールは別の大陸出身だったのか。今の聞き慣れない言葉もその大陸の言語なのかい?」
「大陸というよりは俺とニールの故郷の言語かな。親しげに見えたけどその辺は本人から聞いてないのか?」
「冒険者仲間としては親しいと思うけど、自分のことは何も話さないのさ」
「そうそう。ギルマスがいきなり第一位界冒険者って紹介してきたから、あのときはすごいびっくりしたわ。だって〈神の手〉なんて冒険者は誰も知らなかったし、あんなに美人なのよ?どこかの国のお姫様って言われたほうが納得できたわ」
「違いないね」
アウラとナスターシャが仲良く頷き合っている。
二人とも亜麻色の髪に榛色のくりっとした目をしていて、よく見ると容姿だけでなく仕草もよく似ている二人だ。
もしかして親子?と頬袋、じゃなくて喉まで出たが保険をかけておく。
「もしかして二人は姉妹なのか?」
「ちょっとおばさん相手に冗談はよしておくれよ。ナスターシャはあたしが十七の時に生んだ娘さ」
お、保険が効いてる効いてる。
娘と姉妹と思われてアウラが嬉しそうにしながらゆるキャラの肩をばしばしと叩く。
古今東西……たとえ異世界でも若く見られて嬉しくない女性はいるだろうか、いやいないだろう。
そして逆もまた然りなので要注意だ。
神やら魔術やらが実在しているが、基本的には文明レベルが中世なアトルランである。
人生五十年と考えれば、決して若くしての出産でもないのだろう。
現代日本なら若くて美人のお母さんで、授業参観で羨ましがられるやつだ。
つまるところアウラはまだ三十代前半でゆるキャラの中の人とほぼ同年代。
こんな大きくて立派な娘さんがいるアウラと比較すると、三十路で独身でフリーターとか社会的背景に差があったとしても悲しみを背負っているな。
「ナスターシャが生まれてあたしは冒険者を一度引退したんだが、すぐに同じ冒険者だった旦那が死んじまってね。仕方ないからこの子は親戚に預けて冒険者に復帰したんだ」
しかもシングルマザーとかアウラさん立派過ぎるだろ。
「冒険者なんて碌なもんじゃないって散々言い聞かせたのに、ナスターシャまで冒険者になるんだから困ったものさ」
「だってしょうがないじゃない。私の加護が冒険者向きなんだもの。おかげで母さんたちの役に立ってるんだからいいじゃない」
おいおい、孝行娘とかナスターシャまで立派かよ。
「ルーファスとマットはさすがに身内じゃないよな?」
「ああ。二人とは最近パーティーを組んだんだが、あたしらとなかなか相性が良くてね。今は全員がパッとしない第四位階冒険者だけど、もう少しで第三位階に上がれそうなのさ」
「ようやく僕の力が正当に評価される時が来たってことだね」
「こいつニールさんと初めて会った時に、一目惚れしたとか言ってしつこく言い寄るものだから、怒ったニールさんの〈神の手〉で自慢の鎧をひしゃげられそうになって半泣きになってたのよ」
「ふっ、男女の仲に障害はつきものなのさ」
自らの失態を告げ口されても金罰碧眼の優男はけろりとしている。
外見だけならまだ少女のリリンに粉をかける程に節操のないプレイボーイだから、言われ慣れているのだろう。
「軟派な態度を取るくせに、いざ女が引っかかると怖気づいて逃げ出す軟弱者なのさ」
「アウラ、その言いぐさは心外だな。男女の仲には守らなければならない順序もあるのさ。本人の次はきちんとご両親の了解を得てだね」
「それならあたしの所にはいつ了解を取りに来るんだい?」
「えっ、いやあ、まあまず本人の了解を得てからなので……」
意外とルーファスも純情だったようだ。
ナスターシャをちらりと見ながら言い訳する声がどんどん尻すぼみになる。
「はあっ?なに言ってんの。私があんたを認めるわけないじゃない。てか今まで一度も言い寄られたことないんだけど!」
ナスターシャはルーファスからは女として見られていないという認識のようだが、彼の動揺加減から見てそれはないな。
本命の娘には奥手になっちゃう感じだろう。
あたふたする若者二人を見てニヤニヤするアウラと、そんな三人を少し離れた位置からニコニコして見守る中年マット。
親戚のおじさんかな?
まあゆるキャラ的にも若者二人の反応を見て羨ましい、というよりは微笑ましいと感じている。
完全に保護者目線なのであった。




