255話:ゆるキャラと悲哀まみれ
「なんだアウラ。来たのか」
「来たのかじゃないよ〈神の手〉殿。あんたはここで一体何をしてるんだい」
あっけらかんとした物言いをするニールに対して、アウラがスタイルの良いくびれた腰に手を当てながら渋い顔で溜息を吐く。
幼い子供を叱るお母さんのようだ、なんて妙齢の女性相手に口が裂けても言ってはいけない。
まあモモンガの口は既に裂けているが。
中に入ってからも冒険者たちは終始驚いていた。
なんだかんだでゆるキャラたちが凝りだしたものだから、外壁だけでなく村の内部も辺境の亜人の村とは思えないくらい立派なものになりつつある。
土がむき出しで荒れていた地面は平らに押し固められ、上物の木造家屋はトロールたちによる破壊を逃れたものだけ残して随所で立て直しを始めていた。
当初は騎馬族と兎形族の生き残りだけで再編された村だったが、あれから更にドヴェルグ族が加わっている。
ドヴェルグ族とは小柄でずんぐりむっくりな体型の亜人で、シルエットだけならゆるキャラに通ずるものがあった。
小柄だが筋肉質で髭をたくわえ、職人気質で頑固者……有り体に言えばドワーフだ。
何故ドワーフ族ではなくドヴェルグ族なのか。
リリンから借りている《意思伝達》が付与されたペンダントによる翻訳なのだが、騎馬族、兎形族ときてドヴェルグ族とはこれいかに。
熊そっくりな種族の名称がウルスス族だった時にも感じたことだが、名称に統一感が無いのが非常に気になる。
単に他にドワーフ族がいるから、という可能性もなくはないが。
仮にドワーフの別称だとするならば、理由としてはおそらく名称を統一させたうえで周知する存在がいないからだろう。
各々が自称、俗称で呼び合っていて、地域で名前が違うというやつだ。
同じ絆創膏でも北海道では長らくサ○オ呼びがメジャーだったしなあ。
ちなみにサ○オは二十年近く前に販売終了しているので、知っている時点でおっさん確定である。
それで何故ドヴェルグ族がここにいるかといえば、ドヴェルグ族の村が闇の眷属の襲撃によって壊滅したからだ。
襲撃したのはこの間ゆるキャラたちにもちょっかいをかけてきたイエティで、その時と同様に意図的に雪崩を起こしてドヴェルグ族の村を押し流した。
そして雪に埋もれたドヴェルグ族を喰らおうとしていたのだが、丁度近くで外壁用の採石をしていたゆるキャラたちが駆けつけて退治したのであった。
ドヴェルグ族の村はゆるキャラたちが採石して更地にしてしまった岩場を更に進んだところにある。
一応彼らの許可を取っていたし距離も十分離れていたので、ゆるキャラたちの採石や魔獣狩りでイエティの生息域が変化したわけではない……多分。
氷熊が麓に降りてきた件もそうだが、ここはひとつ疑わしきは罰せずでお願いしたい。
代わりに復興支援するからさ。
「よし、あとは任せた」
「「「おうよ!姉御」」」
〈神の手〉という名の【念動】を働かせ、見えない何かで地面を押し潰し整地していたニールが声をかけると、一緒に作業していたドヴェルグ族たちから小気味良い返事が戻ってきた。
肉体労働により体が温まっているからか、彼らは冬空の下だというのに上半身裸になって作業している。
よく見れば浅黒い筋肉質な体からは湯気も上がっていた。
ニールの服装も純白のローブに深い切り込みが入っていて素足を丸出しにしている。
《温暖》のアンクレットのおかげで本人は寒くないのだが、見ている側からすると寒々しい光景だ。
当初は場所を変えず雪崩に押し流された場所でドヴェルグ村を再建するつもりだったが、一時避難でこの村にやってきたドヴェルグたちは均一にそそり立つ外壁を見て感動。
寸分たがわずに岩を切り崩し、積み上げる技術を是非学ばせて欲しいと懇願してきた。
このアトルランと呼ばれる世界に削岩機や重機といった機械類など無い。
つまりドヴェルグ族たちの言う技術とは魔術の類を指しているわけだが、外壁建造の主戦力は闇の眷属であるリリンの翼とゆるキャラの〈四次元頬袋〉、そしてニールの平行世界にしかない超能力の【念動】である。
うん、どれも特殊過ぎて教えるもへったくれもないよね。
ないのだがそれでも新たな気付きや学びに繋がるはずと、ドヴェルグ族は満場一致でこの村に移住を決意したのであった。
……決して避難時に振る舞った〈コラン君大吟醸〉に釣られたわけではないはずだ。
こちらとしても彼らの移住は歓迎だった。
なんせ兎形族と騎馬族の生き残りだけだったので労働力が全然足りない。
ドヴェルグ族は村と財産の大半を失ったものの、村民は全員が五体満足だったのですぐに狩猟班と村の建築班に別れて働きだした。
雪崩に巻き込まれたというのにタフな種族だ。
こうしてドヴェルグ族は迎え入れられたというわけだ。
「改めて聞くけど〈神の手〉殿はここで何をしてるんだ?」
「何ってコラン村の復興支援に決まってるじゃないか。あと堅苦しいからいつも通りニールでいいよ」
「コラン村?ここは騎馬族の村でそんな名前じゃなかったと思うけど」
突然聞かされた知らぬ村名にアウラたち冒険者が首を傾げている。
「トウジから聞いてないのか?複数の亜人が住む村になったから騎馬族の村では都合が悪くなったんだよ。そこで名誉村長のトウジの種族名?を借りてコラン村になったのさ」
「言っておくと俺は断固拒否したけど無理やりつけられたんだからな」
アウラたちのやっぱり……みたいな視線に耐え切れず言い訳するゆるキャラ。
「人助けは良いことだけど約束を破るのは良くない。約束したのにニールが帰ってこないからギルマスが怒ってるんだ。頼むからイスロトの街に戻っておくれよ」
「戻っても〈エリステイル〉の情報が手に入るまでこき使われるだけだからなあ」
エリステイル?
知らない単語が出てきて今度はこちらが首を傾げる番だったが、二人はゆるキャラに構わず会話を続ける。
「あたしらが手土産もなしにノコノコとやってきたと思うかい?力づくでニールを連れて帰るなんてできないってのに」
「……!?じゃあまさか見つかったのか」
「ああ」
「どこだ!どこにあるんだ〈エリステイル〉は」
アウラが首肯したところでニールが詰め寄り、両肩を掴んでアウラを揺さぶりだした。
出会ってから終始落ち着いていたニールだったが、ここまで取り乱しているのは初めて見るな。
「お、落ち着きなって。あたしらは〈エリステイル〉が見つかったことをニールに伝えて来いとしか指示されてないんだよ。詳しくはギルマスが知ってるから、街に戻って聞いてくれって話さ」
「……く、くくっ、やってくれるじゃないか。ウェルズ」
ニールはアウラを揺さぶっていた腕をぴたりと止めると、俯きながら肩を揺らして笑い出した。
「情報をダシに俺を操ろうとはいい度胸だ」
「うーん、操るもなにもギルマスのウェルズからのらりくらりと逃げ回って、第一位階冒険者としての責務を果たしていないニールが悪いと思うんだけどなあ」
素が出て一人称が俺になっているニールへゆるキャラがツッコミを入れると、冒険者たちがそうだそうだと頷いていた。
ニールが逃げたせいでここまで訪ねることになり、その結果氷熊に襲われ死にかけたわけで。
彼らの憤りはごもっともである。
「まあニールさんは他の第一位階冒険者と比べたらまだましだけどね」
ぼそっと零れたナスターシャの呟きは、まだ若いのに人生の悲哀を感じさせるものであった。
そうかな…そうかも…。
ゆるキャラの脳裏には、過去に遭遇した邪人絶対殺す筋肉達磨が浮かんでいた。
強者というのはある意味何かのタガが外れていないとなれないのかもしれないな。
*誤字報告ありがとうございます*




