252話:ゆるキャラと子分
(ちゃんと手加減して《氷弾》を寸止めしたんだよ~)
ゆるキャラの眼前でふわふわと浮かびながら、腰に手を当て胸を張りドヤるユキヨ。
着崩した和風な着物から零れる豊満な胸が、某生死を問わない系3D格闘ゲームのキャラクターのように揺れていた。
「《氷弾》……?寸止め……?」
言葉の意味と結果に色々と乖離がありすぎて、疑問符を浮かべずにはいられないゆるキャラだ。
通常の《氷弾》は拳大の氷の礫を放つ魔術で、こんな隕石のような大きさにはならない。
それにユキヨが放った巨大な《氷弾》はがっつり大地に突き刺さっている。
(ちょっと止めるの遅れちゃったけど、止めなかったらもっと大きい穴が開いてたんだから~)
「うーん、そう言われるとこの大きさの隕石の落下と比べたら大したことない……のか?」
いや、単純には比べられないか。
隕石は条件次第では音速の数倍の速さで落下すると聞いたことがあるが、《氷弾》はそこまで速くなかったと思う。
もしそんな速度で《氷弾》が地面に激突していれば、キロ単位のクレーターができていたに違いない。
ちなみにゆるキャラは〈混沌の女神〉の棲み処である月からこの神無き大陸に墜ちてきたわけだが、やっぱり隕石級の威力は出ていなかった。
まあ単純な物理法則による落下であれば、そもそも呼吸も出来ずに大気圏で燃え尽きているわけで。
様々な神の補助があったのだろうから、比較対象としては不適格か。
などという無駄な考察をやめて《氷弾》の下に視線を向けると……。
なんと氷熊は生きていた。
ユキヨが寸止め(半分失敗だが)して、《氷弾》が柔らかめな地面の表層に留まっているおかげだ。
もし完全に《氷弾》を撃ち抜いていたならば、氷熊はより地中深くの硬い層まで押し込まれ完全に潰されていただろう。
《氷弾》からはみ出した氷熊の四肢はぐったりしている。
同様に頭部もはみ出ているのだが半開きの口からは大量の血を吐き出し、肺が潰れているのか浅い呼吸を繰り返していた。
つぶらな黒目も心なしか虚ろになっている気がする。
「死んでないけどほぼ致命傷だなこりゃ」
(どうする?助ける~?)
ユキヨがパチンと指を鳴らすと、巨大な氷塊は一瞬にして魔素の粒子に戻り空気中に溶けて消えてしまった。
氷塊の面積分のシャボン玉を一斉に飛ばしたような綺麗な光景の後に残ったのは、地面に埋まって毛皮の絨毯のように平たく見える氷熊だ。
(もう悪さしないから許してだって)
「許すも何も相手は魔獣だしなあ……え?なんで魔獣の言葉が分かるんだ?」
(なんでだろ。わかんないけどわかるよ~)
ユキヨが可愛らしく首を傾げるが、本人も理解していないのは事実なようでそれはもう呆けた顔をしている。
過去にも人種と闇の眷属の言語規格の壁を乗り越えていたユキヨだが、まさか魔獣の言葉まで認識できるとは。
「浅い呼吸の合間にぐるるるって犬みたいに唸ってるけど、それに意味があるってことか?」
(そうそう!そうなのよ。多分この子は長生きで賢いからわかるんだと思う。その辺の魔獣子は何も考えてないし。それでこの子は舎弟になるから助けてだって)
舎弟ってどういう言葉のチョイスだよ。
しかしながら命乞いをする相手を見捨てるのは気が引ける、甘ちゃんなゆるキャラであった。
助けるべきかどうか悩んでしまう。
でも助けたらこんなでかいやつが舎弟、つまり子分になるのか?
その場しのぎの嘘で裏切る可能性もあるし。
(あ、もうやばいかも)
「あー、もうわかったよ」
呼吸が更に浅くなりゆっくり目を閉じた氷熊の口に、包装を剥がした〈ハスカップ羊羹〉を三本ほど放り投げた。
体が大きいので気持ち多めの投与すると、変化はすぐに訪れて浅い呼吸が止まる。
間に合わなくて死んだか?と一瞬思ったがそうではなく、正常な呼吸に戻って音が聞き取れなくなっただけのようだ。
体組織の再生は一瞬で完了。
氷熊は閉じられた黒目をぱっちりと開けて、毛皮の絨毯のように伸びきっていた四肢を持ち上げすっくと立ち上がる。
背中に突き刺さったままだった幅広の剣も、にゅるっと背中から抜け落ちてゆるキャラの前に落ちてきた。
「Vuruuuuuuuuu」
(ボス助けてくれてありがとう。服従しますだって)
「ボスって」
低く唸りながら氷熊が頭を下げてゆるキャラに擦り付けてきた。
頭部だけでもゆるキャラより一回りは大きいので、氷熊はじゃれているつもりだろうがちょっとした体当たりを食らっている気分だ。
竜族だと鳴き声にも《意思伝達》の魔術が働いて、ゆるキャラでも言葉として理解できたが魔獣はそうはいかないらしい。
ユキヨの意思疎通能力には感心するし、尋常じゃないサイズの《氷弾》にもびっくりだ。
本当にゆるキャラの戦闘力なんて知れているな。
「何か忘れている気がする……あ、冒険者たちか」
(あの辺にいるよ~)
ユキヨがクレーターの向こう側を指差すので、そちらを見やれば土混じりの雪が四か所ほど盛り上がっていた。
おっとまずい、急いで救出せねば。




