250話:ゆるキャラと縄張りバトル
氷熊といえばリージスの樹海で遭遇している。
見た目が完全に羆な亜人のウルスス族もいたものだから、道産子的には名前があべこべで紛らわしいと脳内でぼやいたのも記憶に新しい。
外見は同じであるが、大きさは全然違う。
この大陸カンナウルトルムは守護する中柱の神が不在のため、魔獣や闇の眷属の隆盛が著しい。
他の大陸ならここまですくすく育つ前に人族に討伐されるのだろう。
にしても十メートル弱まで大きくなるのは、生物の限界を越えていないだろうか。
陸上の生物は巨大化すればするほど重力の影響を受けてしまう。
自重を支えるために強靭な骨と筋肉が必要になり、それに反比例するように動きが鈍重になりそうなものだが……。
巨大白熊こと氷熊は掬い上げた左前足が躱されると、浮いた上半身を戻しつつ今度は右前足を振り下ろした。
直径二メートルはありそうな熊の手がゆるキャラの頭上へと降ってくる。
熊の手なのでそこにはでっかい肉球がある。
さすがに柔らかくはなさそうだなあ、などと悠長に観察している場合ではないか。
前方に飛び出し迫る来る肉球を掻い潜ると、なびくマフラーの背後の大地が穿たれた。
砲撃が着弾したかのような空気の振動と衝撃音。
そして少し遅れて熊の手を中心に霜が発生した。
ゆるキャラはそれらから逃げるように氷熊の腹の下を駆け抜け、四次元頬袋から取り出した得物で左の後足を思い切り叩き付ける。
にゅっと取り出した得物とは両手持ち用の戦槌だ。
二メートル弱の長い柄の先端に無骨な岩石が取り付けてある。
一部の断面が正八面体の形で結晶化していて、色合いは全体的に白銀っぽい。
これも他の武器と同じようにリージスの樹海の竜族から譲り受けた財宝のひとつだ。
戦槌は氷熊の爪先に直撃。
柄を握るゆるキャラの手に爪と骨を砕き肉を潰す感触が伝わってくる。
しかもそれだけでなくインパクトの瞬間に岩石が灼熱を帯び、熊の手(足)を焦がした。
初撃を遥かに超えるであろう痛みを受けて、氷熊は唸り叫びながら横倒しになったので、巨体に巻き込まれないよう倒れる方向の反対に飛び退いて離脱した。
最近色々と思う所があり、新たな力を得ようと模索中のゆるキャラである。
コラン村の治安維持のために周辺を一人で徘徊し、魔獣を倒して存在をアピールしているのだが、ついでに死蔵している武器の性能も確かめようというわけだ。
この戦槌は非常に頑丈だし、魔力を籠めると対象を焦がすくらい発熱することが分かった。
赤みを帯びて発熱する様子は、まるで降り注ぐ隕石のようだ。
ちなみに村名はトウジ村改めコラン村にしてもらった。
無責任にミーナを娶ることはできないので、個人名から種族名(?)にするささやかな抵抗である。
「すげえ、一撃で氷熊の分厚い足を叩き潰したぞ。どれだけ強い加護の持ち主なんだ」
「噂以上の実力者のようだね」
「まあでも僕の鎧は砕けないさ」
「ほーん、じゃああとで試してもらおうじゃないか」
遠くに逃げたと思った冒険者たちがゆるキャラの戦いぶりを見て騒いでいる。
いや、五十メートルは離れているので十分遠いか……ん?噂ってなんだ?
気になるが倒れていた氷熊がすっくと起き上がったので、彼らへの質問は戦闘が終わった後にしよう。
ゆるキャラにより足を一本潰されたはずの氷熊だったが、四肢でしっかりと大地を踏みしめていた。
戦槌で叩き付けた足の爪はまだ割れたままであったが、焼け爛れて白い毛が消失している足の甲からは白煙と共に真新しい肉が隆起しているのが見える。
驚異的な速度で再生しているのだ。
魔獣が巨大な体躯を地上で俊敏に動かしたり、超速で再生したりするのは体内に蓄えた魔素の力によるものだった。
妖精族や精霊族も魔素を内包することで理論上は無制限に強くなれるそうなので、魔獣もまた然りということか。
人種には出来ない芸当だが、代わりに神から与えられた加護が存在する。
ゆるキャラが軽々と戦槌を振り回せるのは【混沌の女神の加護】のおかげだ。
あれ、妖精族は加護も持ってたけどずるくないか?
魔獣も創造神に造られた存在なので、実は知られていないだけで加護を授かっていたりして。
人族と魔獣が相容れないのはまあ、自然淘汰の一環なのだろう。
つぶらな黒い瞳に怒りを携えた氷熊が口を大きく開く。
赤黒い喉奥が青白く発光し、これから起こるであろう現象の予兆を知らせる。
それが魔術の《氷槍》だと過去の戦闘で知っているゆるキャラは、打ち返してやろうと戦槌を大きく振りかぶり構えていたが……。
撃ち出されたのは氷の槍ではなく青白い奔流であった。
「うおっ」
切れ目のない奔流は打ち返せないので咄嗟に後退すると、れいとうビームは冠雪した大地を刺々しい霜で塗り潰した。
そして氷熊が首を振るとこちらを追尾するように霜が迫る。
ゆるキャラは戦槌を担いで照射される奔流から逃れるように雪原を駆け回った。
幸いにも氷熊の照準は甘く、疾駆するゆるキャラの足跡を霜でなぞるに留まる。
ただでさえ寒い冬の平原が霜に覆いつくされ、気温は下降の一途を辿った。
エゾモモンガの湿った鼻が冷気でヒリヒリする。
夜にライトアップしたら氷瀑まつりができそうなくらい周囲を凍り付かせたところで、ようやく奔流が打ち止めとなった。
その隙を逃すわけにはいかない。
オジロワシの黄色い鳥足で地面を蹴って切り返し、氷熊へと向かっていく。
口元は青白く発光しておらず連射はできないようなので、おかわりの奔流が来る前に決着を付けたいところだ。
氷熊がゆるキャラの接近に合わせて前足の爪を振るう……が、随分とタイミングが早い。
それもそのはず、氷熊の狙いは爪の斬撃ではなく付随する霜であった。
霜は今度こそ戦槌で迎え撃つ。
魔力を籠めたことにより赫灼と燃える戦槌が霜とぶつかると、多量の水が一瞬で蒸発し体積が急激に増大。
ゆるキャラと氷熊の目の前で大爆発を起こす。
雷鳴のような轟きと衝撃が巻き起こり、驚いた冒険の誰かの悲鳴を掻き消した。




