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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
1章 ご当地ゆるキャラ、異世界に立つ

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25話:ゆるキャラとおませさん

 異邦人の出現数と頻度については、世界規模で組織立った統計が取られているわけではない。

 あくまで個々の伝聞をとりまとめた概算となる。

 人知れず転生や転移を果たし、人知れず生涯を終えている者がいたとすれば、母数はもう少し増えるかもしれない。


 それでも数千年の歴史を持つリージスの樹海にて、僅か三年の間に二人の異邦人が現れたとなると疑いたくなるのは仕方がない。

 ガチャでSSRを二連続で引く確率より遥かに低い。


 ゆるキャラより三年早く樹海に現れた異邦人は、見目麗しい少年であった。

 なんでも不可視の手で物体を動かす加護を持ち、当時の守護竜を屠りその座を奪ったのだそうだ。


 守護竜というのは樹海を守護する称号のことであり、別に竜族じゃなくてもなれる。

 ただし絶対的な強さが求められるので必然的に竜族に限られていたし、竜族以外が守護竜になったのもこの時が初めてだった。


 絶対強者であった守護竜グラルレオズルムが、竜族ですらないぽっと出の異邦人に敗れたと聞いて、シンクの姉ハクアリスティアーゼは憤った。

 異邦人に守護竜の座をかけた竜闘を挑んだが、あっけなく敗北。


 そしてその強さに惚れ込んでしまった。


 元々守護竜グラルレオズルムと異邦人の竜闘は偶発的なものだった。

 異邦人が現れた先に偶然グラルレオズルムがいて、突然現れた余所者を排除しようとして返り討ちにあったのだ。


 なので守護竜の役目を引き付けるつもりのない異邦人は、ハクアリスティアーゼに押し付けてリージスの樹海から去ろうとする。

 するとハクアリスティアーゼは妹のシンクに更に押しつけた。

 そして最終的に竜の信奉者である竜巫女たつみこも巻き込んで、三人で樹海を出奔した。


 ああ、だからシンクが守護竜の代理の代理だったのか。


「聞いた限りだと、守護竜の地位は結構ゆるい感じですね」

「形骸化している部分があるのは事実ね。樹海を守る役目という意味であれば、竜族なら誰でも務まるのよ。人種でも蟻を踏み潰すくらいなら大人でなくても子どもでも出来るでしょう?ただ守護竜は強者の証でもあるから、強さを重んじる竜族の中では人気なのよ」


 守護竜は百年周期で竜闘と言う名の決闘を個々に行い、一番強い者が守護竜の座を射止める。

 丁度三年前が竜闘の時期で、それ以外の年は守護竜自身に代理人(竜)の任命権があった。


 それにしても人間の身で竜族を屠る先輩異邦人ヤバい。

 どれだけ強い加護をもらったのだろうか。

 しかも美少年だとか羨ましい限りだ。


「というわけで私も頑張って《人化》を覚えた。魔術は苦手で三年かかったけど、丁度トウジが現れた。これは運命に違いない」


 そう言って赤髪の幼女はゆるキャラを見つめる。

 姉の駆け落ちを暴露したシンクだが、その表情に姉への非難の色は無い。

 むしろ真逆で恋して外の世界へ旅立った姉の事を羨ましそうに話していた。


 ふむ、どうやらこのおませさんは、姉の駆け落ちに憧れて真似をしたいようだ。

 元々可愛い外見のものが好きというのもあるが、ゆるキャラに懐いている理由の中には、姉が惚れた相手と同じ異邦人であるという要素もあったか。

 年頃の女の子にとって駆け落ちという単語はパワーワードだ。


 そんな恋に憧れてグロウリィなシンクの様子を、快く思っていないのがアレフとクレアだ。

 二人とも樹海から出ることに反対で、ゆるキャラに懐いているのも気にくわない様子。


 アレフはシンクが姉の駆け落ちについて羨ましそうに話しているのを見て、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 マリアの背後に控えているクレアも一見すると無表情だが、ぎりぎりと歯ぎしりする音をエゾモモンガの耳が拾っていた。


 勝手にシンクの駆け落ちごっこの相手にされて、勝手にその親族から目の敵にされてゆるキャラ的にはいい迷惑である。

 マリアは全員のそんな様子をにやけながら傍観している。


「シンク、ちゃんとけじめはつけないとだめよ」

「ん、わかってる」


 シンクが紅い瞳を爛々と輝かせて返事をした。

 けじめって、どうやってつけるつもりだ……。


「さて聞きたいことは聞いたから、お開きにしましょうか。トウジ君はもう少し付き合ってくれる?」


 マリアは立ち上がると、ゆるキャラに付いてくるようにと促す。

 同時にシンクが飛びついてきたので仕方なく抱っこする。

 残る二人から放たれる殺気を背中に浴びつつ、そそくさとマリアを追いかけた。


 連れられて辿り着いた先では、重厚で巨大な扉が待ち構えていた。

 高さと幅が共に五メートルはあるかという、石造りで両開きの扉だ。

 マリアがその片方を押すと、ゴゴゴと地響きのような音をさせながら開いていく。


「うお、まぶしっ」


 隙間から零れるとてつもない光量に目がくらみ驚く。

 次第に目が慣れてくると、今度は目の前に広がる光景で更に驚く。


 体育館くらいの広い空間に、金銀財宝が積み上げられていた。


 小さいものは金貨や銀貨、宝石に指輪などから始まり、次に食器や武具、家財道具と続く。

 大きいものだと純金の馬車や彫像、とどめに金閣のような黄金の建物が奥の方に鎮座していた。


 これでもかというくらいの、光り物のオンパレードである。

 大量のそれらは、広い空間に適当にぎゅうぎゅうに押し込められていた。


「ここから好きなだけ持って行っていいわよ」

「えっ!?……な、なんでですか?」

「ええとね、迷惑料に報酬の後払いと前払い、それから旅の資金かしらね」


 迷惑料とはアレフとクレアの態度のことで、報酬の後払いは〈森崩し〉討伐のお礼だそうだ。

 実は〈森崩し〉が樹海の浅層に移動した際には、こっそり守護竜が攻撃して弱らせていたというのだ。


 守護竜が樹海の内情に干渉する義務は無いが、妖精や亜人たちは良き隣人であり守るに値する存在だからだった。

 しかし守護竜だけで〈森崩し〉を倒したり弱らせているのを公にしてしまうと、必要以上に彼らから頼られ自立心を奪うことになりかねない。


 というわけで秘密裏に対応していたそうだ。

 ……やっぱり体力計算は無駄っぽいぞ、ガルドよ。


「前払いと旅の資金とはつまり、シンクを樹海の外に連れて行けってことですか」

「無理にとは言わないけれど、できれば連れて行って欲しいわ」


 どうしてゆるキャラの同行が必要なのかと尋ねれば、竜族が樹海の外に出るには同胞の守護という大義名分が必要なんだそうだ。

 強大な力を持つ竜族には縄張りが存在する。

 樹海に住むマリアたちの縄張りは樹海とその周辺であり、それより外は他所の竜の縄張りである。


 理由も無く自身の縄張りから出て他所の竜の縄張りに入れば、宣戦布告と受け取られてもおかしくないという。

 それなら別に他の亜人でも良い気がするが、リージスの樹海の住人は樹海内部で生活を完結させているため、外に出る機会はほとんど無かった。


「それに()()の家族である姉に会わせてあげたいのよ。迷惑はかけないわよね?シンク」

「もちろん、トウジに迷惑はかけない。むしろ私が守ってあげる」

「ぐぬぬ…」


 ふんすと鼻息荒い幼女が、上目遣いで期待した眼差しを向けてくる。

 そんな顔をされると嫌とは言えなくなってしまうゆるキャラであった。

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