249話:ゆるキャラと小山
見晴らしの良い雪原を四人の男女が走っている。
各々が武装しているのでどうやら冒険者パーティーのようだ。
何かに追われているのか、しきりに後ろを気にしながらの全力疾走である。
「ひ、ひぃっ、追い付かれる!」
「ハァハァ、自慢の鎧が重くてクタクタだよ。みんな僕に構わず先に行ってくれ」
「そう言いつつ先頭を走ってんじゃないわよ!あんたには《浮遊》がかけてあるんだから誰よりも軽いはずでしょーがっ」
「死ぬ気で走んな!死にたいのかい」
余裕があるんだかないんだか、よく分からない会話をしている。
斥候風の中年男に全身金属鎧の優男、ローブ姿のツインテール少女に神官服を着た妙齢の女といった面々で、全員人族のようだ。
そんな一行のすぐ後ろを追いかけてくるのは真っ白い小山である。
横長な形状の小山には大木のような太さの足が四本生えていて、前進するたびに地響きと共に白い大地を陥没させていた。
頭部には丸い耳と真っ黒な目が付いていて、そこだけ見れば可愛いかもしれない。
しかしすぐ下には大人を丸呑みできそうな巨大な口があるし、そこからは串刺し刑にできそうなくらい長く鋭い牙がずらりと生えている。
小山のような巨体も相まって、総評としては圧倒的に怖さが勝るだろう。
全身が白い毛に覆われているが、以前見た闇の眷属イエティのような長毛ではなく短毛だ。
ずばり一言で説明するなら、巨大な白熊である。
後足で立ち上がれば十メートル近いのではなかろうか。
巨体故に動きはそこまで俊敏ではないおかげで、冒険者たちの必死の逃走劇はぎりぎり成立していた。
逃げる獲物を興奮しながら追いかける巨大白熊の唸り声が、離れた位置で並走するこちらまで聞こえてくる。
「こ、これもう詰んでないか?」
「心配するな。この先に岩場がある。そこへ逃げ込めばこいつも入ってこれないさ。だから気合で走んな!」
神官服の女の叱咤を受けて、皆が必死に走っている。
……あっ。
この先の岩場はうちの吸血鬼が綺麗に刈り取ってしまったので既に無い。
ここらあたりと同じで白い荒野と化しており、つまり彼らが逃げ込める場所も無いわけで。
出来ることならこのまま接触せずにやり過ごしたかったが、そう言ってもいられなくなった。
彼らを見捨てるのは心苦しいし、そんなことをすればまたあいつが表に出てきてしまう。
一昔前に小説や映画で流行った多重人格ものじゃあるまいし、別人格に乗っ取られるなどまっぴら御免だ。
遠巻きに並走していたのを斜めに突っ切り巨大白熊へと接近する。
おおう、近いと迫力が増すな。
新たな獲物の存在に気が付いた巨大白熊が、意外に長い首を動かしてこちらを見た。
巨体の割りに小振りでつぶらな黒目にこちらの姿が映る前に、大地を踏みしめ飛び上がる。
一足飛びで山頂、もとい巨大白熊の背中に着地すると、手にした得物を思い切り突き立てた。
鋭利な刀身がするりと巨大白熊の背中に根元まで埋まる。
甲高い悲鳴のような獣の咆哮。
体格から比較すればさして深い刺し傷ではなかったが、痛みに驚いたのか巨大白熊は前足をもつれさせて転倒した。
「ちょ」
慌てて背中に刺さったままの得物から手を放して飛び降りた。
次の瞬間には巨大白熊は前転するようにして地面を転がり、四本足で走っていた時以上の振動と衝撃を撒き散らしながらのたうち回る。
危ない危ない、巻き込まれてぺしゃんこにされるところであった。
「うおっ、なんだ。急に倒れたぞ」
「フッ、どうやら僕の攻撃が効いたようだね」
「先陣切って逃げてるあんたがいつ、どうやって攻撃したって?ああん?」
「なんか小さくて白っぽい奴が増えてるよ!新手の魔獣か!?」
失敬な、こんなに可愛らしいご当地ゆるキャラだというのに、魔獣なわけがなかろう。
巨大白熊を警戒しつつ背後の冒険者たちへ振り向き声をかける。
「俺は亜人の冒険者。名前はトウジだ。助太刀するから逃げるか下がるかしてくれ」
「氷熊を倒すなんて無理だ!この先に岩場があるから、今のうちにあんたもそこまで逃げるんだよ」
すまない、この先に岩場はもう無いんだ……。
そう伝えようとしたところで、寝転び悶えていた巨大白熊が起き上がった。
つぶらな瞳が高い位置からゆるキャラのことを見下ろしている。
可愛らしさとは裏腹に、白い巨体から溢れ出る殺気が灰褐色の毛皮を撫でた。
殺気に当てられた冒険者たちが逃げ出すのと同時に、巨大白熊の前足が掻き消える。
うおっ、速い。
川を遡上する鮭を取るかのように掬い上げられた前足は、先程まで冒険者を追いかけていた挙動からは想像できないくらい素早かった。
横に飛び退いて躱すと巨大白熊の太い前足が空を切る。
ごう、と周囲の空気を巻き込みながら振るわれたわけが、それだけに留まらない。
鋭い爪先を起点にして放射線状に霜が発生した。
直前まで冒険者たちが居た場所が、瞬く間に凍てつく氷に覆われる。
もし彼らが逃げていなければ氷漬けにされていたな。
素早い動きといい、霜といい、巨大白熊は全然本気ではなかったのだ。
巨大白熊にとって冒険者たちを追いかけるのは、遊びみたいなものだったのだろう。
ゆるキャラは打倒すべき敵と認識したようで(まあ背中に幅広の剣を突き刺したしな)、後足で立ち上がり威嚇するように両腕を持ち上げている。
小さければレッサーパンダみたいで可愛いのだが、予想よりデカかった。
こうしてゆるキャラと巨大白熊との戦闘の火蓋が切られたのである。




