248話:ゆるキャラと酒
「というわけでここはトウジ村って名前になったよ」
「いやいや、そうはならないだろ」
騎馬族の村の半分ほどを巨石で囲い終わったその日の夜、ささやかに催された宴の席でレキから衝撃的な話を聞かされた。
彼女はゆるキャラがこの大陸に来て初めて出会った人物で、兎形族の少女である。
まだ子供だが年長組ということもあり、年下の子供の面倒を見たり、大人に混じって村の仕事を手伝ったりと甲斐甲斐しく働いていた。
今はゆるキャラの右隣りでお酒のお酌をしてくれている。
村の破壊に巻き込まれずに残った貴重な一品だ。
「これまで通り騎馬族の村でいいだろ」
「それがそうもいかないんだって。どの村も一つの種族が固まって暮らしてたから、兎形族の村とか騎馬族の村とかでよかったんだけど……」
「多少は他の種族が混ざっている村もあるけれど、私たち兎形族と騎馬族はおおよそ半々だから、どちらの村とも言い難いのよ」
レキの言葉を引き継いだのはレキとは反対側の、ゆるキャラの左側に座っている兎形族の女性だ。
名前はミーナで、兎形族の村ではレキの近所のお姉さん的存在なんだとか。
ビロードのような白い毛皮は艶やかで、兎形族の大人の女性ということもあり体はレキより大きい。
体つきもより女性らしいふくらみを持ち合わせていた。
実にケモナーが好みそうな感じである。
ゆるキャラはケモナーじゃないが……むしろケモ側だ。
「でも完全に単一種族で暮らしているわけじゃないんだろ?他の村の村人を引き取ったりもすると聞いたが」
今回もそうなりかけたわけで。
「そういうところもあるにはあるけど、あくまで少数だから主導権は一つの種族になるの。種族名が村のそのまま村の名前になっている理由でもあるわ。ところがこの村は兎形族と騎馬族がほぼ半分ずつ。大人の人数は兎形族のほうが多いけど、元々この場所は騎馬族の村だしどちらが主導になるかは微妙なのよ」
「こう言っちゃあなんだけど、面倒だな」
「そう、面倒なのよ」
ミーナがおとがいに手を当てながら溜息を吐いた。
ゆるキャラ的には別にどっちが主導でもいいじゃないかと思うが、村社会というのは閉鎖的だからきっちり決めておかないと、後々遺恨が生まれたりするのかもしれない。
「というわけでトウジ村に決まったのよ」
「いや、だからそうはならないって」
なんでも騎馬族代表のイルドとオルド、兎形族代表のミーナ(と他の大人)たちで相談した結果、二つの種族を助けたゆるキャラへの感謝と称賛を込めてトウジ村と命名したのだという。
「それにほら、村の入口にあなたの顔がでかでかとあるわけだし、既に決まっていたようなものよ」
……リリンはなんて余計なことをしてくれたのでしょう!
「俺の名前を付けられても、申し訳ないがずっと村にはいられないぞ」
「もちろん分かっているわ。でもこの村がどうやって救われたかを後世に伝えるためにも、貴方の名前を残しておきたいというのが村人たちの総意よ。別に最後まで責任を持って村を守れなんて言わないわ。名前を貸してくれるだけでいいの。もし断るなら……」
喋りながら次第に目が据わってくるミーナ。
妙な凄みに思わずごくりと生唾を飲み込むゆるキャラ。
「こ、断わったら?」
「私を娶ってもらうわ!」
「……は?」
「トロールのせいで……あ、ティアネちゃんは違うわよ。とにかくトロールのせいで同胞の大半が死んでしまったわ。ただでさえ行き遅れていたのに余計に相手が居なくなっちゃったじゃないのよ!だから村名が嫌なら代わりに私を娶って子種をちょうだい!そしてあなたは村を出ていくといいわ。私があなたとの子を勝手に育てるからああああ」
「ええ……」
などととんでもない発言をすると、ミーナはゆるキャラに抱き付いてわんわんと泣き出してしまう。
トウジ村の衝撃で気付いていなかったが、ミーナは非常に酒臭く泥酔していた。
周囲をよく見渡せばどの大人たちも酒に酔い泣いているのか、笑っているのか分からない表情で酔っ払い騒いでいた。
そりゃあそうだろう。
大切な仲間を失ってまだ数日しか経っておらず、誰もが別れを惜しみ悲しむ真っ只中にいるのであった。
ちなみにゆるキャラがトロールから取り戻した同胞たちは、村の外れの騎馬族の墓地に一緒に埋葬することになっている。
立派な墓標を作ろうとリリンは張り切っていた。
本人は否定していたが立派な石材屋及び墓石屋である。
「ええと、他に兎形族の村はないのか?」
「ないわ。だから数の減った種族は血が濃くならないように、似たような種族と交わるのよ。大抵はどちらかの親の特徴が濃く出るから、出た方の種族村で暮らすことになるわ」
なるほど、片方の親の外見を色濃く受け継ぐなら、少なくとも見た目上は単一種族の村ができあがるわけか。
「でもトウジ村なら大丈夫。あなたそっくりな子が生まれても、トウジの子なんだからここで育てられるわ」
「いやいや、それだと二択のはずの選択肢を両方俺が呑んだことになってるし。てかトウジは種族名じゃないぞ。あと救世主を讃えるというのなら村の名前はニール村でもリリン村でもいいだろ」
「他の人たちはリーダーはあなただからって早々に譲ってたわよ」
な、なんだって。
ゆるキャラが一緒に宴に参加しているニールやリリン、ティアネに視線を走らせると全員が目を反らした。
おのれ謀ったな。
(な~に?どうしたの?)
ユキヨだけが曇りなき眼でこちらを見返してくる。
よしここはユキヨ村で手を打とう……いや、そんなことをしたらニールたちと一緒で曇った大人に仲間入りしてしまうじゃないか。
「さあ!どっちにするの?というか子供が欲しいわ!子供にしましょう」
「まあまあ、どっちにするかはゆっくり考えるとして、酒が足りてないんじゃないか?」
このままだと酔っ払い前後不覚なミーナに押し倒されて、大衆の前でセンシティブな展開になりそうだったので阻止させて頂く。
エゾモモンガの口を大きく開けて、四次元頬袋からにゅっと取り出したのは茶色い一升瓶。
これは〈商品〉の〈コラン君大吟醸〉である。
胡蘭市産の米を使用して作られた日本酒で、大吟醸だから精米歩合が五十パーセント以下だっけ?
とにかく手間暇が掛かっている高級品で、白いラベルに墨汁で渋く描かれた〈コラン君〉が格好良い。
ミーナの持つ空いている器に大吟醸を注ぐと、水のように透き通った液体で満たされた。
「なあに?水う?」
「いいや、ちゃんとしたお酒だ」
亜人たちの村界隈では濁り酒が主流のようで、無色透明の液体を酒と認識できなかったようだ。
ゆるキャラにしなだれかかりながら、不思議そうに器をあおったミーナの目が驚きで見開かれる。
「なにこれ!すごく美味しいわ!」
「お、日本酒か。俺、じゃなくて私にもくれ」
今は大人の女性の姿だが、元々は少年だったはずのニールも慣れた手つきで豪快に大吟醸をごくごくと飲み干す。
ミーナやニールが美味い、美味いと騒ぎ立てれば、他の面々も当然飲みたがるわけで。
今のこの瞬間だけでも同胞を失った悲しみを忘れてもらおうか。
などと思い至りゆるキャラは〈コラン君大吟醸〉を次々と出して振る舞う。
その後は飲めや歌えやの大騒ぎな宴会だ。
一升瓶が五本ほど空になったところで、ニールを含めた兎形族と騎馬族の大人たちはようやく酔い潰れた。
その中には計画通りミーナも入っていて、大人の生存者はゆるキャラとリリン、下戸で飲まなかったティアネくらいなものだ。
こうしてゆるキャラの(多分機能しないが)貞操は守られたのであった。




