247話:ゆるキャラと縄張り
騎馬族の村を加工した巨石でぐるっと囲もうとすると相当数が必要になる。
一段だと低いので二段重ねにするのだが、そうなるとざっくり千個以上は用意しなければならない。
「そんな大量の石を僅か半日で用意したというのか!?しかも全てが寸分違わぬ大きさだと……!?」
狩りから戻ってきたイルドが大層驚いている。
先だって作業を見届けていた兎形族の大人たちもそうだ。
ゆるキャラがぺいっと〈四次元頬袋〉から吐き出した巨石を、ニールがテンポよく村の外周に敷き詰めていくのを、あんぐりと口を開けながら遠巻きに見届けていた。
子供たち(とユキヨ)は驚愕より興奮が上回っているのか、先程と同様に目をきらきらさせながら楽しんでいる。
ちょっとしたアミューズメントとなっていて、村人総出で鑑賞しているような状態だ。
さながらゆるキャラはサーカス団のびっくり人間ポンプといったところか。
俺の胃袋は宇宙だ……正しくは頬袋だが。
整地というにはいささか雑な処置ではあるが、巨石を地面に押し付けつつニールの外壁施工は順調に進む。
二メートル四方の巨石を二つ積むと、下段は多少沈むので実質三メートル強の高さになる。
「高さと強度、どちらも申し分ないな」
イルドと一緒に狩に出ていた弟のオルドが、積まれた巨石を見上げながら掌で叩いた。
姉よりも何歳か若いオルドは感情豊かで義に厚い好青年である。
彼はたった二人だけ生き残った騎馬族の大人の片割れで、下半身が逞しい馬な分だけ背が高い。
「騎馬族の大人ならこれくらい飛び越えられるんじゃないか?いや、かといってもう一段積めって言われても困るんだけどな」
「いやいや、これを飛び越えてくる魔獣はそうそう居ないって!てか元々外壁らしい外壁なんて無かったのに、こんな立派なのを造ってもらって更に文句を言うなんて何様だよ」
「ふむ、それならいいんだけど」
などとオルドと会話しながらも作業の手(口)は止めないゆるキャラとニールである。
「魔獣も賢いからな。こんな巨大な人工物を目にしたら警戒して逆に近付かないさ。これだけ重たい石を綺麗に加工して積み上げる奴がいるんだぞ?事情を知らなければ俺でも近付かないって。これで細かい彫刻なんて入っていれば尚更だな」
確かに多少でも賢い頭の持ち主であれば、こんなものを作り上げる輩がいる場所に近付いたりはしないか?
「ふうん、彫刻ねえ。面白そうじゃない。ちょっとそれを貸してごらんなさいな」
ユキヨの翻訳を聞いたリリンがこちらへやってきた。
存在進化により外見だけでなく、知能と滑舌も成長しているユキヨとリリンは最近なかよしさんである。
リリンは大陸語を喋れないし、闇の眷属なので《意思伝達》も通じなかった。
色々と例外的なゆるキャラ以外だと何故かユキヨがリリンの言葉を理解できたので、必然と二人の会話する頻度は多い。
進化前は幼児のような言動のユキヨだったが、今は大人まではいかないが小学校高学年ぐらいの振る舞いになっているので、リリンの話し相手として重宝されるようになった。
見た目はスタイルの良い大人の雪女なので違和感が無いわけでもないのだが。
その一方でリリンとティアネの関係にも変化があった。
リリンは吸血鬼の能力である〈魅了〉をティアネにかけていたが、トロール一族を倒した後に解除している。
元々ティアネが家族である他のトロールたちから離反するには気が弱く難しかったため、強制力のある〈魅了〉でフォローしていたのだ。
目的を達成した今、〈魅了〉による主従関係は不要であった。
ゆるキャラとティアネの出会いは殺し合いからスタートしたが、あれこそ〈魅了〉によってリリンに群がる悪い虫と思われていたのが理由だったわけだ。
現在のリリンとティアネは仲の良い友人関係といった感じである。
残念ながら会話は出来ないのだが、同じ空間にいるだけで馴染んでいる雰囲気があるので、友人より姉妹のほうが妥当かもしれないな。
そんなゆるキャラの考察をよそに、宝石のように輝く碧眼でゆるキャラの首元をじっと見つめてくるリリン。
「ん?冒険者証か?」
「ええ、それを貸してちょうだい」
言われるがままにマフラーの内側に引っかけてある冒険者証を外して渡すと、リリンはそれを持って村の入口に歩いて行った。
気になるので作業を中止してついて行くと、施工済みである村の入口の左右に積んである巨石の前で立ち止まった。
「大きさは大きいほど良いかしらね」
リリンはぶつぶつ言いながら背中の蝙蝠の羽を変形させる。
数本の鋭い針のような形状を作ると、左側の巨石を凄い速さで突っついた。
するとなんということでしょう。
のっぺりとしていた巨石に彫刻……ではなく刻印が施されるではありませんか。
どでかい〈コラン君〉の顔が。
「「「ふわああああああすごい!かわいい!」」」
それを見て盛り上がる子供たち(とユキヨ)。
冒険者証じゃなくてその入れ物である〈コラン君パスケース〉に用事があったのね。
これは四次元頬袋内にある〈商品〉のひとつで、本革製で長さ調整が出来るネックストラップが付属。
本体とストラップの間には三十センチほど伸びる金属製のリールまで付いていて、キャラクターものとは思えない本格仕様グッズ(高額)である。
トロールたちとの戦いの際に冒険者証の鎖が切れたので、代わりにこのパスケースに入れていたのだ。
過去には一緒に冒険者になった妖精や竜の幼女にも進呈したこともある、なかなかに思い出深い品だ。
パスケースの裏側にはコラン君のイラストが焼きつけてあり、リリンはそれを巨石にでかでかと転写していた。
巨石を豆腐のように切るのだから浅く刻むくらい容易いのは分かるが、驚くべきはその拡大コピペしたかのような精度である。
アスワンウエウエバエも正確に描写しそうだ。
「こんなものかしら。次は右の柱ね」
(すごいすごい!もっとやって!)
「あらそう?ちょっとトウジ、他に違うイラストのついたグッズはないの?」
ユキヨに褒められて気を良くしたのか、リリンがいい笑顔でゆるキャラに問いかける。
「ああ、それならこの〈コラン君メタルストラップ〉に……じゃなくて!これ以上増やすなよ!てか勝手に人の顔を描くなよ。肖像権の侵害だぞ」
「そんなものがこの世界にあると思って?」
「でもまあ実際にいい魔除けになるんじゃないか?ついでにその辺の魔獣相手に適当に暴れてきたらどうだ。そしたらここがトウジの縄張りだって周知できるぞ」
「いや、俺の縄張りじゃないし!」
ニールまで乗っかって揶揄わないでくれよ……。




