242話:ゆるキャラと加護無し
ここは守護神無き大陸カンナウルトルムである。
大陸を守護する中柱の神が不在のため、人種(人族や亜人をひっくるめた呼び名)の版図は限られ魔獣や邪人、闇の眷属が猛威を振るうっていた。
じゃあ守護って具体的に何なん?というと、色々あるそうだ。
例えば邪人との戦争中に突如降臨して劣勢な人種陣営に祝福を与えたり、闇の眷属によって汚染された土地を見違える程に浄化したり。
他にも砂漠で行き倒れた旅人を救うために一瞬にしてオアシスを作っただとか、暴風雨を呼んで大規模な山火事を鎮火しただとか、どれも神話の一ページになりそうな出来事ばかりで枚挙に暇がない。
ただしこれらの大半は伝聞なので、中には誇張表現だったり完全なデマなものもあるだろう。
神も人種の信者に一々「この間のあれは俺がやった」といった犯行声明を出さなかった。
また神の守護の内容についても雑多できまぐれなものが多いので、基本的には人種は自立して生活している。
アトルランという世界では神は実在し、自らに宿る加護の力を感じることも出来るが、直接下々と交信することは稀だった。
ゆるキャラは神に転生させられた異邦人なので直接言葉を交わしているが、本来それはとても貴重で栄誉なことらしい。
猫といい迷宮で出会った石膏像の人といい、あまり信仰心は芽生える感じではなかったが。
大半の人が直接言葉の交わさないのであれば、知らぬが仏か。
それに貴重という意味であればニールのほうがよっぽどだろう。
なんせ彼、じゃなくて彼女は加護無しだからだ。
アトルランという世界では加護さえあれば、小柄で華奢な女の子でも巨大な剣やハンマーを振り回すことができる。
力の大小はあるがアトルランに住む人々は誰もが加護を持っていた。
特に異邦人は強力な加護を持っているらしいのだが、過去に冒険者ギルドで調べた結果ニールは加護無しだったそうだ。
異邦人を含めて加護無しというのは前例がないそうだ。
加護が無ければ当然、魔獣や闇の眷属に抗う術もないはずだが……。
騎馬族の村へ向かうゆるキャラたちを襲ったのは、山道の斜面から迫る雪崩だった。
いや、よく見ると雪崩の中に白いもこもことした物体が混じっていることが分かる。
ユキヨをもっとふさふさにしたような、白いモップの塊が雪崩と一緒にたくさん転がり落ちてきたのだ。
しかも目の前まで転がってきたそれらは、ユキヨどころかゆるキャラたちよりも大きく直径二メートル近くあった。
体積に見合った質量があるのならば、直撃したらひとたまりもない。
というかこのままだと普通に雪崩に巻き込まれて死ぬか。
兎形族の子供たちが慌てふためくのを宥めつつ肩から降ろしたニールは、皆を庇うようにモップの雪崩へ進み出てから手を翳す。
すると不思議なことに、雪崩とモップの群れはニールにぶつかる直前で急に軌道を変えた。
まるで透明な壁に弾かれたかのように、左右に別れて山道を転がり落ちていく。
モーゼの海割りならぬ、ニールの雪崩割りだ。
純白のローブを纏った黒髪の美女がやっているのだから、それはもう絵になる。
地響きのような重低音と共に、ゆるキャラたちの周囲があっという間に白に覆われた。
このままやり過ごせるかと思った矢先、斜面のでこぼこで跳ねたモップの一つが透明な壁を飛び越えてニールの頭上目掛けて飛んでくる。
そいつは空中で短い手足を生やすと、胴体?であるモップが真ん中から真横にぱっくりと横に割れて巨大な口が現れた。
赤黒い口腔内には人間のような白い歯がずらりと並んでいる。
こいつらは闇の眷属のイエティだ。
ゆるキャラがレキやイルドたちと兎形族の村から騎馬族の村、古戦場跡へと移動する際にも数体目撃していたが、相手にせず走り抜けていた。
今回は大所帯なこともあって振り切るのも難しいが、まさか雪崩を起こすだけでなく、それに乗って襲い掛かってくるとは。
飛んできたイエティはそのままニールに噛みつこうとするが、雪崩割りしているのとは反対の手を翳すと空中でぴたりと止まった。
次に背後に放り投げるように手を振ると、イエティはそれに追従して空中を飛んでいく。
なすすべなく投げ飛ばされたイエティは、短い手足をじたばたさせながら雪崩に飲み込まれて下流へと消えていった。
ニールは戦争用に造られた人造人間であり、備わっている超能力は【念動】や【精神感応】の他に透視などができる【超感覚的知覚】があるそうだ。
元々の少年の体は寿命を迎えたので現在の体に乗り換えたそうだが、その能力は健在だった。
トロールを瞬殺したり雪崩をかち割ったりできるのだから、そこら辺の加護より圧倒的に強力である。
「もう全部ニール一人でいいんじゃないかな」
「そんな他人任せなことも言ってられないわよ」
リリンに言われて振り返ると、数体のイエティが下流から登ってくるところだった。
四つん這いで登ってきた一体のイエティは、広義では同胞であるはずのリリンにも牙を剥く。
大口を開けて近付いたイエティを、ゴスロリドレス姿の少女は黒い日傘を差したままのんびりと見上げていた。
小柄なリリンなら余裕で一飲みにされそうだが、もちろんそうはならない。
背中から生えている蝙蝠の翼が糸のように伸びる。
そして枝分かれしながらイエティへと殺到し、四肢に絡みつくとそれだけで巨体は動けなくなる。
もがくイエティの頭上に黒い糸が次第に集まり、何かが形成された。
巨大な斧だ。
リリンはニールのように手振りをすることもない。
巨大な斧が勝手に動いて振り下ろされると、イエティの体をあっさりと縦に真っ二つにした。
切断面からは鮮血が迸り、白い世界を瞬く間に朱に染め上げる。
零れた臓物は温度差により湯気を上げていた。
「うーん、さすがに中級眷属以下の血は飲む気にもならないわね。これなら人族のおじさんのほうがましね」
イエティの亡骸を投げ捨てながらリリンが呟く。
思わず絵面を想像するとかなりアブノーマルな光景だったので、是非とも実行はしないで頂きたい。




