240話:ゆるキャラと人造人間
結局ゆるキャラとニールが話し込んでしまったのでその日はお開きに。
ゆるキャラたちがここに泊まると知ると、ニールも一緒に泊まると言い出した。
ウェルズはイスロトの街に戻るように説得したが、ニールは断固拒否。
明日の朝、絶対に冒険者ギルドに戻ると強引に約束させてウェルズは街に帰って行った。
『で、なんで別室を用意してもらったのに俺の部屋のベッドを占領しているんだ』
『積もる話がまだまだあるだろう?』
『その割にもう眠そうだけどな』
ゆるキャラのベッドにニールは横たわり、気怠そうに欠伸をかいていた。
寝間着なんて無いので純白のローブのままだ。
『急いでここまで飛んできたからな。消耗していると言えばしているか。ならもう少しだけ話をしようぜ……ん?《洗浄》を使ったから体は汚れてないぞ』
ニールは《温暖》以外にもいくつかのアンクレットやブレスレッドを付けていて、その中には《洗浄》も含まれていた。
なかなかベッドに入ろうとしないゆるキャラを見て、ニールが勘違いして発言をする。
『いや、元々は少年だったかもしれんが今は違うじゃないか』
『んああ、そうだったな、今は女の体だったか。まあ俺は気にしないが。すまん、そっちが気にするか』
『別に気にはしないが』
『なら早く来なよ』
そう言ってニールがぽふぽふとベッドを叩く。
黒髪の美女に同衾を誘われているわけだが、人間性を何かに捧げられてしまったゆるキャラなので色っぽい展開にはならない。
仕方なくもそもそとベッドに潜り込むと、甘い香りがエゾモモンガの鼻腔をくすぐった。
触れそうな距離に眠気で目がとろんとした端正な顔がある。
ニールは妖艶な美女の姿形をしているが、言葉はつっけんどんで所作もがさつだったりとちぐはぐだ。
さばさば系女子と言えなくもないがそれもそのはず、ニールは二週間前まで少年の姿をしていたので、まだこの体に慣れていなかったのだ。
先程人造人間についても詳しく聞いたが、色々と衝撃的な内容だった。
ニールは戦争のために造られた超能力を扱う人造人間で、アトルランに転移した直後は誕生してまだ二年しか経っていなかったという。
人造人間は試験管で人工的に急速培養された存在で、人工授精からおよそ一ヶ月で十歳相当の少年の肉体に成長するそうだ。
一般知識や戦争に必要な情報、そして超能力も培養の最中に電気信号で脳に直接焼き付けられる。
生命倫理?なにそれ美味しいの?といった有様だが、ゆるキャラの居た地球よりも科学が発達し戦争している状況なら、軍事利用待ったなしか。
倫理や価値観といったものは時代と共に変化するものだ。
科学が発達し未知が既知になり、安全で便利だと分かれば使いたくなるのが人の性か。
ただし人造人間に関しては一般に広まる前の最先端技術で、様々な克服点が残っていた。
その一つが寿命で、人造人間は最長でも五年しか生きられないそうだ。
ニールも元の世界で二年、アトルランで三年を過ごし、寿命が尽きるギリギリでなんとか今の女性の体を手に入れたんだとか。
そしてのこの女性の体というのが……。
またいつもの悪い癖で考え事をしている間に、ニールは結局話をひとつもすることなく寝入ってしまっていた。
外見に見合わず、少年のようにあどけない寝顔だ。
本人は元の世界に帰りたいと言っていたが、それは果たして本心なのだろうか。
話を聞く限り戻れる可能性は低く、新しい肉体を得た今、戻る義務も無いような気がする。
人工的に造られた兵士なので、帰巣本能のようなものを刷り込まれているのかもしれない。
出会ったばかりの女性の寝顔をまじまじと見るのもはばかれるので(同衾してる時点であれだが)、ゆるキャラも背中を向けて眠ることにする。
ベッドの横でふわふわ浮かんで眠るユキヨをぼんやり見つめていると、ゆるキャラもいつの間にか眠っていた。
「で、なんでニールは街に帰らないんだ?」
「ん?なんでってそりゃあ、兎形族の村に行くからに決まってるじゃあないか」
ジト目のゆるキャラの問いに、いけしゃあしゃあと答えたのはニールだ。
今朝は寝苦しさを覚えて目覚めると、ゆるキャラを抱き枕扱いしたニールに羽交い絞めにされていた。
絡みつく艶めかしい素足をひっぺがし、揺すっても起きないので放置して出発しようとしたのだが、いつの間にかしれっと合流していたのだ。
「帰ってやらないとウェルズが心労で倒れるぞ」
「ジキンに伝言を頼んだから大丈夫さ」
〈トリストラム〉から〈冬東協会〉へ鞍替えしたチンピラのジキンは、ニールを見つけた瞬間すっ飛んできて「一目惚れしましたっ!」などと言い出しいきなり求婚。
まあニールが応じる訳もなく【念動】で会議室の床にめり込む勢いで叩き付けられたのであった。
恋は盲目とはこのことか。
ゆるキャラの時とは違って、ジキンは不可視の攻撃を受けたというのに怯まない。
そして完全に拒否の態度を見せるニールに必死に食い下がり、街への小間使いをゲットしたのである。
「随分とあしらい方がこなれてるな」
「この姿になってから、ああいう輩は沢山いるんだよ。まあジキンにもウェルズにも、もう会うことはないだろうな」
「ジキンはともかくウェルズには会ってやれよ……。というかトロールの討伐は終わったんだし帰らなくていいのか?第一位階冒険者の〈神の手〉殿」
「まあまあ、その辺はいいじゃないか。その子たちの運搬は任せてくれ」
ニールの視線の先には助けた兎形族の子供たちがいる。
二人ともマルズに虐げられた恐怖と見知らぬ人族に囲まれている状況に委縮していたが、そこは同郷?のユキヨが活躍した。
今も所在無げに会議室の椅子に座っている二人の間を、ふわふわ飛んで気を紛らわせてくれている。
意外なのがニールには結構、というかかなり気を許していることだ。
他の人族が近付くと身を縮こまらせるのだが、ニール相手にはそういった反応がない。
それどころか頭を撫でられて気持ちよさそうにしていた。
ゆるキャラなんて饅頭と羊羹でなだめてすかして、ようやく仲良くなったというのに……解せぬ。




