237話:ゆるキャラと告別
【7章のあらすじ】
・〈混沌の女神〉に助けられたトウジは神なき大陸カンナウルトルムの雪原に、一人で転送されてしまった
・兎形族の少女レキと雪の精霊ユキヨと出会う
・兎形族の村は邪人のトロールに襲われ壊滅状態であった。救援を求めて近隣の騎馬族の村へ向かったが、こちらも襲撃された後だった
・騎馬族の生き残りイルドと共に人族の街の冒険者ギルドへ助けを求めに行く。街の手前のスラム街〈古戦場跡〉に到着すると、犯罪組織どうしの抗争が起こっていた
・抗争は新参組織〈トリストラム〉に所属する吸血鬼リリンが大暴れして圧勝。トウジに喧嘩を売るが恥ずかしい独り言を聞かれたため逃走
・冒険者ギルドにトロールの件を報告。騎馬族の村に帰る途中、リリンがトロールの娘ティアネを連れて現れる。〈トリストラム〉を影で操るトロール一家と決別するために協力関係になる
・〈トリストラム〉の拠点に潜入。虐げられる兎形族の子どもを見てトウジの中に眠る〈コラン君〉に人格を奪われる。戦闘発生
・死闘の末、負けそうになったトウジを突如現れた探し人の一人であるニールが助けてくれた。美少年と聞いていたけど美女なのだが?
ニール・ノナカというハーフタレントみたいな名前の人物は、三年前にリージスの樹海に現れた先輩異邦人の少年のことだ。
竜族のシンクの姉ハクアと竜巫女と呼ばれる少女、合計三名で樹海を出奔したため足取りを探していた。
三年も経てば少年が青年に成長するかもしれないが、さすがに美女にはならないだろう。
もしかして男の娘なのかとも思ったが、エゾモモンガの鼻をすんすんさせれば匂いで違うとわかる。
……などと変態じみた考察をしている場合じゃないか。
ニール先輩とは積もる話があるが、まずは戦後の処理をしなければならない。
まず邪人トロールの死体は冒険者ギルドに引き渡すことになるのだが、〈空虚神の加護〉の空間で死んだマルズの体はどこにも見当たらなかった。
あのまま次元の狭間に飲み込まれてしまったようだ。
ティアネは残されたクローグとヘックの死体を呆然と眺めていた。
どう声をかけようかと悩んでいたが、《意思伝達》のペンダントを失くしていたのでそもそも言葉が通じないことを改めて思い出す。
(とうじ あったよー)
丁度良いタイミングでユキヨが戻ってきた。
白い綿毛の上にチェーンの切れたペンダントトップとゆるキャラの冒険者証を乗っけている。
無事に見つけてくれたようだ。
「ありがとうユキヨ。後でお礼に羊羹と饅頭を進呈しよう」
(うわーーーーーい やったあ)
ユキヨがゆるキャラの周りをぐるぐる回って喜びを爆発させた。
遠心力で吹っ飛ばないうちにペンダントトップと冒険者証をユキヨの上から回収し、改めてティアネに話しかける。
「さっきは助けてくれてありがとう。命拾いしたよ……その、なんだ。気の毒だったな」
残念ながらゆるキャラの頭では気の利いた言葉が出てこなかった。
ティアネとしてはゆるキャラを裏切り、戦闘に参加せず静観する選択肢もあっただろう。
ゆるキャラ一人で倒すのが理想だったが、実際はクローグたちに殺されていた可能性が高い。
そうなれば彼らから逃れるというティアネの望みも叶わないわけで……あれ、でも結果的にはニールが来たので、ゆるキャラが死んでもぶっちゃけクローグたちは瞬殺だったか?
でもゆるキャラが生きていなければ、ニールからティアネも敵認定されて殺されていた可能性が高い。
ニールが邪人絶対殺すマ……レディじゃなくてよかった。
ゆるキャラがティアネと遅れて森から出てきたリリンに敵意はないと説明すると、ニールは素直に信じてくれた。
「トロールは強さがすべての種族ですから。強者に殺されたのなら家族も本望でしょう」
巨体に見合わないか細い声でティアネが呟いた。
果たしてそうだろうか?
確かにマルズとヘックは最後までゆるキャラへの殺意を緩めることはなかったが、最善は強者と戦って勝つことだと思う。
だから負けて殺された時点で本望とイコールにはならない気がするが……ああ、死に方の中ではましという意味でなら理解できなくもないか。
ただそうなるとクローグにとっては本望な死に様ではなかっただろう。
彼の死に顔は驚愕と恐怖に彩られていた。
クローグにとってニールは強者過ぎたのだ。
圧倒的強さでねじ伏せられるのと、接戦の末敗れるのであれば、クローグにとっての本望は後者だろう。
どんな相手だろうが遅れを取ることはないという、武人としての矜持と驕りをゆるキャラはクローグの態度からひしひしと感じ取っていた。
それがニールに抵抗する余裕もなくあっさりと、いとも容易く殺されてしまったのだから、矜持をへし折られ恐怖するのも仕方がない。
トロールの中で一番達観していたはずのクローグが一番不本意な死を遂げるのだから、人生とはままならないものだ。
ゆるキャラもニールの正体不明の力の一端を味わっている。
ニールに睨まれただけでこちらの体は硬直し身動きが取れなくなり、首は透明で見えない、巨大な腕で締め上げられるかのように……。
思い出すだけで全身の毛がハリネズミのように総毛立つ。
(ちくちくするよ)
「おっとごめんごめん」
ユキヨからクレームを受けて我に返る。
彼女はいつの間にか定位置であるマフラーの中に戻っていて、ゆるキャラのつんつんした毛が刺さったようだ。
「すまないがティアネを頼む」
「わかったわ。あとで詳しい事情を教えてね」
ティアネとリリン、助けた兎形族の子供二人にはひとまず〈冬東協会〉の拠点で待機してもらうことに。
気を失ったままの子供用に羊羹と饅頭も渡しておく。
リリンたちが撤収すると、入れ違いでイスロトの街の方角から馬車に乗った数名の冒険者たちがやってきた。
その中には白髪交じりの中年男性、なんとギルドマスターまで混ざっている。
「〈神の手〉殿!あれほど独断専行はやめてくださいと言ったではありませんか!」
「それなんだけどそこの彼、トウジ君が三人のうち二人を既に倒していたんだよ」
ギルドマスターの忠告をしれっと無視して、ニールがゆるキャラに視線を送る。
「!?君はイルド殿と一緒にいた……」
「で、最後の一人に倒されそうになっていたのを私が助けたんだ。もし先行してこの場に来ていなかったらトロールを倒せるくらいの実力者が失われていたということになる。ちなみにトロールは噂通り相当強かったみたいだよ。多分第二位階のパーティーが必要なくらいかな。そんな彼を失わずに済んだんだから、感謝してくれてもいいんだぜ?てか討伐部隊の編成を待たずに一人ですっ飛んできたんだから、最後まで先行しないと意味ないだろう」
ニールが一気にまくしたてると、ギルドマスターもなかなか反論できないようだ。
まさかニール先輩が第一位階冒険者〈神の手〉だったとは。
冒険者の頂点とも言える存在なので発言力もかなりのものなのだろう。
「というわけでトロールの死体の引き取りを頼むよ。私はちょっとこのトウジ君に用事があるから、先に帰っててくれ」
ニールはギルドマスターにそう言い放つと、ゆるキャラの首に腕を回してにかっと笑いかけてくる。
目の前にあるその美貌は、やはり少年のそれとは程遠い美女のそれであった。




