234話:ゆるキャラと光波
五感を失っていたのも僅かな間で、入った時と同様の浮遊間と共に古戦場後へと戻ってきた。
「ふう、ティアネの言う通り閉じ込められずに戻ってこれてよかったが……」
視線を足元に向ければ、そこにはうず高く積みあがった様々な物品があった。
ゆるキャラと抱きかかえた兎形族の子供は、その上にちょこんと乗せられた状態だ。
随分と見晴らしが良い。
マルズが死んだことによって、空間に収められていたすべての物体が吐き出されたのだ。
過去に魔術《次元収納》の中にある物は術者が死ぬとそのまま内部に残り、二度と取り出せないと聞いていたが、マルズの〈空虚神の加護〉は違うらしい。
足下の物品の間に挟まれた状態で出てきたらと思うとぞっとする。
侵略を企むような外様の神の加護が、生き物が潰れないように上にしてくれるとは思えないので、ゆるキャラたちが一番上になって出てきたのは幸運だったのだろう。
見晴らしが良いおかげで戦況が確認しやすい。
ゆるキャラをクローグから助けたティアネは現在も戦闘中だが、かなり劣勢のようだ。
実の父親と刃を交えているから手を抜くかと言えば大間違いで、両者ともに全力で切り結んでいる。
トロールというのは種族的に強さを重んじていて、たとえ家族でも弱者は認められない。
闘争を忌避するティアネなどもってのほかで、スパルタ教育どころではないしごきを常々受けていた。
ゆるキャラを庇い離反を知ったクローグは、娘に対して明確な殺意を向けている。
実力の差は歴然で、このままだとティアネは殺されてしまうだろう。
今度はこちらが援護したいところだが、大量の物品と共に戻ってきたゆるキャラは非常に目立っていて、上空で待機していたガルーダとヘックにすぐに見つかった。
溢れる物品を見てマルズの死を悟ったか、ヘックが幼い顔に似つかわしくない怒りの形相を浮かべて叫んだ。
クローグもマルズの死に気付いているはずだが、こちらに一瞥をくれただけだった。
息子だろうが娘だろうが、弱者に興味はないとでもいうのだろうか。
まずは抱きかかえている兎形族の子供を、どこか安全な場所に避難させなければならない。
ガルーダからの攻撃を察知してゆるキャラが飛び降りると、強烈な突風が物品の山に直撃した。
竜巻に巻き上げられたかのように物品が空へと吸い上げられてから、雨あられとなって降り注ぐ。
ゆるキャラは落下物の中を縫うようにして躱しながら走り抜けて森へと逃げ込んだ。
上空からガルーダが追いかけてきているが、森の木々に遮られてゆるキャラの位置を見失っていた。
あてずっぽうな位置で突風が巻き起こり、大木がへし折れる。
「リリン、この子も頼む」
とある木の真下で立ち止まり見上げながら声をかけると、樹上の生い茂った木の葉の隙間からリリンが顔を覗かせた。
言葉が通じないことに怪訝な表情を浮かべている。
ゆるキャラの前に黒いロープが垂れ下がってきたので、掴むと上に引き上げられた。
密集している木の枝が意思を持ったかのように動いて穴が開くと、ゆるキャラはその中に迎え入れられる。
そこにはたくさんの枝葉によって外側から巧妙に隠された、天井の低い小部屋くらいの空間があった。
どうやら背中の翼を無数の糸のように分けて枝を操り、この秘密基地を作ったようだ。
「すごいな、こんな器用なこともできるのか」
「―――――――」
(どうしてここがわったの だって)
リリンに同行していたユキヨが久しぶりに通訳してくれる。
……あれ、闇の眷属相手だと《意思伝達》の効果は届かないはずなのだが、ユキヨにはリリンの言葉が分かるらしい。
ユキヨもゆるキャラのように創造神と外様の神の両方の規格に対応しているのか、それともそもそも《意思伝達》ではない能力なのか。
現時点では検証のしようもないし、している場合でもない。
「ああ、それはリリンの匂いを辿ったからで……って引かないでくれよ。あとこの子も頼む。俺はティアネを助けてくる」
ユキヨ経由で匂いでわかったと聞いて、自分の体を抱くようにして後ずさるリリンに、気を失ったままの兎形族の子供を強引に引き渡す。
「それとごめん。もう分かってると思うが、ペンダントを拠点の上での戦闘でなくしてしまった」
(あれ たいせつなんだって ユキヨがさがしてくゆ?)
すっかり闇の眷属であるリリンにも馴染んだようで、横で浮かんでいたユキヨが提案してくる。
「危ないけどいいのか?」
(まかせて)
戦闘が終わった後でもいいかと思ったが、〈トリストラム〉のトロール以外の生き残りがいて拾われても困る。
ペンダントが無いとリリンとの約束が果たせないわけで、今すぐ彼女に敵対されてもおかしくない。
幸いにも拾ってくるという話でリリンは納得しているようなので、ユキヨの好意に甘えるとしよう。
ユキヨをマフラーに仕舞って秘密基地から飛び降りると、ガルーダは相変わらず無差別攻撃を繰り返しながら森の上空を旋回していた。
森の入口までユキヨを連れていき別れたあと、ゆるキャラは四次元頬袋から大剣を取り出しゆっくりと魔力を込める。
運悪くリリンの秘密基地に直撃しないうちにケリをつけたいが、慌てて魔力を熾すと暴発するので慎重に。
充填率が五割を超えたところで青白く輝く大剣を肩に担ぎ、近場の丈夫そうな木の枝を飛び移って登っていく。
ヘックの魔術が怖いのであまり近付きたくないが、そうも言ってられない。
木の八合目あたりで息を潜めて隙を窺っていると、上空で円を描くように飛行していたガルーダが、突如方向を変えてこちらへ真っすぐ向かってきた。
どうやら大剣が放つ青白い光が見つかってしまったようだ。
バレたのなら仕方がない。
木の天辺へ飛び移り、腰だめに大剣を構えてガルーダを待ち受ける。
巨大な怪鳥が十メートルほど手前で大きく羽ばたくと、散々大木を薙ぎ倒した突風がゆるキャラに襲い掛かる。
「うおおおおおおおお!」
それに合わせてゆるキャラが大剣を振るうと、刀身を纏っていた青白い輝きが魔力の刃となって撃ち出される。
迫り来る空気の波を、大剣から飛び出した三日月のような刃が穿ち……交錯した。
直後に強烈な突風を全身に受けて、ゆるキャラの体は上空へと巻き上げられた。
四肢を捩じ切られるかと思う様な激痛に必死に耐えながら、頬袋に仕込んだ羊羹を飲み込む。
即死しなければ回復が間に合うだろう、という目論見は当たった。
死ななきゃ安いというやつだが、死ぬほど痛いので金輪際やりたくない。
というか何故ガルーダの横方向への翼の羽ばたきで、竜巻みたいなものが発生して真上に飛ばされるのか。
純粋な物理法則以外が働いているのだろうけど、食らった身としては不可思議な体験である。
ガルーダより更に上空に打ち上げられた位置で体勢を整えて見下ろすと、相打ち上等で攻撃した成果があった。
飛ばした魔力の刃は見事にガルーダを正面から斬り付け、顔面を貫通し胴体の半ばまで切り裂いていた。




