232話:ゆるキャラと虚空の世界
半ばから折れている大剣が、ゆるキャラを挽肉にするべく眼前に迫る。
確かにマフラーを普通に広げて防ごうとすれば打点をずらされ、体が隠れていない部分を狙われる可能性がある。
しかし目の前で転倒して隙だらけのゆるキャラ相手ならどうだろう?
マルズの性格からしてここぞとばかりに全身全霊の一撃……すなわち頭上から真っ直ぐ、体重を乗せて振り下ろしてくるのではないだろうか。
という釣りは見事に成功。
ご丁寧にもゆるキャラに馬乗りになれそうな距離にまで近付いてから、思い切り大剣を振り下ろしてきた。
「マルズ!よせ!」
クローグはゆるキャラが何か企んでいることに気が付いたようだがもう遅い。
マルズの巨体がゆるキャラを覆い隠しているので邪魔もできまい。
尻もちをつき壁に背を預けた姿勢のまま、ゆるキャラは視界に広がる大剣目掛けて拳を突き出す。
拳には赤いマフラーを巻き付けてある。
マフラーの内側に仕込んであった冒険者証と、リリンから借りているペンダントのチェーンが拳に引っ掛かり千切れたが、今は気にしている余裕が無い。
面で受け止めようとするとマフラーの面積が足りないって?
ならば点で受け止めれば良い。
ただし相手に打点をずらされない攻撃であることと、点で受け止める位置を見極めないと、横滑りして結局挽肉にされてしまうことに注意が必要だ。
前者はわざと転んでマルズの全力攻撃を誘い成功。
後者は……気合でなんとかする。
反動は無いのだから、接触するポイントと角度に細心の注意を払う。
気合が足りたようで、マフラーに包まれた赤い拳と大剣の腹が接触すると、先刻と同様に全ての運動エネルギーがマルズへと跳ね返った。
横滑りに気を付けながら突き出した拳が、マルズを巴投げしたかのようにゆるキャラの後方へ綺麗に弾き飛ばす。
驚愕の表情を浮かべたマルズが残像となってゆるキャラの頭上を飛び越えて壁に激突。
砲弾でも直撃したかのような轟音と共に壁が崩れ、マルズは頭から拠点の外へ落下していった。
ゆるキャラもこの新たにできた逃走経路から離脱を試みる。
預けるものが無くなった背中をそのまま倒し、マルズを追いかけるようにして壁の向こう側へ転がり落ちた。
首を巡らせて先に落ちたマルズの様子を伺うと、瓦礫に埋もれながらうつ伏せに倒れていて動く様子はない。
よし、このまま森に逃げ込めばガルーダも追いかけてはこれな―――。
上から降ってくるクローグが広視野に映る。
彼も我々の後を追うようにして崩れた壁際から飛び降りていたようだ。
しかも自由落下のゆるキャラとは違い、壁を蹴りながら飛び降りたのかあっという間に追い付かれる。
掲げた両手剣と曲刀が交錯して甲高い金属音と火花が散るのと同時に、脇腹にちくりと鋭い痛みが走った。
もう一本の曲刀で腹を刺されたゆるキャラだったが、お返しと言わんばかりに黄色い鳥足を蹴り上げる。
黒曜石のように輝く爪が文字通りクローグの革鎧の胸元に縦三本の爪痕を残したが、直前で仰け反られたので生身までは達していない。
足場の無い空中だというのに器用なものだ。
ゆるキャラとクローグは倒れたまま動かないマルズを挟んで地面に着地する。
拠点の周囲は開けているのでガルーダが来る前に森へ逃げよう。
そう思って走り出そうとしたが……。
「ぐべっ」
何故か片足が動かなくてつんのめり、地面にべちゃりと倒れ込む。
振り返れば足元のマルズがゆるキャラの鳥足を掴んでいた。
掴んでいる右腕はマフラーが反射した運動エネルギーによってあらぬ方向に折れ曲がり、骨が露出している。
左腕は〈コラン君〉との戦闘で既に肘辺りから失っているわけで、もはや満身創痍なのだがこちらを睨みつける眼光は怨嗟に燃えていた。
「――――!」
マルズが何かを叫んだが、さっき《意思伝達》のペンダントが千切れてどこかへ飛んで行ってしまったので、何を言ったのかは分からない。
言葉は分からないがどうせい「今だ、やれ!」的なことを言ったのだろう。
その証拠にマルズを飛び越えてクローグがゆるキャラへと襲い掛かってきた。
起き上がる邪魔をするマルズを掴まれていない足で蹴りつける。
爪が左目を抉ったが足を掴む腕は外れない。
マルズを振りほどけないままクローグに斬り付けられそうになった瞬間、横合いから黒づくめの大きな何かが飛び出してきた。
それはクローグを空中で絡め捕るようにして横に飛んで行く。
「ティアネ!」
ようやく援軍のお出ましである。
間一髪助けてくれたのはありがたいが、このままここで戦ってもガルーダとヘックに合流されてしまえば数的不利は変わらない。
「一旦離脱しろ!」
ここにきてペンダントを失くしたのが効いている。
駄目元で叫んでからしつこいマルズを蹴りつけようとした時、全身がまるで無重力、もしくは自由落下しているような浮遊感に襲われる。
次の瞬間、視界が縦に伸びたかと思うと、暗転して何も見えなくなった。
展開が目まぐるしい……が、この感覚は味わったことがある。
《転移》の魔術による移動の時と同じだ。
視界が回復すると、そこには見知らぬ迷宮のような風景が広がっていた。
石造りの廊下が真っすぐ伸びていて、左右には同じ意匠の扉が等間隔に並んでいてどれも閉じられている。
転移による瞬間的な方向感覚の狂いからくる眩暈が治まったところで、まずは一息つくことにした。
周囲は無音で何者の気配も感じない。
クローグに刺された脇腹が痛み出したので、頬袋の羊羹を飲み込んで回復。
頬袋が空になったので〈商品〉欄から補充する。
ティアネとリリンから事前に聞いていたので、驚きはしたが慌ててはいない。
ここはマルズが持つ〈空虚神の加護〉とやらで造られた空間なのだろう。




