231話:ゆるキャラと無勢
「線ではなく面で攻めろ。そうすればあの奇妙なマントでも防ぎきれないはずだ」
「ッおらあ!」
クローグの指示に咆えて答えたマルズは、大剣の柄を握り直してからゆるキャラ目掛けて振り抜く。
腰の入ったスイングを屈んで躱すと頭上で大剣の腹が壁に激突し、粉砕された石畳がぱらぱらとゆるキャラに降ってきた。
マルズの得物である大剣はトロールの背丈を越える長さということもあって、剣の幅も相応に広い。
その見た目は某元1stソルジャーさんが持っていそうな無骨さがある。
確かに面積の広い大剣の腹で殴られれば、マフラーで防ぎきれる確率は下がる。
普通の剣の腹で殴ろうものなら一撃でへし折れてしまいそうだが、有効だと悟ったマルズはそんなことを気にしない。
獰猛な笑みを浮かべながら大剣を振り回してきた。
実際に大剣は相当頑丈なようで、何度壁に打ち付けられても折れる様子は無く、逃げようとするゆるキャラを壁に釘付けにする。
ハンマーと化した大剣の合間を縫うようにクローグの曲刀が煌めく。
片方は両手剣で受け流したが、もう片方が脇腹を掠めて灰褐色の毛皮が血に染まった。
放っておくと動きが鈍るだけなので、頬袋に忍ばせた羊羹を飲み込んで即座に回復。
これまでの経験から〈商品〉による回復性能と速度は非常に高く、多少の欠損や粉砕骨折程度なら即座に再生することは判明している。
それ以上の負傷でも有効かどうかは正直試したくないが……このままだと否応にも体験することになりそうだ。
というかリリンは仕方ないにしても、ティアネはどうした?
この邪悪な家族からの解放を望むならば、少しは援護してもらいたいのだがっ。
ゆるキャラは曲刀と大剣の巧みなコンビネーションをひたすらいなし、一瞬の隙を突いて真上に飛び上がってから背面の壁を蹴りつけ、二人の間合いから逃れようとする。
しかし空中で滑空していた怪鳥とトロールの男児がそれを許さない。
土煙を一瞬で吹き飛ばした突風が再度ゆるキャラに襲い掛かり、壁に押し戻される。
『外淵と臨する深みに沈む星辰よ 連々なる渇きと絶望を 幕無く恵み授けよ』
次いで幼い声が滔々と詠唱を紡ぎ、何かしらの魔術が発動する。
ゆるキャラの五感は何も察知することが出来なかったが、ヘックの魔術は確実に左腕へ着弾していた。
焼けるような激しい痛みに襲われる。
左腕がまるで木乃伊になったかのように干からびていた。
「……は?」
骨と皮だけになった腕からは灰褐色の毛も抜け落ち、皺だらけの皮膚が露出している。
急いで頬袋の羊羹を飲み込むと、問題無く再生が始まった。
腕には瑞々しさが戻り抜け落ちた毛が生え揃う。
その間腕は正座して痺れた足に血流が戻るかのように痺れを訴えていた。
詠唱の内容からして体内の水分を奪う魔術か?回復はしたが回避不可能か?左腕だったのは偶然か?もしこれを頭部や心臓に受けたら即死か?
危機的状況に瀕して思考が加速する。
〈コラン君〉が再登場する気配は感じない。
短時間でそう何度も現れるものではないのか?
ヘックはガルーダの背に乗りゆるキャラの左斜め前方で滑空していたので、左腕が一番近い距離にあった。
ガルーダの突風で壁に押し戻されていなければ頭の水分を抜かれ、致命傷になっていたかもしれない。
マルズとクローグがいる以上、距離を詰めることは難しいので逃げに徹しようと決断。
まずはこの天井の無い拠点から離脱したいが、階段の上空はガルーダが陣取っているし、先程のように飛び上がって壁を乗り越えようにも突風で封じられる。
ヘックは味方への巻き添えを警戒しているのか、兄と父親が近くにいる間は魔術を使用するつもりはないようだ。
そうなると残された道は……。
「ちょこまか逃げやがって!」
エゾモモンガの鼻先を掠めながら大剣が床へ振り下ろされると、元々は天井の一部だった石材に直撃して粉々に砕け散った。
飛び散る破片から目を庇うように両手剣を掲げると同時に、壁際から沿うようにして二筋の剣閃がゆるキャラへ襲い掛かる。
人間の視野なら完全に死角だったが、広視野のおかげでなんとか回避が間に合う。
常に冷静だったクローグが舌打ちする音が聞こえた。
どうにかこうにか、ガルーダから離れるように壁を伝いながら大剣と曲刀の猛攻を耐え忍ぶ。
大剣を優先的に回避し、代わりに曲刀に切り刻まれる度に羊羹を飲み込んで体を癒す。
一昔前のネトゲの、ショートカットキーに設定した回復ポーションを連打している気分だ。
無尽蔵かと言いたくなるスタミナで絶え間なく攻め続けるトロールたちであったが、さすがに少しずつ精彩を欠いてくる。
最初に音を上げたのはマルズの大剣だった。
度重なる負荷に耐え切れず、壁を叩き付けた際に半ばからへし折れる。
折れた切先はあらぬ方向に飛んで行ったので、この瞬間が誰かの隙になることは無かったが、マルズの間合いは半減してしまう。
マルズはそのまま大剣を使い続けることを選択した。
リーチが短くなったとはいえ、まだその長さは二メートル近くあるので判断としては妥当だろう。
だがしかし、攻撃を当てるためにマルズはこれまでより間合いを詰める必要がある。
マルズの巨体で間合いを詰めればゆるキャラの体はそれに隠され、クローグからすれば連携しにくくなるだろう。
そろそろ勝負を仕掛けないと……。
圧が増した猛攻をその後もしのぎ続けたゆるキャラであったが、遂に捌ききれなくなり足元の瓦礫につまずいて転倒した。
「もらった、くたばれ!」
チャンスとばかりにマルズが叫びながら大剣を振り下ろす。
必死に防ごうとマフラーを手繰り寄せるゆるキャラを見て、勝負あったと邪悪な笑みを浮かべていた。




