230話:ゆるキャラと多勢
様子見のはずが〈コラン君〉のおかげでえらいことになってしまった。
兎形族の子供をあのまま見殺しにするつもりはなかったが、救出するにもタイミングというものがあるだろう。
過ぎたことは仕方がないので、このまま一戦交えるしかない。
兎形族の子供をリリンに手渡したところで、ふとユキヨの存在を思い出す。
マフラーをまさぐり取り出すと、といつぞやのように綿毛を尖らせた白ウニ……にはなっておらず、くたびれたモップの先のようになっていた。
マルズの大剣の一撃をマフラー越しに受けていたとしてもダメージは無いはずなので、単にびっくりしたのだろう。
〈コラン君〉に怯えて気配を殺していたのかもしれないが。
「リリン。やはり近くに居たか。この亜人に協力しているということは、娘共々裏切るということだな」
「通訳なしでも予想できるから答えてあげるわ。その通りよ」
子供とユキヨを受け取ったリリンが蝙蝠の翼をはばたかせて、拠点の外壁から空中へと逃れていく。
接近していたクローグが曲刀で斬り付けようとしていたので、四次元頬袋から取り出した両手剣で牽制した。
「そうだってよ」
「そうか」
ゆるキャラの通訳に飛び退いたクローグは淡々と応じた。
専守防衛の件はわざわざ言う事もないだろう。
リリンの勝手な制約かもしれないが、攻撃に参加する余地がるとクローグが考えているなら、これも牽制になるはずだ。
「ざっけんじゃねえぞ!そんなことが許されるわけねえだろうが」
クローグとは対称的に激高しているマルズが再びゆるキャラへと肉迫した。
そして大剣を袈裟斬りしてくるのでそれに合わせて首を傾ける。
先程と同様に赤いマフラーが斬撃の全てを受け止めた。
あまり鋭角で受け止めると横滑りしてきた刃に斬られることになるが、マルズの攻撃は愚直なので大剣の軌道は非常に読みやすい。
普通なら多用できないが、それが出来てしまうくらいにだ。
それでもさすがと言うべきなのか、トロールはかなり頑丈だった。
相手を破壊するためのすべての衝撃が反射されているわけで、支点となっている腕、特に手首への反動はとてつもないはずなのだが、体ごと吹っ飛ぶだけで痛がる様子は無い。
もしこれが人族だったら手首が折れ曲がり、骨が突き出るくらいの衝撃なのだが。
フィルムを逆再生でもしているかのように、マルズが振り下ろした大剣は元の軌道を辿り、再度振りかぶるような仕草になる。
そんなマルズを黄色い鳥足を踏みしめて追いかけ、平刺突を繰り出す。
がら空きの胴体に両手剣の切先が突き刺さり金属鎧を砕いたが、その内部は浅く傷つけるに留まった。
追いすがっての一撃だったこともあり、どこぞの悪即斬さんのような必殺の威力からは程遠かったようだ。
本家をリスペクトして横薙ぎへ派生させてみたが、これも金属鎧の表面を引っ掻いただけだった。
金属の擦れる音に紛れて、右後方から接近する僅かな足音をエゾモモンガの耳が拾う。
広視野能力でもって振り向かずに確認すると、つぶらな瞳の中でクローグが丁度曲刀を振り抜いたところだった。
咄嗟に左前方に身を投げ出して二筋の剣閃をやり過ごしたが、紙一重で間に合わない。
背中を浅く切られて刈り取られた灰褐色の毛が宙を舞う。
「ッおらあ!」
親子らしく息の合った連携を見せるマルズが、再び飛び退く暇を与えない絶妙なタイミングで大剣を振り下ろしてきた。
避けられないならもう一度弾くしかない。
丸い体を必死に捩り、辛うじてマフラーを大剣の前に差し出すことに成功する。
今度は角度を調整する余裕も無いため、大剣は肩口を滑ってゆるキャラの足元に突き刺さった。
地震と錯覚するほどの衝撃と揺れに襲われる。
かつてこの地で戦争が起きていた頃の名残である砦の天井は、トロールの一撃に耐えられず崩壊した。
最初は二メートル四方くらいの穴だったが、支えを失った石畳がその穴を起点にして連鎖的に崩落。
ものの数秒でテニスコート一面分くらいの面積の天井が抜け落ちてしまった。
古戦場跡全域に砦が崩壊する雷鳴のような音が響き渡る。
ゆるキャラも大量の石畳や土埃と共に落下したが、幸いにも下の階の床は抜けなかったようだ。
もしこの階に誰か居たのなら……いや、居なかったと祈っておこう。
土煙がもうもうと立ち上り続けていて呼吸はままならないし、煙が月明かりに照らされてまるでホワイトアウトの最中にいるみたいだ。
崩落がおさまってくると、まず周囲の音が聞き取れるようになった。
マルズがいたであろう方向から何者かが瓦礫を踏みつける音が聞こえたので、足音に気を付けながら距離を取る。
土煙が落ち着いてくれば、トロールたちにもゆるキャラの位置が露見するだろう。
そうなる前にどうするかだが、答えは既に出ていたので直ちに行動を開始する。
物音から離れるように移動しつづけると壁にぶつかったので、壁伝いに前に進むと再び壁にぶつかった。
右に折れて更に進むと、急に地面が急に無くなり鳥足が宙に浮く。
ゆるキャラの記憶が正しければと思いながらゆっくり足を下ろすと、一段下りたところに地面がある。
そう、それは下り階段だった。
最初にこの拠点を偵察した時、壁に開いた穴から〈トリストラム〉の部下たちがトロールに叱責されて走り去っていく姿を確認している。
その際に通路の突き当りを折れていたので、下の階へ続く階段があると予想したのだが、大正解というわけだ。
ゆるキャラは逃げる気満々である。
何故なら〈コラン君〉に意識を乗っ取られるというアクシデントはあったものの、無事兎形族の子供は救出できた。
ゆるキャラ一人でトロールたちを相手にするのは荷が重いので、あとは冒険者ギルドが編成する討伐部隊に任せるつもりだ。
他にも兎形族の生き残りがいるかも知れないが、いないかもしれない。
申し訳ないが自分の命が惜しいのでここは撤退させてもらおう。
土煙が舞っているうちに逃げようとしたゆるキャラだったが……。
突然けたたましい、怪鳥の鳴き声が周囲にこだまして暴風が吹き荒れる。
壁に貼り付いて吹き飛ばされないように耐えていると、周囲に舞っていた土埃があっという間に掻き消されてしまった。
晴れ渡った夜空で羽ばたいていたのは、極彩色の羽毛を纏う闇の眷属、ガルーダだ。
その背には屋上で倒れていたはずのトロールの男の子、ヘックが乗っていた。
血に染まった腹を片手で押さえながら見下ろしていて、青白い顔がゆるキャラを発見するとにたりと笑った。
「いたよ。階段のところ」
ヘックの声を聞いて崩落した瓦礫の上であらぬ方向を見てたマルズとクローグもこちらを向いた。
……これはちょっとまずいかもしれん。




