228話:ゆるキャラと邪悪
その怪鳥は闇の眷属で名をガルーダという。
月光を背にしていると分からなかったが、月を通過して照らされると羽は黄色と橙色、胴は緑色と極彩色を纏っていた。
名前からして〈いかずち〉を放ってきそうなやつだが、正体を事前に教えてくれていたリリン曰くそんな能力はないそうだ。
そのガルーダの背中には人影が三つ見える。
詰めればその倍は乗れそうなくらいガルーダの背中は広く、結構激しく羽ばたいているが三人が振り落とされるような様子はない。
おそらくどこかの深紅の竜と同じで、ガルーダの周囲の風圧は魔術的ななにかで護られているのだろう。
ガルーダが〈トリストラム〉の拠点の真上で高度を下げると、背中の三人が飛び降りる。
その後ガルーダはどこかへ飛び去って行った。
兎形族の村の生き残りがトロールは空から降ってきたと言っていたが、まさにこれのことだ。
トロールたちはガルーダの背中に乗って移動していたのだ。
「専守防衛って話だが、偵察の協力はしてくれるのか?」
「んー、そうね。そのくらいはいいわよ」
潜伏していた木から飛び降りて拠点へと忍び寄る。
この地が古戦場跡と呼ばれている通り、大昔に要塞として建設された石造りの壁は魔力によって強化されていた。
だからこそ経年劣化にも負けず現在も高くそびえ立っているわけだが、さすがに完全無傷とはいかない。
見上げれば所々に大小の穴が開いていた。
リリンはゆるキャラに向かって無言で手招きした後、するすると空中を登っていく。
よく見みるとリリンの足元には黒い翼で形成された階段が十数段分あり、彼女に追従するように動いている。
慌てて近寄って便乗すると、階段はエスカレーターの様に自動で動き出して頭上の穴付近まで上昇した。
ゆるキャラの顔の半分くらいの大きさの穴の前で止まったので中を覗き込む。
見えるのは真っすぐ伸びた廊下で、この穴は廊下の突き当りに開いているようだ。
廊下の中ほどの右手に扉があり、内部には誰かがいるのか複数人の話し声が聞こえる。
エゾモモンガの耳をそばだててみるが、いまいち聞き取れない。
そのまま耳を澄ましていると、怒号と共にチンピラ風の連中が数名飛び出してくる。
彼らは逃げるようにしてゆるキャラたちとは反対方向へ走って行き、角を折れると見えなくなった。
……ふむ、トロールたちが戻ってみれば〈トリストラム〉は半壊、リリンとティアネも居ないからこっ酷く怒られたのかな?
一瞬だけ開いた扉からは血の匂いが漂ってきたので、もしかしたら一人くらい見せしめに殺されているのかもしれない。
ここで再びリリンのエスカレーターが動き出し、拠点の屋上付近まで連れてこられた。
屋上はまっ平らでだだっ広く、中央に正方形の窪みがある。
「あそこが下り階段になっていて中に入れるわ」
「それじゃあ潜入を……」
などと小声でやり取りしつつ屋上に降りて階段に近づいたのだが、気配を察知したので慌てて引き返す。
屋上から飛び降りてリリンが変形させた翼を足場に着地。
外壁に貼り付き潜伏していると声が聞こえてきた。
「ったく使えねー奴らだ。もう皆殺しにしてこんな拠点も捨てちまおうぜ、親父」
「まだ駄目だ。少なくともティアネたちを見つけさせるまではな。それに商品もまだ届いていない」
「みつかるかなー。姉ちゃん一人ならともかくリリンは無理な気がする」
三人が会話しているようで、声質は順に青年、壮年の男、男の子といった雰囲気だ。
気取られないように外壁から慎重に顔を覗かせれば、月光の元に三人組……トロールたちの姿が露わになる。
端的に説明するなら、三人とも冒険者っぽい出で立ちをしていた。
青年は金属鎧を着込み背中に大剣を括り付けていて、腰まで伸びた癖のない長い青髪を無造作に垂らしている。
壮年の男は軽装の革鎧姿で、二本の曲刀を腰の左右に差していた。
髪は短髪で細く鋭い目つきが特徴的だ。
最後に男の子は薄手のローブの上から外套を羽織り、両腕を頭の後ろで組んで大人たちを見上げている。
羨ましいことに三人とも美形で、月光のステージライトがよく映えていた。
「確かにあいつらじゃ見つけらんねえだろうな。仕方ねえ、ガルーダを呼び戻して俺が空から探す」
「あーいいなー僕も行くー」
「てめえはどうせ途中で飽きて寝るだけだから邪魔だ。親父と商品の到着を待ってろ」
「ちえー」
彼らの名前も事前に聞いている。
青年はマルズ、壮年の男はクローグ、男の子はヘックでそれぞれティアネの兄と父親、弟にあたる。
そして商品というのはもしかして……。
「あとこいつを預けておくわ」
それを見た瞬間、最初はマルズが赤いぬいぐるみを引きずっているのかと思った。
ぬいぐるみは首輪をしていて、無骨な鎖が繋がれている。
マルズが鎖を引っ張ると階段下から転がり出てきて月光の下に晒された。
毛並みは赤いが、それは血で染まったものだと気が付く。
先程廊下の突き当りの穴から内部を覗いていた時、開いた扉から漂ってきた血の匂いはこの子のものだったのだ。
「動かないし、もうそれいらないんじゃない?」
「んなことねえよ。頭の悪い人族に商品の加工前と加工後の説明が必要だろ?ここをこうやって剥ぐとできあがるぞってな」
無造作にマルズが屋上に転がるその子の背中を踏みつける。
とっくに抵抗する力は失われているのか、巨大な足で踏みつけられても反応は無い。
「あ、背中じゃなくて腹から裂くんだっけか?」
鎖を引っ張られうつ伏せの状態から仰向けになると、僅かにだが血の染まった胸が呼吸で上下しているのが見えた。
その子は兎形族の子供だった。
あー、これはちょっとまずいな。
何がまずいって、さっきからゆるキャラの中で例の言葉が反芻している。
――――よわいものいじめはだめだよ




