227話:ゆるキャラと冬の夜空
「リリンの姉御!?ひいいいいいいごめんなさい裏切ってないです本当です。だから報復しないでえええええ」
失踪したはずのリリンの姿を見たジキンが、ジャンピング土下座を決めてからその姿勢のまま後ずさる。
……器用な動きだなあ。
「あら、このチンピラさんは誰かしら?」
「なあジキンよ。リリンの姉御はお前のこと覚えてないみたいだぞ」
「へ?」
こてりと首を傾げるリリンと、土下座したままのジキンが首だけ動かし、同時にこちらを見てきた。
ゆるキャラは約束通りジキンを〈冬東協会〉へ紹介するため古戦場跡に来ている。
通された部屋では相変わらずのゴスロリドレス姿のリリンが、優雅に紅茶を飲んでいた。
それを目撃するなり報復を恐れたジキンが発狂。
フライング土下座を敢行したのであった。
「リリンの姉御が居るって説明したよな?」
「いやあ、姉御をみるとつい条件反射で」
「ちょっとお、その姉御ってのやめてくれない?品がなさすぎるのだけど」
リリンが小振りで可愛らしい唇を尖らせてゆるキャラに文句を言う。
その横では巨体を縮こませたティアネが肩を震わせていた。
姉御呼びがツボったのかな?
「すまんすまん。ジキンの呼び方が伝染ってたな……あれ、リリンはこいつの言葉は分からないよな」
「ええ、分からないわね」
「こいつ、ジキンが〈トリストラム〉の幹部以上はリリンしか顔を知らないって言ってたけど、言葉が通じないのにどうやって指示を出してたんだ?」
「それはね、姿を見せていたのは私だけど、仕切り越しに喋っていたのはトロールたちだからよ」
「そんな間接的なまわりくどい方法でよく犯罪者共をまとめあげられたな」
「暴力はすべてを解決するのよ」
どこかで聞き覚えのある言い回しだが、ジキンの怯えっぷりからして実際そうなのだろう。
トロールたちやリリンの仕事は強力な後ろ盾となることであり、具体的な組織運営は部下に丸投げだった。
もし部下共が下手を打った時はどうするのかと言えば、別にフォローもせず開き直るのだそうだ。
これが普通の企業ならあっという間に信用を失って終了だが、そこは非合法の犯罪組織。
取引相手も脛に疵を持っているから犯罪組織を利用するわけで、信用度外視も承知の上だった。
とはいえ下手を打った部下は当然粛清されてしまうので必死に働く。
故にある程度の信用は保たれていた。
やはり暴力……!!
その後やってきた〈冬東協会〉の幹部オズワルドにジキンを紹介して約束は完了だ。
裏切り者の受け入れもよくあるのか、オズワルドも特に驚いた様子もなく話を進めている。
ジキンもゆるキャラとの約束通り情報屋を紹介してくれた。
大陸の外のへの連絡と移動手段についての情報収集には数日かかるとのことなので、平行して〈冬東協会〉へも依頼している分も含めて、ゆるキャラは暫く待機となる。
レキとイルドの村復興も気になるが、先に敵情視察をしたほうが良いだろうなあ。
ジキンによると〈トリストラム〉のボスは明日の夜拠点に戻ってくるそうだ。
当然冒険者ギルドが編成中である討伐部隊は間に合わない。
果たしてボストロール(くっつけると違う奴を想像してしまうな)たちは、半壊滅した組織とリリンとティアネの失踪を知って何を思うだろうか。
交戦するつもりはないが、裏ルートで売る予定の白い毛皮とやらの詳細は確認したい。
というわけで翌日の日中は〈ナーシィのおせっかい〉亭でまったり過ごして、夜は再び古戦場跡にやってきた。
この前リリンと激闘を繰り広げた森林地帯を通り抜け、〈トリストラム〉の拠点へ向かっている。
同行メンバーはユキヨとリリン、ティアネだ。
「今回は意外と早く帰ってきたのね。拠点に居座らなくて正解だったわ」
「そうえば最初、俺たちを〈トリストラム〉の拠点に誘っていたな」
「前も言ったけど私は専守防衛。自分から手は出せないから宜しくね。ティアネは別にいいけど」
「あの、その……」
名前を挙げられて視線がティアネに集まると、彼女は分かりやすく怯えていた。
自信なさげな背中がいつも以上に丸まり、肩が小刻みに震えている。
戦闘民族思考の強いトロール一族のスパルタ教育は、温厚な性格のティアネにとってトラウマでしかなかったのだ。
「いや、戦わないし。偵察だよ偵察」
もし白い毛皮がレキの同胞たちであれば、販売ルートを探って買い戻すのも吝かではない。
ただ同胞だったものを取り戻すことが供養になるかは分からないので、こっそりイルドに相談するつもりだ。
〈トリストラム〉の拠点の裏手に回り込み、姿を隠しつつ拠点を見渡せる程度の適当な大木によじ登り待機する。
しんしんと雪が降り積もる夜は、故郷の北海道の冬を彷彿とさせた。
望郷に暮れるゆるキャラの後ろでは、リリンが空中に浮いている真っ黒な椅子に座って寛いでいる。
それは背中に生えている蝙蝠の羽を変形させて造ったもので、椅子だけでなくテーブルまで備え付けだ。
雪がちらつく寒い夜だというのに、リリンは寒さを意に介さずテーブルの上に乗ってる〈コラン君饅頭〉を美味しそうに頬張っていた。
ちゃっかりユキヨもご相伴にあずかっていて、テーブルの上で饅頭に貼り付いて(おいし~)と唸っている。
ティアネはさすがに樹上にいられないので地上で待機だ。
「……さすがに寛ぎ過ぎでは?下ではティアネが寒さに耐えているんだぞ」
「だって待ってるだけだし暇じゃない。あとティアネも種族的に寒さには強いから大丈夫よ。あの子を気遣うなら追加のお饅頭を頂戴な。渡してくるから」
「ぐぬぬ……」
仕方なく追加の饅頭を出そうとした時、微かに風を切る音を拾ってエゾモモンガの耳がピンとそばだつ。
音のした方向を見やれば、空に浮かぶ月が陰り始めていた。
月光を遮るのは雲ではない。
巨大な翼を広げた怪鳥だった。
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短編を投稿しました。暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。
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タイトル「養女になった幼女、養生先で養生する」




