225話:ゆるキャラと借り換え
「仕事ねえ。どうせあくどい利息を取ってるんだろ?」
「本当なら金を借りれないくらい借金苦のやつに金を貸すんだ。高額な利息や返せない時のペナルティがでかいのはたりめえよ。借りるほうが悪い」
「その通りです。たとえ法外な利息だったとしても、借りれたおかげで今までこの店を手放さずに済んだのですから」
一通り借用書と売買契約書を読み終えたのか、ミルラが決心したような表情をしていた。
「私が奴隷となって売られれば、利息だけでなく元本も完済できるんですね」
「だ、駄目だミルラ。お前を売るくらいならこの店を……」
「もう手遅れよ、父さん。これから店を売ろうとしてもすぐにはお金にならないもの。そして今借金を完済しないと今後の利息すら払えなくなってしまうわ。今なら私一人で済むの」
売買契約書を用意しているあたり、ミルラの身売りを決断させるタイミングを狙っていたのだろう。
果たしてミルラの売値が適正かどうかは怪しいところだが。
「ああ……私はなんということを」
「父さん、これからは金策のために駆け回らなくても真面目に働けば土地代は支払えるはずよ。ハルナ、大変だと思うけどお父さんを手伝ってあげてね」
「お姉ちゃん……!」
次第に事態を理解してきたのか、ハルナが涙ぐみながらミルラに抱きついた。
「今すぐ返済って、期日的には今日中とかそういう話か?」
「ああそうだ。今日中に返済しないと利息が跳ね上がるからな。ひっひっひ」
「ふうむ。ちょっと教えて欲しいんだが」
皆から見えないように背を向けて、四次元頬袋から数枚の金貨を取り出す。
まだゆるキャラがこの世界に転生して間もない頃、色々あって頂いた竜族の財宝の一部だ。
そして椅子に縛られたままのチンピラの目の前で見せびらかす。
「これってそのまま使えるか?使えないなら換金出来るところを教えてほしいんだが。この店の借金は俺が立て替えるよ。ああ、足りなかったらもっとあるからな」
「「「……………ええっ!!」」」
大人たちが一斉に驚く中、ハルナだけ理解が及ばずミルラに抱きついたまま首を傾げていた。
「本当にありがとうございました!トウジさんのおかげで奴隷にならずにすみました。このご恩ををどうやって返せばよいか」
「いやいや、いいよ。こう言ったらあれだけど、ミルラが路地裏でジキンに取り立てられてたおかげで、俺も欲しい情報や伝手が手に入ったからな」
ゆるキャラは今、数メートル進むたびに頭を下げるミルラとイスロトの大通りを歩いている。
ただでさえ得体の知れない亜人で目立つというのに、年頃の娘がその亜人にへこへこしているのだから、それはもう目立つ。
金貨はそのままだと使えなかったので、リチャードの知り合いの商人の所へ持って行き換金。
使えるようになった金貨で〈トリストラム〉のチンピラことジキンに借金の利息と元本分を支払い完済したことにより、ミルラの奴隷化は回避されたのであった。
「払って頂いたお金は必ず返します。宿が無いのであれば、何日でも是非うちに泊まって下さい。たくさんご奉仕させてください!」
「ああ、うん。それじゃあとりあえず、二日間だけお世話になろうかな」
鼻息荒く迫るミルラをまあまあと宥める。
折角奴隷を回避したのに、ゆるキャラの奴隷になりそうな勢いだ。
別の大陸に不本意ながらゆるキャラ所有の奴隷はいるので間に合っている。
「二日間だけなんて言わず、一年でも二年でもいてくれていいんですよ。その……トウジさんに全額お返しするにはそのくらいかかりそうなので」
もしゆるキャラがエゾモモンガのキメラではなく、人間の益子藤治だったならば、上目遣いに懇願してくるミルラにどきまぎしたかもしれない。
それくらいミルラは魅力的な女性だとは思う。
健康的な褐色の肌に彫りの深めな目鼻立ちで、くせっ毛の茶髪は後頭部でまとめている。
町娘然としたシャツとスカートの上からコートを羽織っているが、その下にあるメリハリのある肢体が隠しきれていない。
ここは雪国だが、ミルラは南国風美女なのであった。
この大陸は亜人差別が酷く、街の中ではそれなりに負の視線を浴びているわけだが、ミルラからはその気配が一切感じられない。
仮にも借金を肩代わりしてくれる相手なので営業スマイルかとも思ったが、出会った時からそうだったので聞いてみる。
「そういえばミルラは俺が怖くないのか?我ながら変な亜人だと思うんだが」
「トウジさんはなんといいますか、可愛いといいますか」
左右の人差し指を合わせて、恥ずかしそうにもじもじしながらミルラが答えた。
ふむ、忌避感より可愛さが先に来るとはミルラの肝が据わっているのか、ゆるキャラの可愛さが限界突破しているのか。
まあ他の人の反応を見る限り後者か。
食堂〈ナーシィのおせっかい〉亭のナーシィとはミルラの母親の名前だ。
なんでも肝っ玉母さんだったらしく、肝の小さいリチャードを尻に敷きながら食堂を切り盛りしていた。
ナーシィが病死したのは三年前のことだ。
屋台骨を失い順調だった食堂経営に陰りが見え始めると、そこからはあっという間だった。
売上も落ちて順調に返せていた土地代が払えなくなる。
遂には借金のために借金をして、一家離散の危機を迎えたのだとミルラは教えてくれた。
もしナーシィが生きていたなら、ミルラとはさぞかし似たもの母娘だったに違いない。
ミルラは相手が貸し主だからと無理して接待しているのではなく、恩義を感じて真摯に礼を尽くそうとしている。
借金完済までに一年以上かかると言っていたが、当然ゆるキャラは待つつもりはない。
貸した側だが、借金は踏み倒すつもり満々なのであった。




