223話:ゆるキャラとチンピラ
「お前の親父はあの〈トリストラム〉から金を借りたんだ。完済するまで逃げられると思うなよ」
チンピラが聞き覚えのある組織の名前を出しながら女性に対して凄んでいる。
本来なら相当な脅し文句として利いていたのかもしれないが、栗色の髪を横で三つ編みにしている女性は大通りから顔を出しているゆるキャラに釘付けになっていた。
それまでの悲痛な表情はどこへやらで、ぽかんと口を開けていてチンピラの言葉も上の空だ。
「お前の妹はまだガキだから売ってもたいした金にならねえ。だから結局お前も売られることになるぞ。お前が先に売られて頑張れば妹は助かるかもしれない……っておい、聞いてんのか」
途中から女性の反応が鈍くなったことにチンピラが訝しむ。
お互いの視線が合っていないことに気が付いて振り返り、そこにいたゆるキャラを華麗に二度見してから悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああなんだてめえは!」
まるで魔獣にでも遭遇したかのように怯えて派手に転んで、袋小路の壁まで後ずさった。
こんなラブリーなゆるキャラを見ただけでそんなに怖がるなんて、失敬なやつだ。
「えーっと、助けが必要か?」
「あ、はい。お願いします」
女性は小走りでこちらに走ってくると、ゆるキャラの背に抱きつくようにしてチンピラから身を隠した。
「なっ、なにもんだてめえ!」
「通り掛かった只の亜人だが」
「なら引っ込んでな!それとも古戦場跡の新規新鋭 〈トリストラム〉に歯向かうってのか?ああん!」
(すごいびびってうね)
ユキヨにすら見破られるくらいに及び腰で懐からナイフを取り出し構えるチンピラ。
声は変わらず張り上げているが、女性相手に凄んでいた時の余裕は消えていた。
「てめえも後ろの女とまとめて売り飛ばしてやろうか。その立派な毛皮を剥いでなあ!」
はいノルマ達成ありがとうございます。
大陸が変わっても人族の毛皮への異常な執着は相変わらずだ。
「〈トリストラム〉って一昨日に壊滅しただろ」
「なっ!?なんで知ってやがる。てか壊滅してねーし。てめえどこの組のもんだっ」
チンピラに動揺が走る。
なぜ知っているかと言えば、もちろんゆるキャラが壊滅現場にいたからだ。
〈トリストラム〉の一員のリリンが、トロールの留守を狙って攻め込んできた〈ノーザンナイツ〉と〈シュド連盟〉を単独で返り討ちにしていた。
その後リリンはゆるキャラと交戦、撤退したため形勢逆転して〈トリストラム〉はほぼ崩壊状態となった。
チンピラの言う通り完全崩壊ではなく、生き残った人族の構成員はまだ砦に残っている。
もはや風前の灯であったが、攻め込んだ二つの組織はとどめを刺すことなく撤退してしまった。
その理由はリリンによって〈ノーザンナイツ〉と〈シュド連盟〉にも多大なる被害が出ていたことと、リリン単独でそうさせられたという事実に怖気づいたからだ。
リリン曰く〈トリストラム〉の上層部がトロールで構成されていることを他組織は当然としても、なんと〈トリストラム〉の構成員たちすら知らなかった。
うまいこと正体を隠していたようで、構成員たちには上層部は何かしら得体の知れない存在としか認識させていなかったそうだ。
それが一昨日の抗争で闇の眷属であるリリンの存在が初めて露見する。
もし他の幹部もリリンのような強力な闇の眷属で、彼らが出張ってくれば返り討ちどころかそのまま各勢力の拠点まで攻め込まれて滅ぼされかねない。
というわけで〈トリストラム〉は壊滅寸前にはなっているものの、それ以上は手を出されていない状態であった。
「うちの幹部のお方はなあ、大勢の他の組のもんを一人で相手できるくらい強いんだ。亜人ごときがなめてんじゃねえぞ。他の白い毛皮と一緒に売り飛ばすぞ!……ん?亜人といえば一昨日の戦場に居たって話が……」
「おい」
「がひゅっ」
二人ともゆるキャラの動きには反応できない。
女性は寄りかかっていたもふもふが急になくなりつんのめる。
チンピラは構えていたナイフの間合いへあっさり侵入したゆるキャラに喉を掴まれ、壁に勢いよく叩きつけられた。
手から零れたナイフが地面に落ちて乾いた音を立てる。
締め付けられた喉からは肺の空気が漏れて聞こえた。
「他の白い毛皮ってなんだ?」
「ぐががぼ」
(はなさないとしゃべえないよ)
「おおっと」
ユキヨに指摘されてゆるキャラがようやく力を緩めると、チンピラが咳き込みながらその場に跪く。
むう、どうやら少し冷静さを欠いていたようだ。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!てめえなんか〈トリストラム〉にかかれば……」
「黙れ。俺の質問にだけ答えろ」
今度は冷静にチンピラの横の壁を蹴りつける。
オジロワシの黄色い鳥足で石壁を蹴り砕きながら、殺気でチンピラを威圧する。
するときゃんきゃん吠えていたチンピラがぴたりと黙った。
「よし、それじゃあ白い毛皮の詳細を……あれ?」
(あーあ)
殺気に耐えられなかったチンピラは、泡を吹き白目を剥いて気絶してしまっていた。




