222話:ゆるキャラと壁ドン
リリンとの酒席を終えた翌日、ゆるキャラはイスロトの冒険者ギルドを訪れていた。
現在ゆるキャラの側にはユキヨしかいない。
イルドとレキはそれぞれの村に戻って、生き残った者たちへの状況報告と今後の方針を決めるそうだ。
ゆるキャラも同行するか悩んだが、二人は自分のやりたいことをやって良いと言ってくれた。
レキの村まではイルドが責任を持って送ってくれる。
ティアネによるとトロールたちの性格からして、一度襲った場所にわざわざ戻って再度襲撃する可能性は低いらしいので、村民の意識次第では村の場所を変えずに復興を目指すことも可能だろう。
ゆるキャラにはゆるキャラのやるべきことがあるので、お言葉に甘えた次第だ。
とはいえまだ今生の別れではない。
先に用事を済ませたら一度は兎形族の村まで戻るつもりだ。
今回何故かゆるキャラに付いてきたユキヨを、隣の山にお返ししなければならないからな。
リリンから《意思伝達》のペンダントを借りているので、正直に言えばユキヨのお役は御免である。
しかし通訳としての矜持があるのか、単に人族の街に興味があるのか、もしくは提供している饅頭や羊羹に味を占めたのか。
はっきりとは言わないが、ユキヨはゆるキャラについていくと駄々をこねたので、仕方なく連れてきたのであった。
吸血鬼と邪人の主従ペアは街に入るわけにはいかないので、古戦場跡でお留守番だ。
リリンは吸血鬼だが日中も普通に活動している。
日光の下では「日の光を浴びると吸血鬼は灰になるのよ」と定番の弱点を自白しながらも、漆黒の日傘を差していた。
その漆黒の日傘は、背中の蝙蝠の翼を変形させて作ったものだ。
いやその翼も君の体の一部じゃないの?という指摘は微笑みながらスルーされたので、もしかしたら太陽を克服した究極生命体なのかもしれない。
「情報屋、ですか」
ゆるキャラの言葉に冒険者ギルドの受付嬢がこてりと首を傾げる。
「ああ。大陸の外のへの連絡と移動手段に詳しい人物を紹介して欲しいんだ」
ゆるキャラの目的といえば、元々居た大陸に戻ることだ。
色々と投げっぱなしにして別れてしまった仲間たちの元に帰らなければならない。
この世界での情報収集といえば情報屋である。
そして質の高い情報屋から情報を得るにはコネが必要だが、当然ゆるキャラにそんなものはない。
おまけに亜人なので足元を見られまくった挙句、嘘の情報を掴まされるかもしれない。
最悪余計に金がかかるのは仕方ないとしても、ガセネタは困るので冒険者ギルドで紹介してくれないかと相談しに来たのであった。
冒険者ギルド内に限っては、第三位階冒険者であるゆるキャラの信用はある程度保証されている。
なので直接情報屋と取引するより情報の信頼度が上がるのでは、という考えだ。
「申し訳ありませんが、冒険者ギルドが直接紹介することは出来かねます。……そういったことは別の、裏のギルドが管理していますので」
後半は小声で、カウンターから身を乗り出して受付嬢がこっそり教えてくれた。
牧歌的な雰囲気のエプロンドレスの制服がよく似合っている妙齢のお姉さんだ。
「あーそういう棲み分けがあるのね。それは申し訳ない。聞かなかったことにしてくれ」
〈冬東協会〉にも相応の対価を支払って同様のことを依頼している。
対価は四次元頬袋に仕舞っている竜族の財宝から捻出した。
景気良く財宝をくれた竜族のマリアには足を向けて寝られないな……第二大陸の方向はわからないけど。
こちらにはイルドというコネがあったので、適正価格でちゃんとした情報を集めてくれるそうだ。
とはいえ情報源はいくらあっても良いし、複数あれば情報の真偽の判断にも使えるかなと思ったのだが、そう上手くはいかないか。
しょんぼりと肩を落として冒険者ギルドを後にする。
オズワルドからは情報を集めるのに二、三日かかると言われている。
その間どうしようかね。
ガセネタ覚悟で自力で情報屋を探すか、レキとイルドの様子を見に行くか。
(とうじげんきだして)
マフラーの中から励ましてくれるユキヨを撫でながらイスロトの街を歩いていると、やはり亜人は珍しいのか通行人の視線をひしひしと感じる。
「自力で探すとしても、どうやって探せばいいのやら……ん?」
ゆるキャラに付いているエゾモモンガの耳が、通り掛かった路地の奥からの不穏な会話を拾ってピコピコと動いた。
「離して、離して下さい!」
「騒ぐんじゃねえ。お前は借金のカタに売られるんだよ」
「そんな、借金は毎月少しづつ返しているじゃありませんか」
「あれは利息分で元本は減るどころか増えてんだよ。お前が拒否するなら代わりに妹を売るからな」
「……っ、それは駄目です!」
なんともベタなやり取りが気になって路地を覗き込むと、そこは袋小路になっていた。
チンピラ風の男に壁ドンされた若い女性が、顔色を青くさせている。
そして大通りからひょっこり顔を覗かせていたゆるキャラと目が合った。




