22話:ゆるキャラと生態系
呑み比べでイレーヌにけちょんけちょんにされた俺ことゆるキャラは、翌日の昼までウッドデッキでぐったりとしていた。
完全に二日酔いである。
酒の強さは転生前と何ら変わらなかった。
〈コラン君〉が酒に強い設定なんて無いから当たり前か。
そしてイレーヌは相当のうわばみだったようで、ゆるキャラが酔いつぶれた後も兄や他の面子を片っ端から潰していったそうだ。
「フレイヤ先生、二日酔いを治す魔術はないんですか?」
「ありますよ。でもかけてあげませーん」
ウッドデッキの椅子に座って、優雅に紅茶を飲んでいた妙齢の美女は、頬を膨らませてつんとそっぽを向く。
少女じみた仕草に無理すんなと言いたくなるが、その美貌故か様になっていた。
どうやら昨晩の逃亡劇を根に持っているらしい。
あれは豹人族の兄妹に拉致られたのであって、ゆるキャラ的には不可抗力なのだが。
「トージ治癒が欲しいの?ならわたしがやってあげる!ええと、癒してみたせ……」
「はい、ダメですよフィン。午前中に約束したばかりじゃないですか。貴方は暫く魔術の使用を禁じます」
フレイヤが手にした杖を振るうと、フィンの詠唱が突然聞こえなくなった。
その事に気づいて妖精の少女が抗議の声を上げたようだが、それも聞こえないので口だけが動いている。
昨日無断で魔術を使用したフィンはフレイヤから説教された。
フィンが魔術を扱うにはまだまだ未熟で、不用意に魔術を使えば失敗するだけでなく暴発する可能性もあったのだ。
確かにあやふやな詠唱によって発動した魔術は不完全だった。
本来は風の刃を放つ魔術も、只の空気の塊を飛ばしていたな。
幸い不発も暴発もしなかったが次もそうなる保証はないため、しっかり修行して安全に扱えるようになるまでは使用禁止となった。
不完全だというのに規格外の威力が出た理由は〈コラン君〉印の〈商品〉のせいだ。
強力な魔力回復の効果がある〈ハスカップ羊羹(一本)〉や〈コラン君饅頭(八個入り)〉を毎日食べていたフィンは、妖精族の体質も相まって膨大な魔力を体に溜め込んでいた。
その魔力を一気に放出したため〈森崩し〉を屠ることができた。
おかげでゆるキャラおよび迎撃部隊の面々は生き延びたのこともあり、フィンには罰らしい罰は与えず説教と魔術の使用禁止のみで済んだのであった。
〈商品〉の提供も一日一種類を継続だ。
ちなみに一つの魔術に膨大な魔力を込めて威力を上げたり、詠唱を省略して連射したりするのはかなり高等なテクニックだそうだ。
それを不完全とはいえ我流で行使したフィンは、魔術の才能があるのではないだろうか。
「そういえばフレイヤ先生の魔術は無詠唱ですね」
「詠唱は魔術を発現させる要素の一つですが、他の要素に詠唱の役目を割り振れば無詠唱が可能になります。ただし効率や燃費は落ちてしまいます。これはあくまで一般的な手法であり、私の場合は加護のおかげですね。私の加護を詳しく知りたいですか?それなら私の家に引っ越ししてベッドの中でゆっくり説明を……」
「あ、ならいいです」
「……」
再びむくれる妖精女王。
「そういえば〈森崩し〉は両目を潰したのにこちらが見えているみたいだったけど、あれってどういう仕組みなんですかね」
「……それは〈魔素視覚〉ですね。目とは別に周囲の魔素を感知する器官があるのです」
不貞腐れながらもフレイヤが説明してくれる。
〈魔素視覚〉とは魔素の濃密を視覚化する能力で、〈森崩し〉はそれを顎の先に器官として備えていた。
魔素はこの世界のすべての生命及び物質に含まれているため、通常の視覚に劣らない情報量を得られるという。
サーモグラフィの魔素版といったところか。
まんま蛇の持つピット器官である。
不可視の魔術を回避したからくりである。
「〈森崩し〉は他の生物に含まれる魔素を食らう魔獣で、普段は濃い魔素を体に含んだ他の魔獣がいるリージスの樹海の深層に生息しています。〈魔素視覚〉も魔素を好む故の能力ですね」
「そんな奴がなんで里に下りてきたんですか?」
「深層にいる魔素の濃い魔獣を食べ尽くしたのです。そして少しでも濃い魔素を持つ獲物を求めて里に下りてきました」
〈森崩し〉の大移動は数年に一度の頻度で発生するという。
その度に樹海に住む亜人たちは迎撃部隊を編成して、少なくない犠牲を出しながらも討伐を繰り返してきた。
「〈森崩し〉を深層に閉じ込めておく方法はないんですか?それか成長して大きくなるまでに間引いちゃうとか」
「どちらも難しいですね。それに〈森崩し〉の大移動は決して悪いことばかりではありません」
まず〈森崩し〉を樹海の深層に閉じ込めるには、エサとなる強い魔獣を供給し続けなければならないがこれは不可能だ。
〈森崩し〉は魔獣を喰らって魔素を体内に取り入れれば取り入れる程、巨大化し強くなる。
そのためいずれは深層からは敵もエサも無くなってしまうからだ。
次に間引きだが、これは生態系という意味ではある程度機能している。
〈森崩し〉が他の魔獣との生存競争に負ければ自然と間引かれるからだ。
それでも数年に一度は〈森崩し〉が生存競争に勝ち続けて深層の王者となる。
そしてこの王者を人の手で間引こうと思うとやはり不可能だ。
深層は育った〈森崩し〉に匹敵する大型魔獣が無数に跋扈する魔境であり、人類未踏の危険地帯である。
〈森崩し〉一匹でさえ強敵だというのに、定期的に深層まで遠征して間引く戦力を樹海内に住む亜人たちでは用意できない。
「〈森崩し〉の大移動のおかげで、魔素の循環という恩恵もあるのです」
魔素とは生命の源であり、〈森崩し〉を倒せば溜め込んでいた魔素が周囲の環境を豊かにする。
見方を変えれば〈森崩し〉は深層の魔獣を間引いて里に下りてきて、討伐されて深層の魔素を浅層へ循環させる役目を果たしているとも言えた。
「へぇ~樹海の生態系はそうやって循環してるんですね」
などと感心していると、強風と共に周囲が暗くなる。
見上げれば見たことのある深紅の竜が羽ばたいていた。
ピカッと輝くと竜の姿は消えて、一人の幼女が空から降ってくる。
深紅の髪とワンピースをはためかせながら、真っ直ぐゆるキャラの元へ落ちてきたので両手を広げて受け止めた。
「トウジ、深層まで私とデートしよ」
開口一番、生態系の頂点に立つ竜からデートのお誘いを受けた。




