217話:ゆるキャラと説得(物理)
「説得も何も、相手は、聞く耳も、持たないんだが!」
ティアネちゃんとやらの連撃を必死に避けながらリリンに訴える。
リリンは回避する時にゆるキャラのマフラーから零れたユキヨを回収していて、掌に乗せて興味深そうに突っついていた。
ユキヨは天敵に捕まり防衛本能が働いているのか、綿毛を針のように尖らせ白いウニみたいになっている。
イルドが助けようとするがリリンの掌から黒い糸がニュルニュルと生えてきて、ユキヨを檻のように囲ってしまった。
「別に取って食べたりはしないわ。だから今は大人しくトウジがティアネを説得する様子を見ていましょう」
言葉は通じていないが意図は伝わったのか、ユキヨを人質に取られているからか、あるいは両方か。
イルドは唸りながらリリンを睨みつけている。
というかこんな状況でどう説得しろというのか。
ティアネの得物は短刀だが、体が大きいのに比例して腕も長く間合いが広い。
まるで槍を相手にしているかのようだ。
鋭い連続突きを飛び退いて躱す。
オジロワシの翼を羽ばたかせて体一つ分上昇し、頭上の木の枝に両手の爪を引っかけると、それを軸にして鉄棒競技の大車輪のように体を回転させながら枝に着地。
これで結構高さを稼いだつもりだったが、なんとティアネは下ではなく上にいた。
跳躍ひとつでゆるキャラより高く飛び上がると、今度は突きではなくフックを放つようにして外側から短刀が飛来する。
手首のスナップを利かせた鞭のようにしなる一撃が、避けたゆるキャラの代わりに枝をすっぱりと切断した。
再度翼を羽ばたかせて離脱しようとするゆるキャラ目掛けて、ティアネは空中で器用に腰を捻り回し蹴りを放つ。
灰褐色の丸い腹を蹴られてボールのように吹っ飛んだ。
通過する木々の枝をへし折りながら雪が積もっている地面まで墜落する。
起き上がればすぐ目の前にまで雪面を疾走してきたティアネが迫っていた。
体格通りの重さなら雪に足を取られそうなものだが、軽快な足さばきからはそう感じられない。
イルドのように何かしらの加護が作用しているのだろうか。
振り下ろしてきた短刀を、四次元頬袋から取り出した幅広の剣で受け止める。
金属同士がぶつかり合い火花が散り、甲高い音が夜の森にこだました。
突然出現した剣にはティアネも驚いたようで、ヴェールの下の整った唇を大きく開けている。
抜き身で取り出したので、まるで居合の達人が目にもとまらぬ速さで抜刀したように見え……そんな格好いいビジュアルではないか。
そもそも鞘が見当たらないしな。
力を込めて短刀を押し返そうとすると、ティアネは抵抗せず後ろに飛んで、着地と同時に踏み出し突きを放ってきた。
フェンシングの突き返しみたいだな、などと考えつつ横に体を捻って避けながら足払いを仕掛ける。
突きの姿勢でまだ硬直していたティアネは躱しきれず、足を横から掬われ横向きの姿勢で転倒しそうになったが、地面すれすれで片手を突いて堪えていた。
その姿勢のまま蹴りつけようとしたが、ゆるキャラは既に飛び退いていたため空振る。
ティアネはリリンに隷属していると言っていたがそれは吸血鬼的な意味、つまりリリンが血を吸って眷属にしたということなのだろうか?
「なあリリン。説得って具体的に彼女はどうすれば納得するんだ?てかそもそも言葉が通じない……しっ」
すぐさまティアネが突撃してきたため、リリンに話しかける余裕がない。
そしてそのリリンはユキヨを人質に取っているのだから、ゆるキャラとしても気が気でなかった。
仕方ない、ティアネを一旦落ち着かせよう。
相手は殺す気で来てるので返り討ちにしても問題なさそうだが、リリンと友好的な関係を築くなら極力穏便に済ませたい。
踏み込み放ってきた短刀の連撃を、幅広の剣で弾いていなしていく。
最初こそ不意打ちで遅れを取ったが、面と向かえばその実力はかつて戦った第三位階冒険者のシナンくらいだろうか。
足癖の悪さも彼に似ているが、彼ほど上手くはなかった。
ただし一撃の重さはティアネの方が上回っているかな。
すべてを受け流すと見せかけて、縦に振るわれた斬撃を真正面から受け止める。
そのまま押し込み鍔迫り合いに持ち込む……と見せかけて一気に身を引くと、負けじと押し込もうとしてたティアネの上体が前方につんのめった。
幅広の剣はその瞬間に手放して、ティアネの肘を掴みながら懐に潜り込む。
そして担ぎながら肩越しに引っ張り投げた。
いわゆる背負い投げだ。
「がはっ」
受け身を取れずに背中から地面に叩き付けられたティアネの口から空気が漏れる。
短刀を握る手の力が弱まったのを狙って奪い取り、ティアネの首筋に突き付けた。
我ながら完璧に決まったぜ。
柔道技なんて高校時代ぶりに使ったが、意外と体が覚えているものだなあ。
ゆるキャラの中の人が通っていた高校は柔道の名門校で、メダリストも輩出してた。
中の人は柔道部ではなかったのだが、放課後に柔道部の友達の相手をよくしていたので多少心得があったのだ。
その友人はよく海外の試合に参加していて、その度に高校を欠席扱いにならない特別欠席になっていたのを思い出す。
今となっては大昔の話だ。
「ふ、ふええええええええええん」
なんてうっかり遠い思い出に耽っていたら、下から変に可愛らしい泣き声が聞こえてきて驚く。
もちろん泣き声の主はティアネしかいない。
背負い投げにより顔に掛かっているヴェールが捲れているのだが、その顔は思ったよりも大分幼かった。
人間で言うなら十代半ばから後半くらいだろうか。
巨体に見合わない声と顔で泣くティアネに、只々困惑するゆるキャラであった。




