216話:ゆるキャラと隷属
咄嗟に槍を構えるイルドを手で制して、吸血鬼少女の出方を伺う。
イルドはともかく、レキとユキヨを守りながらとなると相当厳しい。
「今晩は争うつもりはないわ」
そう言って枝から飛び降りると、羽毛が舞うかのようにゆっくりと落下してきた。
着地して焚火に照らされた姿は、昨晩も見たフリルマシマシのゴスロリ服と厚底ブーツに身を包んだ少女だ。
闇の眷属という邪悪な存在の魔力を感じ取って、レキはイルドの背中に隠れるように登った。
ユキヨもゆるキャラのマフラーに綿毛のような全身を潜り込ませる。
「ねえ貴方、私の仲間にならない?」
「……条件次第では考えなくもないな」
探りを入れるためにあえて前向きな回答をすると、何故か少女は驚いていた。
「普通の人種ならそっちの馬のお姉さまのように、親の仇を見つけたみたいに問答無用で襲ってこようとするのに、貴方はやっぱり変わってるわね」
創造神に造られてこの世界に住んでいる生物にとって、外から侵略を企む外様の神の僕である邪人と闇の眷属は天敵である。
基本的にお互いが出会ったら殺し合いになる間柄だ。
というかイルドからしたら仇みたい、じゃなくて同胞の仇そのものだから怒りの形相になるのも無理はない。
邪人や闇の眷属が必ずしも邪悪で敵対しているわけでないと、ゆるキャラは知っているが……。
相手を眼光で殺せそうなくらいに睨みつけているイルドを、どうどうと宥めながら少女との会話を進める。
「まず名前を聞いてもいいか?」
「あら失礼、そういえば言ってなかったわね。私はリリンよ。見ての通り吸血鬼と呼ばれているわ」
その場で一回転してから優雅に一礼をするリリン。
明るいところで身に着けているゴスロリ服と厚底ブーツを改めて見ると、非常に精巧に作られていることがよく分かる。
襟元に商品タグがついていても驚かないな。
まあ(見た目は)少女相手に襟元見せろとも言えないし、昨晩は全身を無数の蝙蝠に変身させていたので、ただの服でもないのだろう。
「仲間というか話し相手が欲しいのよね。一応他に仲間はいるんだけど、まともに会話できる相手が一人もいないの。ちゃんと意思疎通の出来る相手がいるって素晴らしいことだと思わない?ねえトウジ」
含みのある言い方をしつつ、リリンが一歩踏み出してゆるキャラを見上げると、宝石のように澄んだ碧い瞳が妖しく煌めいた。
そういえば昨晩の汚いお嬢様言葉の件は無かったことになっているようだ。
交渉の切り札……いや、交渉決裂のとどめにしかならなそうなので話題にするのはやめておこう。
「仲間ってトロールのことか?」
「私の仲間になったら詳しく教えてあげるわ」
「仲間になれって具体的に何をするんだ?一緒に亜人や人族を襲えばいいのか?」
「そんなことはあいつらに勝手にやらせておけばいいわ。私は興味ないし貴方にやらせるつもりもないの。最初に言った通り話相手として常に側にいて欲しいだけよ。それ以外には何も求めないし、なんなら逆に私が他の全てを貴方に与えて満たしてあげるわ」
リリンが意味ありげに自身の唇を舌で舐める。
焚火に照らされている真っ赤な舌が扇情的に映る……のかもしれないが、人間としての欲求が大分失われているゆるキャラへの影響は少ない。
提案が真実であれば麗しい吸血鬼少女のヒモになれるわけだが、実際のところはどうなんだか。
率先して人種に仇なすつもりはないようだが、昨晩はサクサク人族を狩っていたので気分によってはあっさり裏切られるかもしれない。
信用はできないが相手の生態は非常に気になる、というかまたとないチャンスであろう。
「俺からも条件がある。俺は別の大陸から来たんだが、その大陸に帰りたい。バレてると思うが俺もこの大陸の言葉が分からない。だがそのペンダントを貸してくれたなら人族の言葉も君の言葉も分かるようになる。情報を集めて元の大陸に帰る目途が付くまでなら、一時的に仲間になってもいい。もちろんその間は人族への攻撃も無しだ」
「随分自分勝手な要求ばかりするのね」
リリンが目を細めると周囲が冷気に包まれたような錯覚に陥る。
目の前に焚火があるというのに、熱を一切感じさせない程の殺気を放ったのだ。
「ぎゃっ」っと短い悲鳴を上げてレキがイルドの腰に縋りつき、イルドは飛びずさってリリンから距離を取る。
殺気に当てられて体を震わせている。
果たしてそれは武者震いからか、恐怖からか。
ユキヨはゆるキャラのマフラーの中で完全に気配を殺していた。
リリンが殺気を発してたのは数秒のことで、すぐに周囲は元通りになる。
「貴方だけ動じないのね。まあその条件でいいわ」
「え、いいのか?」
まさか全面的にOKするとは思わなかったので、さっきとは逆にこちらが驚いてしまう。
「言ったでしょう。私は話し相手が欲しいだけだって。ああ、でもね……」
リリンが顎に指を当てて空を見上げた。
釣られて皆が見上げると、何かが落ちてくる。
それは結構な大きさだったが、視界に入るまで気配を一切感じなかった。
黒い固まりが焚火の前に音もなく着地すると、それが膝立ちでうずくまる人影だと分かる。
全身黒装束に身を包み、顔には黒いヴェールが掛かっているため口元しか見えない。
繊細な造形の唇からしておそらく女性と思われるが、その人物が立ち上がると背の高さに驚かされる。
ゆるキャラよりも頭三つか四つ分高い。
ぽかんと見上げていると、胸元に何かが飛来したので慌てて飛び退いた。
遅れてやってきた鋭い痛みと共に、胸元の灰褐色の毛がじわじわと赤く染まっていく。
黒装束の人物の腕にはいつの間にか短刀が握られていて、切先はゆるキャラの血で濡れていた。
「私は別にいいんだけどね。私に隷属しているティアネちゃんは、トロール一味から離れるのを嫌がると思うから、頑張って説得してね」




