215話:ゆるキャラとコンタクト
二人組の門番がゆるキャラへ珍獣でも見るかのような目を向けている。
いやまあレアリティで言えば間違いなく珍獣ではあるのだが。
砦の偵察を終えたゆるキャラ一行は翌朝、犯罪組織の温床である古戦場跡を抜けてオレスター王国の街に入ろうとしていた。
明るくなってから間近で見る古戦場跡は、森と一体化したスラム街といった雰囲気だった。
古戦場跡もオレスター王国内という扱いなのかは分からないが、犯罪組織の構成員だけでなく子供や老人も住む街を形成しているようだ。
亜人三人組プラス精霊という奇抜な面子ということもあり、門番からは色々と質問攻めにあった。
ユキヨには黙ってもらっていたので、イルドがどう門番と話をつけたかは後で聞こう。
イルドが冒険者証を見せてからはあからさまに態度を変えていた。
金冠第三位階冒険者の地位の高さが伺える。
ちなみにゆるキャラもイルドに促されて自分の冒険者証を見せたが、意匠が違うからか偽物判定を食らい門番に鼻で笑われた。
ぐぬぬ……。
ここはイスロトという名前の街だそうで、街並みはこれまでに訪れたことのあるレヴァニア王国やヨルドラン帝国とそう変わらない。
強いて違いを上げるとすれば、道行く人が皆人族で亜人は全く見かけないことだろうか。
それ故にゆるキャラたちは非常に目立っていて、好奇と怯えがない交ぜになった視線が突き刺さる。
こういう視線に慣れていないのか、レキがゆるキャラの赤いマフラーの裾をぎゅっと握っていた。
冒険者ギルドに到着するとそういった視線はかなり緩和される。
ここでもイルドの第三位階冒険者という肩書が役立つ、というか本領を発揮した。
相変わらず言葉は分からないが、周りの冒険者や受付嬢の態度からイルドへの畏敬が感じられる。
他大陸基準にはなるが、第三位階以上の冒険者ともなると冒険者全体のうち一割未満しか居ない精鋭だ。
神無き大陸故に魔獣や闇の眷属の勢力が強いとなれば、それと戦う冒険者の地位も他大陸より高いかもしれないな。
イルドとレキのトロール襲撃の報告を受けた受付嬢は、顔を真っ青にしながら二階へと駆けて行った。
周囲の冒険者もトロールという単語が聞こえたのかざわつき始めている。
受付嬢が連れてきたのは、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた髪型にした中年男性だ。
鋭い眼光をゆるキャラに飛ばした後、イルドやレキと会話を始める。
彼がここのギルドマスターだろうか。
未だに《意思伝達》の影響下ではないので、ユキヨの通訳にエゾモモンガの耳を傾ける。
改めてトロールの出没情報をまとめるとこうだ。
二日前の未明、兎形族の村を襲撃する。
村民の大半が大量の血痕と共に姿を消し、運良く十数名だけが村はずれの地下収納に逃げ込むことができた。
一日前の日中、今度は山二つ隣りの騎馬族の村を襲撃する。
果敢にも抵抗した多くの騎馬族が殺され、逃がされた子供と狩りで不在にしていたイルドとオルドの姉弟が生き延びた。
そして昨夜、古戦場跡で勢力を拡大している新参組織の砦を偵察。
吸血鬼少女を撃退後、僅かな時間だが砦への潜入に成功したゆるキャラであったが、内部はもぬけの殻だった。
潜伏が疑われたトロールはもちろん、新参組織の構成員すら一人もいなかった。
連れ去られた兎形族の痕跡も見つからず、唯一の手掛かりは吸血鬼少女が仄めかしたトロールの存在だ。
妙に乱暴でお嬢様言葉な独り言がゆるキャラに聞かれいていると知った彼女は、羞恥で顔を赤くしながら《意思伝達》の効果を持つブローチを使ってもトロールとは会話ができないと愚痴っていた。
留守番とも言っていたし、ほぼ間違いなくトロールの仲間だろう。
古戦場跡での一件をイルドが説明すると、ギルドマスターの視線が再びゆるキャラへと向けられ何かを問いかけられる。
(おまえはなにものだ だって)
「何者だって言われても説明すると長くなるなあ」
別に隠す必要も無いので、素直に別大陸から来た旅の冒険者だとユキヨ経由で伝えた。
さすがに混沌の月から降ってきたと言うと正気を疑われそうなので、移動手段は適当に船と徒歩ということにする。
別大陸と聞いて疑惑の眼差しを深めるギルドマスターであったが、ゆるキャラの冒険者証を見てようやく納得した。
よかった、門番みたいに鼻で笑われなくて。
冒険者証には名前や階級、血液による本人情報などが目に見える刻印だけでなく内部データとして入っているのだが、神無き大陸の冒険者ギルドでも読み取れるようだ。
ゆるキャラの素性がある程度保障されたことにより、砦に関する情報も一応信用される。
現時点で人族の村が襲われたという情報は無いらしい
冒険者ギルドはトロール及び吸血鬼の討伐部隊を編成。
古戦場跡の他の犯罪組織と話をつけて、新参組織の砦を制圧する内容で話が進む。
相当の強敵と予想されるため、討伐部隊の編成には他所からの招集も必要だった。
よって作戦が決行されるのは早くても二週間後となる。
レキやイルドの亜人族の村についての言及は一切無い。
情報提供には感謝するが、亜人の村を助ける義理は無いといった冷たい態度だ。
二人は元からそこまで期待していなかったのか、特に訴えることもなくそのまま冒険者ギルドを後にする。
トロールたちが無事討伐されて安全が確保されれば、自分たちの手で村を復興させるつもりなのだ。
イスロトの街を出たゆるキャラ一行は、今晩も古戦場跡の外れで野宿となる。
……さて、そろそろゆるキャラは身の振り方を考えなければならない。
イルドとレキは人族のトロール討伐を待つ間、村の人々をどこかへ避難させるそうだ。
あの人数で復興が可能なのだろうか?仮に出来るにしても、長い年月が掛かるであろうことは間違いない。
申し訳ないがそろそろ自分の事を優先しよう。
そう思い皆に話しかけようとした時、頭上に気配を感じて見上げる。
するとそこには生い茂る木々から零れる月明かりを背にして、木の枝に座って足をぶらぶらさせる少女のシルエットがあった。
その背中には蝙蝠の羽が生えている。
二夜連続で登場したのはあの吸血鬼少女であった。




