214話:ゆるキャラと羞恥心
ゆるキャラの登場により盛り返したのは侵攻側の連中だ。
数的有利も一瞬で覆され敗戦濃厚だったところに、謎の亜人が現れて吸血鬼少女の相手を引き受けた。
あいつが抑え込んでいるうちに一気に攻め込むぞ、と言ったかどうかは知らないが気合十分に侵攻を再開している。
別にゆるキャラはお前たちの助っ人外国人枠じゃないんだが。
億越えの年俸を要求するぞ。
ただこれで戦況が拮抗するくらいまで持ち直せば、砦を偵察する余裕が生まれるかもしれない。
ゆるキャラが目の前の吸血鬼少女をどうにかすることが前提だが。
黒い糸は縦横無尽に、四方八方からゆるキャラへと襲い掛かった。
側面や上空からはもちろん地面の下からも針のように飛び出してくるので、蛇行して切り抜ける。
そしてある程度距離を取ってから、少女を中心にして円を描くようにして走り続けた。
白霧夜叉戦でも使用したゆるキャラお得意の戦術「外周ダッシュ」だ。
適度に距離を取りつつ常時動いているので、限られた空間で時間を稼ぐのに有効な手段だが……。
「小賢しくてよ」
「おわっ」
目の前の地面から突然黒い糸が飛び出したため、外周ダッシュは二週目に入って早々に終了となる。
どうやら一部の黒い糸は一周目で通過した後、ゆるキャラを追跡せずに地面に潜伏させていたようだ。
置き攻撃とは、白霧夜叉と違って賢いじゃないか。
幅広の剣で咄嗟に打ち払ったが絡め捕られてしまう。
仕方なく柄から手を放し、黒い糸から逃れるべく外周ルートから外れる。
風を切る微かな音を頼りに首を傾けると、頭のあった場所を黒い糸が通過して足元に転がっている丸太を貫通した。
その糸と交錯するようにして別の糸が丸太の下から飛び出してきたので、頭を傾けた方向へ勢いを殺さずに前転して躱す。
転がった先でも獲物を待ち構えるトラバサミのように、黒い糸が渦を巻いていたので飛び越えた。
右へ左へ上へ下へと躱し続けるが、徐々に余裕は無くなり追い詰められていく。
黒い糸の少ない方へと逃げ続けた結果、いつの間にか正面には吸血鬼少女の姿が。
ゆるキャラが正面に来るように巧みに誘導したのだろう。
「チェックメイトかしら」
遂に全方位が黒に埋め尽くされ、正面の少女からも円形の黒い壁がゆるキャラを捕り込もうとせり出してくる。
詰みの状況に見えるが果たしてそうだろうか?いいや違う。
満を持して振るうのは、魔力を熾すことに専念していた大剣だ。
幅広の剣で払った時の感触からすると、充填率は二割程度だがこれで十分なはず。
少女に導かれるまま前進し、腰だめに構えた大剣を斬り上げる。
ゆるキャラの感覚に狂いは無かったようだ。
幅広の剣で幾度となく斬り付けても切れなかった黒い糸―――元を辿れば少女の背中から生えている影のような黒い翼を、紙のように切り裂いた。
目の前に迫った黒い壁を斬り捨てると、その向こう側で驚いた表情の少女と視線が交わる。
まずは翼を斬り落として無力化しよう。
などと甘いことを考えつつ、返す刃で大剣を振り下ろそうとした時……ゆるキャラの体が金縛りにあったかのように動かなくなった。
「ビビらせんじゃねーですわ。まあビビっただけで問題は無いのだけれど」
掲げた大剣を振り下ろせない。
内心焦りつつ自らの腕に視線を送ると、斬り捨てたはずの黒い壁が空中に留まっていて、枷のように形を変えてゆるキャラの腕を拘束していた。
黄色い鳥足も同様に拘束されている。
なんてことはない。
吸血鬼少女の操る翼は、切断しても独立して動くのだ。
この瞬間まで翼の延長として、有線で動かしていたのはブラフだったのだろうか。
もしかしたら距離が離れると精度や威力が落ちる、といった制約はあるかもしれないが、至近距離に限ってはいくら力を込めても拘束を解くことは叶わなかった。
「まさか翼を斬られるとは思わなかったわ。でもようやく捕まえた。んもう、転がり回ったから土まみれじゃないの」
少女はゆるキャラに近付くと丸い腹の灰褐色の毛並みを撫でまわす。
土で汚れていなければ顔を埋めていそうだ。
さて、ピンチだがどうしようか。
奥の手があるにはあるが手足が拘束されているため、ほぼ自爆となってしまう。
ゆるキャラが逡巡している間も少女の独り言は続く。
「無駄な抵抗をせず私のペットになるなら、皮を剥ぐのをやめて差し上げましてよ。名前はそうねえ、ドンザエモンとトトカルパッチョ、どちらがいいかしら」
な、なんて酷いネーミングセンスなんだ。
げろしゃぶかフーミンといい勝負じゃないか?
「よし決めましたわ。トトカ……」
「トウジだ」
「……へっ?」
「俺の名前はトウジだ。勝手に変な名前を付けないでくれ」
急に返事をしたからか、ゆるキャラの腹を撫でていた吸血鬼少女の手がぴたりと止まる。
そして錆びたドアノブのようにギギギとぎこちない動きでゆるキャラを見上げた。
「もしかして、全部聞こえてた?」
「ああ」
そこからの少女の反応は顕著だった。
「……は、は」
「は?」
「恥ずかしい!」
一気にのぼせたかのように赤くした顔を両手で覆いしゃがみ込む。
耳まで真っ赤なので隠せていないが。
「いやいやいやいやどうして私の言葉が理解できてるのよ。貴方亜人でしょ?闇の眷属じゃないわよね?」
「そうだな。亜人だけど何故か《意思伝達》経由で理解できるんだよ」
「こいつか、こいつが悪いのかっ。どうせトロールにも誰にも通じないし外しておけばよかった!」
少女が首にかけているペンダントのようなものを握りしめて怒っている。
どうやらあれに《意思伝達》の効果が付与されているようだ。
え、それ欲しいんですけど。
「無理無理、もう無理。変な喋り方が丸聞こえで恥ずかしくて死ねる」
次の瞬間、少女の姿がぼやける。
全身が背中の翼のように真っ黒になったかと思うと、今度はバラバラに崩れ始めた。
そしてそのひとつひとつが空へと舞い上がる。
それらは蝙蝠の形をしていて、小さな翼を羽ばたかせてどんどん飛び去って行く。
途中でゆるキャラの拘束も弱くなり、地面に放り出される頃には少女の姿は忽然と消えていた。




