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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
7章 E.L.E

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213話:ゆるキャラと黒い糸

 もたもたしていたらあの吸血鬼少女が、あっという間に戦場を制圧してしまうだろう。


 急いで砦に向かおうとしたゆるキャラの鳥足に何かが絡みついた。

 そして思いっきり引っ張られる。


 ユキヨは咄嗟にマフラーに手を突っ込んで外へ放り投げた。

 その間に樹上から一気に引きずり降ろされ、地面にべしゃりと叩き付けられる。


「ぐべっ」

「何かがうろちょろしていると思ったら、随分と可愛い鼠さん……?ね。どこの組の者かしら」


 這いつくばったまま見上げるとそこには、前かがみになってゆるキャラをしげしげと観察している吸血鬼少女の姿が。


「こんな不思議な生き物を飼っているなんて聞いていませんわ。ところで貴方()立派な毛皮をしているのね」


 碧眼を怪しく輝かせながらにじり寄ってくる少女。

 返事をしそうになるのを我慢すると、喉からはグルルと唸るような音が漏れた。


「あらあら、怖がらなくても大丈夫。私はか弱いから心配無用でしてよ」


 木々や男共を薙ぎ倒しておいてどの口が言うのだろうか。


 おそらくだがこの少女は《意思伝達》の魔術を使っているのだろう。

 《意思伝達》は互いの発言を理解できる言語に自動翻訳してくれる魔術だが、そこには規格の壁が存在していた。


 規格の基準は自らの創造主が誰か、である。

 創造神に造られた知的生物同士だと自動翻訳が有効で、それ以外の規格、例えば外様の神に造られた闇の眷属の言葉は翻訳されない。


 これはヨルドラン帝国の〈残響する凱歌の迷宮〉に隠れ住む闇の眷属、グレムリンとの邂逅時に実証されている。

 ちなみにあくまで創造主基準なので、裏切り者の邪人も一応創造神の規格だった。


 そして何故かゆるキャラは創造神と外様の神、両方の規格に対応している。

 このことが何を示しているかは……推測の域を出ないので保留にしておく。


 少女は仲間の人族の言葉を聞き取れていなかったので(意味自体は正確に理解していたが)、闇の眷属でほぼ間違いないだろう。


 つまり乱暴なのか丁寧なのか分からない彼女の物言いは、全て独り言であった。

 まさかゆるキャラがその独り言を全て理解しているとは思うまい。


 ネタばらししても良いのだが、もう少し泳がせたほうが有益な情報をぽろっと漏らすような気もする。

 問題は泳がせる余裕があるかどうかだが。


 後ずさるゆるキャラに逃がすまいと少女が手を伸ばす。

 少女の指先ではない側面から迫る何かを察知し、飛び退いて躱した。

 直後にゆるキャラのいた場所を通過したのは、今しがた鳥足に絡みついていた黒い糸の束のようなものだ。


「ちっ、勘のいい畜生ですわね」


 少女の罵倒に黒い糸が呼応して、まるで意志を持っているかのように空中で曲がってゆるキャラへと襲い掛かる。

 黒い糸の出所を視線で追いかけると、少女の背中から生えている蝙蝠の翼へと繋がっていた。


 先程から男共を屠るのに大活躍していたのは、この変幻自在の影のような翼だったのだ。

 剣や両手斧だけでなく矢と火球の雨あられさえも容易に防ぎ、しまいには円状の輪となって瞬時に広がり、周囲を一撃で壊滅させてしまった。


 黒い糸から距離を取るべく背を向けて走り出す。

 倒壊した巨木を飛び越えたところで振り返ると、黒い糸は巨木を避けようともせずにゆるキャラへ最短距離で向かってくるところだった。


 無数の黒い糸の一本一本が鋭い針のようになって巨木へ突き刺さる。

 高密度、高強度の針束に穿たれた巨木には破砕音と共に大穴が生まれた。


 巨木を貫通しても尚、黒い糸の速度は一向に衰えない。

 なんとなく予想はしていたが、このまま森に逃げ込んでもこちらの動きが鈍るだけで不利になってしまいそうだ。


 四次元頬袋から取り出していた幅広の剣(ブロードソード)で迫り来る黒い糸を斬り払う。

 その感触は金属の棒を斬りつけたように硬く重く、切断することは叶わない。

 なんとか軌道を真上に反らすことは出来たが、黒い糸はすぐさまゆるキャラの追跡を再開する。


「あら、そんな物騒なものどこから取り出したの?その手触りの良さそうな毛皮の下?雨に濡れたらやせた悲しい姿になるの?」


 散歩でもするかのように、手を後ろに組んだ少女が優雅に歩いている。

 周囲の景色が切断された木々と犯罪組織の男共なのでギャップが激しい。


 僅かに稼いだ時間で再び黒い糸と少女に背を向けて走りながら、今度は大剣(バスターソード)を取り出す。

 最近頼りっぱなしの〈月明剣(げつめいけん)〉だ。


「さすがにそれは隠し持てる大きさじゃねえですわ。どういう仕組みか教えてくださる?」


 少女が指揮棒を振るうように手を動かすと、直線的な動きだった黒い糸が突然四方に展開される。

 投網のように広がり降り注ぐ糸に絡め捕られそうになるが、くるりと反転。

 前傾姿勢のまま前方向へ駆け抜けて躱した。


 僅かに接触しそうになった糸の端は右手の幅広の剣で、暖簾をくぐるかのように払いのける。

 左手には大剣を握っているが、こちらは持ち上げずに地面を引きずるがままだ。


 黒い糸を防ぐだけなら幅広の剣だけでも出来る。

 本当は切り払いたかったのだが、それは現在魔力を熾している大剣のアイドリングが終わり次第だ。


 突然向かってくるゆるキャラに少女は怯むこともなく、迎え入れるように両手を広げる。

 背後からは依然として追尾してくる黒い糸。


 相手は闇の眷属で人族を(犯罪者共だが)大量に、しかも味方を巻き添えにして殺戮している。

 だというのに可憐な見た目も相まってか攻撃を躊躇ってしまう。

 いや、独り言から情報を引き出すんだったな、そうだったそうだった。


 ルリムやアナ、グレムリンのように邪人や闇の眷属だから邪悪、という図式が必ずしも成り立たないことを知っている。

 だからもう少し様子を見ようではないか。

 邪人絶対殺すマンのオグトとは相容れないな。


 少女に激突する直前で鳥足を突っ張り急制動をかけ、土埃を巻き上げながら横に飛んで少女から離れる。

 少女はゆるキャラの代わりに土埃と背後から迫っていた黒い糸と抱擁を交わし……それらは全て、少女の前方に突如出現した黒い円形の壁が吸収してしまう。


 あのまま少女に攻撃を加えようとしていたならば、ゆるキャラがあれに飲み込まれていただろう。


「んもう、めんどくせえですわ。足の一本でも斬り落としたら大人しくなるかしら」


 ……やっぱりやられる前に攻撃したほうが良いだろうか?

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