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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
7章 E.L.E

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211話:ゆるキャラと抗争

 今宵の夜空に浮かぶ月はひとつである。

 地球ならひとつが当たり前だが、ここアトルランでは最大五つの月が空に浮かぶ。


 五つの月はそれぞれの大陸と対になっていて、各大陸の守護神である中柱の神が御座おわす場所である。

 転生して結構経つが、また勢ぞろいしたところは見たことがない。


 なんでもとある月が神出鬼没でなかなか姿を見せないため、五つの月が揃うのはごく稀なんだそうだ。

 だから揃った時は天体ショーのように盛り上がるらしい。


 そんな無駄にレアリティを上げる動きをする月といえば、もちろん我らが猫の棲み処である混沌の月だ。

 そういえばゆるキャラは混沌の月に至ったんだったな。

 立体映像で作られたかのような森にちょっと滞在した後、すぐにアトルランに落とされてしまったので、月そのものの姿を見る事すらなかったが。


 月は赤や緑といった様々な色で発光するため、組み合わせによっては目に優しくない。

 今宵は白く輝く月がひとつなので、色も光量も地球のそれと似通っていた。


 一応満ち欠けもするようだが、今は満月(フルムーン)である。

 しんしんと雪が降り積もる森を照らす月光。

 月が綺麗ですね、とでもロマンチックにイルドへ語りかけたいところだが……。


(なんかようすがへんだって)


 うん、そうだね。

 トロールの関与が疑われる新参組織とやらを偵察しようと、古戦場跡に足を踏み入れたゆるキャラたちであったが、予想外の状況に困惑していた。


 森のあちこちで人族対人族の戦闘が繰り広げられていたのだ。

 どちらも柄の悪い連中で武装も統一感が無いため、傍から見ると敵味方の区別すら付かない。


 剣や斧、槍による接近戦、弓や魔術による遠距離戦の両方が入り乱れ、怒号や魔術による火花や閃光が飛び交っていた。

 よく同士討ち(フレンドリーファイア)しないものだなあ。


 イルドが古戦場跡に巣食う犯罪組織の縄張りは大体把握しているとのことなので、新参組織の縄張りまで案内してもらい、内部へはゆるキャラとユキヨで潜入するつもりだった。

 どうしてイルドが犯罪組織に詳しいのかだが、亜人が人族と取引しようと思うと合法的な手段だけでは成立しないことが多いからだそうだ。


 そうえいばこの国の人族は差別意識が強く、亜人を対等に扱わないと言っていたな。

 物の売り買いひとつ取っても、足元を見られまくるのだろう。


 足元を見るという点なら非合法な組織相手の方が酷いような気もするが、実際はそうでもないらしい。

 彼らには彼らの(ルール)があり、人族、亜人に関係なく強者には敬意が払われる。

 そして金冠の第三位階冒険者証を持つイルドは当然強者に入るというわけだ。


「もしかして新参組織に他組織が攻め入ってる?」

(そうみたい だって)


 木の陰から観察していると、片方が攻め込みもう片方が防衛している様相が浮かび上がってきた。

 犯罪組織間の抗争に巻き込まれたというわけか。


 素人目に戦況は拮抗していて、防衛側に人族以外の存在も認められない。

 トロールは彼らが守っている砦に引き籠っているのだろうか?それともイルドの予想はハズレで無関係なのだろうか?


 ひょっとしなくてもこれはチャンスだろう。

 イルドに視線を送ると、彼女も理解しているようで頷いた。


「混乱に乗じて砦に潜入してみる。イルドとレキは山の麓で待機していてくれ」


 二人が去るのを見送ると、ふわふわ浮かんでいるユキヨをマフラーに突っ込んで移動を開始。

 抗争は地上戦がメインのため、視線に入らないよう樹上に登り物音を立てず軽やかに飛び移っていく。


 伊達に野生動物のエゾモモンガとオジロワシのキメラはやっていない。

 面目躍如というやつである。


 新参組織と思われる連中は砦を守るように前線を展開していて、今のところ砦への接近は許していない。

 しかし侵攻している組織の人数は防衛する側の倍近いため、このままだと前線を突破されるのも時間の問題だろう。


 人数差があるのは新参組織だから人数が少ないのか、侵攻する側が複数の連合組織だからか、あるいはその両方か。

 見た目は全員柄の悪いごろつきなので、ゆるキャラには一切判別できないが。


 などと言っている側から前線の一部が崩壊しかかっている。

 砦まで攻め込まれたら、ゆるキャラの潜入する余地が無くなってしまう。


 急いで砦に向かおうとした時、不意に頭上から声が聞こえた。


「今夜は月が綺麗ですわね」


 ぎょっとして動きを止めて視線を上げると、月を背にした小柄なシルエットが浮かび上がっていた。

 逆光だがフリルの付いたスカートと厚底ブーツ、腰まで伸びた真っすぐな髪、そして背中から生えた蝙蝠の羽がしっかりと見える。


 妙に良く通る可憐な声が騒然としている戦場を駆け巡ると、全員が一斉に夜空を見上げた。

 そのすぐ近くの木にゆるキャラがくっついているわけで……まずい見つかったかと思ったが、全員が空飛ぶ存在に釘付けだったため発見は免れたようだ。


「相変わらず敵も味方もむさ苦しい殿方しかおりませんわね。これらの相手だなんて、留守番も楽じゃありませんことね」


 愚痴を零しながらゆっくりと地面に降り立つと、その姿が露わになる。

 一言で言い表すならゴスロリ少女だ。


 黒と赤を基調にしたフリルマシマシのドレスに、絹のようにさらさらと流れる銀髪と宝石のように輝く碧眼。

 顔の造形は精巧に作られた人形のように、左右対称、歪みなく整っている。

 背中から生えていた蝙蝠の羽は、影がくっ付いているかのようにのっぺりしていた。


 色々と違和感があって困惑する。

 あのゴスロリドレス、やけに洗練されてないか?


 これまでに王族の衣類やメイド服を見てきたが、それらより遥かにデザインが()()()だ。

 いやまあこの世界のゴスロリドレスは初見なので、もしかしたらゴスロリだけ妙に洗練されている、という可能性も無くはないが……。


 それにどうして彼女の言葉をゆるキャラは理解できているんだ?


 どう考えても場違いなゴスロリ少女に、抗争中の男共の動きも止まるかと思ったがそんなことは無かった。

 特に侵攻側の連中は殺意を剥き出しで、雄叫びを上げならゴスロリ少女に突撃する。

 可憐な少女に総勢四名の男共が群がる光景は衝撃的だが、その後の出来事は更に衝撃的だった。


 少女が華奢な腕を横に振るう。

 指揮棒を振るような、軽やかで優雅な動きだ。


 次の瞬間、殺到していた男共の周囲を血風が駆け巡る。

 その血は男共自身から出たものだ。


 少女の元へ一歩踏み出す度に男共の体が小さくなる……いや、全身が細かく切り刻まれ、体の端から零れ落ちているからそう見えたのだ。


 四人とも全員が足先や腕、頭部などが胴体から順次切り離されていく。

 結局少女へ辿り着くことなく、ブロックのおもちゃをバラバラに分解したかのように全身が崩れて地面に転がった。


 断末魔を上げる間すらない、一瞬の出来事であった。

 少女は指先で滴る血を真っ赤な舌で舐め取ると、顔を顰めて吐き捨てた。


「くっそまずい血ですわ。とてもじゃないけど眷属にはさせられなくてよ」


 その悪態を聞いて、吸血鬼という単語がゆるキャラの脳裏に浮かんだ。

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