21話:ゆるキャラと宴
「治癒魔術はしっかり効いているようですね。体のどこか動かなかったりする所はありませんか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
フレイヤ先生のメディカルチェックを受ける。
関節を回したり屈伸してみたりしたがどこにも異常は無い。
直視するのも怖いくらい鳥足は変な方向に曲がっていたが今は元通りだ。
ゆるキャラの体は足だけでなく全身の骨が折れていて、一部は内臓に刺さっていたりしていたそうだが、治癒魔術により怪我の痕跡は一つもない。
樹海の試練の時にも言っていたが、骨折や欠損程度なら治せるので、この世界の戦士たちは心臓が止まる前に治癒が間に合えば何度でも戦えるというわけだ。
これが死ななきゃ安いというやつか。
しかし死を意識するほどの痛みを何度も経験するのは、元日本人としては耐えられず発狂しそうなので御免被りたい。
「また助けてもらいましたね。しかも今回はフィンだけではなく妖精の里全体をです。この御恩はどうやって返せば良いのかしら」
フィンにミートパイもどきを擦り付けられて汚れたゆるキャラの頬や胸元を、フレイヤが布で拭いながらこてりと首を傾げる。
「ここに住まわせてもらったうえに、色々と教えて貰えてるだけで十分ですよ」
「それはフィンを助けたことに対するお礼ですもの、やっぱり他にもお礼が必要だわ。そうね、保留にしていた私の家に引っ越しますか?」
「あの、ちょっとフレイヤ先生」
とっくに拭き終っているのにフレイヤは手を止めない。
いつの間にか拭っていた布は無くなり、正面から両手で挟み込むようにしてエゾモモンガの頬袋を撫で続けていた。
至近距離で妖精の女王の名に相応しい絶世の美貌が妖しく微笑む。
濃厚だがくどくない、甘い花のような香りが鼻をくすぐる。
そして花の蜜に誘われた蝶のように、自然とゆるキャラの体がフレイヤの方に傾き始めて……。
「おっ、英雄が目覚めてるぞ」
「トウジ殿、無事か?無事だな!よし向こうで飲むぞ!」
突然現れた豹人族の兄妹によって、ゆるキャラの体はかっ攫われた。
両脇を担がれて何処かへと連行される。
「ああっ、トウジさん」
切ない表情ですがるように手を伸ばしているフレイヤが遠ざかっていく……危なかった、あれは狩人の微笑みだ。
抱き枕替わりに俺の毛皮を狙うハンター的な意味でだが。
運ばれた先では迎撃部隊の面々が大騒ぎしていた。
相変わらず多種多様な種族の集まりだが、全員が漏れなく酔っ払いと化している。
担ぎ込まれたゆるキャラは背中を叩かれたり、羽を引っ張られたりと手荒い歓迎を受けた。
「英雄を讃えて、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「その英雄って、俺の事じゃないよな?」
「他に誰がいるんだよ。お前が時間を稼いでくれたおかげで皆が無事だったんだ」
ガルドはそう言うが俺自身は活躍するどころか〈森崩し〉を必要以上に追い詰めて、皆を危険に晒したという負い目を感じていた。
それに本当の英雄は頭を吹っ飛ばしたフィンだろう。
というお気持ちを表明して主賓をフィンに押し付け……譲ろうとしたが、ガルドたちの考え方は違った。
「いいか、まず〈森崩し〉を必要以上に追い詰めたことについては、迎撃部隊を引いていた俺に責任がある。トウジとイレーヌの加勢を考慮して、早めの撤退も十分検討の余地があった。にも関わらず判断が遅かったんだ」
「いや、あんなの判断つかないだろ……」
「そうでもないさ。経験と勘である程度分かるんだ」
個人的には〈森崩し〉の体力が数値化されたり、バー表示でもされない限り管理は無理だと思う。
どうして猫はゆるキャラの俺に異世界転生お約束の、鑑定やステータス表示の加護をくれなかったのか。
ガルドは経験と勘が頼りだと言うが、それで失敗して責任を負うのは酷ではないだろうか。
「撤退指示を無視して攻撃を続けでもしない限り、トウジに責任は無いさ」
「直後に俺は撤退指示を無視したわけだが」
「その時には状況が一変していただろう?玉砕覚悟で殿を務める俺とイレーヌにトウジが加わってくれたおかげで、他の仲間が逃げる時間が稼げた。トウジが頭部を抑えなければ俺たちも死んでいたし、仲間たちも〈森崩し〉に追い付かれて確実に被害が出ていた」
そしてゆるキャラもフィンが助けに来なければ死んでいたんだよな。
我ながら無茶をしたものだ。
「〈森崩し〉戦において幾人かの死者は毎回出る。過去には部隊が全滅したこともあった。今回もその全滅必至な危機的状況に陥ったが、誰一人欠けることがなかったのはトウジのおかげだ。自らの命を顧みずに皆を救ってくれたお前を英雄と呼ばずに何と呼ぶ?まだ納得しないか?それなら他にも……」
「わかった、わかったよ!そこまで言うなら英雄でいいよ」
これ以上褒められても気恥ずかしいだけなので、甘んじて歓待を受けようじゃないか。
謙遜が過ぎても場の空気が悪くなるだけだし。
もちろんフィンもMVPなのは間違いなので一緒に祀り上げてもらおう。
当のフィンを探すと、何故かウルスス族の熊君の頭の上にいた。
熊君も酔っぱらって楽しくなったのか、奇声をあげながら四足歩行で広場を走り回っている。
熊君同様に酔っ払いで赤ら顔のフィンは彼の頭に跨り、両耳を掴み笑顔でロデオごっこを満喫しておられる。
元人間としては外見が幼いフィンの飲酒を咎めたくなるが、彼女は未成年ではない。
フレイヤ先生の授業で教わったが、そもそも妖精族は生まれた瞬間から成体で未成年という概念が無かった。
フィンは妖精族の中では若く顔つきも幼い一方で、スタイルは大きなお友達のフィギュアのようにグンバツで大人びている。
現在の大きさは三十センチ程度だが、成長するとフレイヤ先生のように人間の大人と同じくらいの大きさになる。
子どもと大人の境界なんてあってないようなものだった。
生態はもちろん法律だって地球とは違うのだから比べるだけ野暮か。
郷に入っては郷に従えだ……というわけで従おう。
「よっしゃ酒もってこい!今日はとことん呑んでやる」
「おおっ、ではトウジ殿の英雄ぷり、しかと見せてもらおうか」
盃を手にして不敵な笑みを浮かべたイレーヌが俺……ゆるキャラの正面に陣取る。
どうやら彼女が最初の呑み比べの相手のようだ。
よろしい、ならばけちょんけちょんにしてやるぜ!




