209話:ゆるキャラと敵か味方か
レキたち亜人にとって人族は「邪人よりはまし」くらいの相手であった。
騎馬族の村から更に山を二つ越えた先には人族の国があるそうなのだが、周辺に住む亜人たちは極力人族の国とは関わらないようにしているそうだ。
何故なら人族の国は亜人を同族である人種だとは認めておらず、奴隷のように……下手をすれば家畜当然の扱いを強いてくるのだとか。
ここは神無き大陸カンナウルトルムである。
大陸を守護する中柱の神が創造神の手違いで不在になっており、肥沃な大地は魔獣や邪人、闇の眷属が跋扈する魔境と化していた。
したがって他の大陸と比較すると人種の版図は狭い。
狭いのだから人種という大きなくくりの中で協力し合えばいいのに、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
(ひとぞく みためちがうの きらう あじんのこと こわい)
何故かカタコトになりながら通訳してくれるユキヨ。
ふむ、のっぴきならない危機的状況だからこそ、違いない者同士で結束を固めるということなのだろうか?
これはゆるキャラの見解だが、人族は自らと異なるものを排除するきらいがある。
何故なら自身と異なる外見、力を持つものは命を脅かす存在となる可能性があるからだ。
特に人族は加護を除いた身体的特徴だけで言えば、亜人より劣るだろう。
半人半馬の騎馬族と比べると、文字通り馬力が違う。
だから亜人差別は一種の防衛本能といえるのかもしれないな。
とはいえ人族を擁護するつもりは一切ない。
人族同士で争い殺し合うくらい業の深い連中だからな。
同一種族のみでより強固に結束するのは生存競争において有効と言えなくもないが、最終的には余計な敵を作るだけだろう、というのはゆるキャラの浅知恵だろうか。
敵の敵は味方……ではなくやっぱり敵にしてしまうとか、なんともままならないものである。
イルドとオルドの姉弟は人族の国の冒険者証を所持していた。
トロールは邪人であり人族にとっても天敵なので、冒険者ギルドに報告すれば討伐部隊が編成されるだろう、とのことだ。
冒険者ギルドという人族の枠組みの中に亜人が組み込まれる分には問題が無いらしい。
まあ冒険者もある意味、奴隷みたいに使役される存在だしな。
一方で少数部族である亜人たちも人族から外貨を手に入れて、香辛料や鉄器類といった自分たちで調達できないものを入手する手段として重宝されていた。
これだけならウィンウィンの関係と言えなくもない。
ちなみに姉弟は金冠の第三位階なので、ゆるキャラより格上だ。
ゆるキャラも自分の冒険者証を取り出して二人のそれと見比べると、形状は認識票で変わらないが、掘り込まれている文字は全く違うものだ。
人族とならワンチャン言葉が通じるかと思ったが、希望は打ち砕かれてしまった。
そもそも大陸が違うと冒険者ギルドも別組織なのか?
その辺は前の大陸にいるうちに確認しておけばよかったか。
いやまあ別の大陸に飛ばされるなんて予想外の結果すぎるのだが。
「イルドたちの証言だけで人族の冒険者ギルドは動いてくれるのか?」
(いうどはえらい だからはなしきいてくえゆって あととろうがいるかもしれないとこ しってるって)
金冠の第三位階冒険者ともなると、亜人とはいえ発言力がそこそこあるようだ。
それならよいがトロールが居るかもしれない場所を知っている、という後者の情報が非常に気になる。
ユキヨの通訳によると山を二つ越えた先、人族の国の端には古戦場跡があり、廃棄された砦がいくつも残っているそうだ。
そこは人族の複数の犯罪組織の縄張りになっているのだが、最近勢力図に変化があった。
新参のある組織が他の周辺組織を打倒し、勢力を拡大しているのだ。
ところがその新参組織の素性は一切不明で……。
冒険者ギルドを通してイルドはかなり細かい情報を仕入れているようだが、いかんせんユキヨの通訳に限界があった。
通訳の聞き取りには時間がかかり骨が折れるし、細かい情報はどうしても取りこぼしてしまうな。
イルド曰く騎馬族の村にはイルドより強い猛者がたくさんいたそうだ。
そんな騎馬族を屠ったトロールが新参組織の背後にいてもおかしくない、というのがイルドの意見だった。
トロールといえば巨体で力任せに棍棒を振り回す、知能のちょっと低めの怪物というのがゆるキャラのイメージだが違うのだろうか。
人族の犯罪組織の黒幕というイメージからはかけ離れている。
その他にも空から突然現れたり、刃物による殺傷とその残虐性……ユキヨの通訳だけだといまいち理解が及ばない。
イルドとしても古戦場跡くらいしか心当たりはないそうなので、もしかしたら新参組織は全然関係ない可能性もある。
だがしかし古戦場跡は冒険者ギルドへ向かう途中にあるので、寄り道して偵察するくらいならしても良いだろう。
違ったなら今回はスルーすればいいさ。
というわけでレキとゆるキャラ、それにユキヨも冒険者ギルドに向かうイルドに同行することになった。
レキたち兎形族も騎馬族と同様にトロールをどうにかしなければ先行きがなく、一蓮托生でほぼ強制的に同行となる。
トロールの被害を訴えるという点でも、各村の代表が居た方が伝わりやすいだろう。
ゆるキャラは乗りかかった船でレキたちに協力してきたが、冒険者ギルドに報告が終わればそこで一区切りでも良いかもしれない。
こちらも体ひとつで神無き大陸に落とされた身の上なので、他人の面倒ばかり見ている余裕は無かった。
人族の国へ連れてってもらう以外に見返りは求めないので勘弁して欲しい。
翌朝、日の出と共にゆるキャラたちは騎馬族の村を出発する。
オルドは村に残って、仲間の埋葬の続きと子供たちの面倒を見るそうだ。
トロール再襲撃の可能性もあるが子供所帯では他に逃げる場所も無いので、村に留まることに決めていた。
彼らのためにも早く冒険者ギルドに辿り着かなければなるまい。
ゆるキャラたちを見送る騎馬族の子供たちの声援を背中越しに聞いて、身の引き締まる思いがした。




