207話:ゆるキャラと屍山血河
村の右手へ回り込み、木製の柵の外側から中の様子を伺う。
立ち並ぶ木造家屋の半数ほどに火が放たれていて、そのほとんどがもう焼け落ちてしまっていた。
雪と泥が混じった地面には昨日見た兎形族の村と同様に、赤黒い大量の血が飛び散っている。
ただし兎形族の村とは違う点もあった。
それは血を流した主たちがその場に残っているということだ。
騎馬族とは半人半馬、上半身が人種で下半身が馬のいわゆるケンタウロスのような亜人であった。
その彼らが、大勢、地面に横たわっている。
柵を飛び越え近付いてみると、外傷は刀傷のようなものが多いと分かった。
ある者は背中をばっさりと切り裂かれ、またある者は首を刎ねられ頭部が失われている。
他にも心臓を一突きにされ苦悶の表情のまま息絶えている者、腹を裂かれ零れた臓腑を自らの手で支えたまま絶命している者などがいた。
一刀のもとに切り伏せられている者もいれば、酷くいたぶられたような者もいる。
最も酷いのは馬の脚を全て付け根から切断され……とにかく、地獄のような光景がゆるキャラの目の前に広がっていた。
もし転生前だったら確実に卒倒している。
幼い頃から血を見るのが苦手だったうえに、インターネット黎明期になると迂闊に踏んだリンクの先でグロテスクな画像を見せられた結果、完全なるトラウマへと昇華してしまっていた。
不思議なことにホラーゲームに出てくるグロは平気なのだが、おそらく架空のものか現実のものかを無意識に理解しているのだろう。
〈コラン君〉に転生してからは体だけでなく心も作り変えられてしまったのか、血や暴力で委縮するようなことは無かった。
それともこの世界はホラーゲームのような架空の世界だと認識しているとでもいうのか……。
とにかく惨状に対する恐怖は生まれないため、次に湧き上がった感情は怒りだ。
アトルランという世界は地球より遥かに弱肉強食故に、これまでにも沢山の死を見てきたが、これは酷い。
一思いに殺せる相手を意図的にいたぶっている。
―――はだめだよ
背後に近づく気配で我に返る。
振り返るとそこには二人の騎馬族がいた。
若い男女で、どちらも長距離を走ってきたかのように肩で息をしていて、体から立ち上る湯気が上半身を包んでいる毛皮の服の隙間から漏れている。
「―――――!」
「一応言っておくが、俺じゃないからな」
男の方が怒りの形相でゆるキャラを怒鳴り付けて、手にしていた槍を構える。
自身の感情に囚われて背後に来るまで気が付かなかった?
普段ならもっと早い段階で彼らの接近を察知して、トラブルになる前に逃げるか隠れるかしたのに。
当然言葉が通じないので男は槍を構えながらこちらへにじり寄り、女もその背後で弓を構えている。
一人では弁明する手段が無いため、ここは濡れ衣を着たまま撤退するしかないか、そう思った時……。
「――――っ」
(おいたんはわるくないのーーーーー!)
待っていろと言ったはずなのにレキとユキヨがゆるキャラの背後、柵の外側に現れた。
レキは死屍累々の騎馬族を見て息を呑んだが、兎らしく軽々柵を飛び越えるとゆるキャラと騎馬族二人の前に割って入る。
「―――――」
(そうよそうよ おいたんはれきもたすけたのよ)
ユキヨの援護射撃の言葉しか理解できないが、どうやらゆるキャラのことを庇ってくれているらしい。
騎馬族の男とレキの間で応酬が暫く続いた後、男はゆるキャラをひと睨みしてから構えていた槍を下ろした。
女の方も男にならって弓に番えた矢を外す。
表情からして二人ともあまり納得はしていなようだ。
まあどこの馬の骨とも分からない変な亜人を、あっさり信じるほど平和ボケしていないのだと、好意的に解釈しておこう。
ユキヨ経由で話を聞くと二人はこの村に住む姉弟で、今日は早朝から狩りに出かけていたそうだ。
狩りが終わり村への帰り道、立ち上る黒煙が目に入り慌てて戻ってくると、この惨状と側に佇むゆるキャラを目撃したのであった。
レキと姉弟は知人ということもあり、なんとかゆるキャラのことは信用してもらえた次第である。
兎形族の村を襲ったのは数人のトロールだった。
突然空から降ってきたそいつらは、手にした剣で呆然としていた兎形族たちを無差別に斬り付け始める。
果敢な抵抗も空しく切り伏せられる中、一部の兎形族は村はずれのボロ屋の地下収納に逃げ込むことができた。
暫くして外が静かになったのを見計らって地下収納から出ると、トロールも斬られた仲間の姿も無かった、というのがレキから聞いた情報である。
この村もトロールに襲われたのだろうか。
外傷はトロールの得物と一致していそうだが、一方で兎形族たちの死体(になっていないことを祈るばかりだが)は見当たらなかったのに対して、騎馬族はその場に残っている。
兎形族の村のように生き残りがいれば良いのだが……。
ゆるキャラが犯人でないことがわかり緊張状態が解けると、騎馬族の姉弟に村の惨状という逃れられない現実が襲い掛かった。
その場に崩れ落ちた姉弟の慟哭が村中にこだまする。
言葉が通じなくても十二分に伝わる魂の叫びであった。
慟哭を目の当たりにして隣にいたレキの目にも涙が溢れ出し、遂には泣き始めてしまった。
レキだって自分の村を襲われている。
先程まではこの騎馬族の村に助けを求めるという使命で頭が一杯だったかもしれないが、その目的が失われた今、彼女も緊張の糸が切れてしまったのだろう。
ユキヨがどうしていいのか分からず、レキの周囲を心配そうに漂っている。
ゆるキャラはゆるキャラで自らの内側から溢れる感情……というか意志?のようなものに戸惑っていた。
ずっと同じ言葉が頭の中で反芻している。
―――のいじめはだめだよ
――――よわいものいじめはだめだよ




