202話:ゆるキャラと雪景色
「どうやって帰ればいいんだ……」
第四大陸リガムルバスに帰る目処が立たず、早々に弱音を吐いているゆるキャラである。
夜が明けて太陽が昇ると、白銀の世界が照り返しにより煌々と輝く。
その下をとぼとぼと歩くゆるキャラひとり。
かれこれ小一時間は歩いているはずだが、見渡す限りの雪原という風景は変わらない。
四方は山に囲まれていて盆地のようになっていて、なんとも地元の北海道胡蘭市のような光景だった。
地方都市なので街外れには畑が広がっていて、冬は今見ている雪原のようになる。
通っていた高校も街外れにあり、冬の体育の授業といえばクロスカントリースキーだったのを思い出す。
二単元ぶっ続けでスキーコースという名の雪の積もった畑を滑り、近くにある空港まで行って、飛行機の離発着を見学してから帰ってくるというコースだ。
休みなくスキーで歩き続けていると体がポカポカになり、みんな上着を脱いでジャージ一丁になっていたなあ。
現在のゆるキャラの姿はジャージどころかすっぽんぽんだが、自前の毛皮のおかけでちっとも寒くないぜ。
猫によって身ひとつで神無き大陸に落とされたわけだが、生命の危機には陥っていない。
防寒はばっちりだし食料は四次元頬袋の〈商品〉があるので、飽きや栄養の偏りを気にしなければいくらでも耐えられる。
問題はそれ以外すべてだが。
現在位置も分からなければ人気も無い。
まずはフィンたちと連絡を取りたいが手段も無い。
結果こうして当てもなくとぼとぼと歩き続けているわけだ。
神無き大陸は魔獣や〈闇の眷属〉が跋扈する魔境と聞いていたが、今のところ平和である。
というかゆるキャラ以外の生物に遭遇しないのだが。
結局太陽が頭上に来るまで歩き続けたが、なんの変化も無い。
太陽の位置的に緯度は北海道と近い気がする。
まあ天体の位置が地球と同条件かは知らないが。
〈ジンギスカン煎餅(十枚入り)〉で昼食兼小休止を済ませて移動を再開。
視界はどこを向いても山なので、極力標高の低そうな山の方向へ真っ直ぐ進む。
最悪山まで行って何も無ければ山越えをするつもりだからだ。
独りで黙々と歩いていると、これから死ぬわけでもないのに転生してからの出来事が走馬灯のように蘇る。
たった半日独りぼっちになっただけで、ホームシックになるとは。
四六時中フィンやシンクたちといることが当たり前になっていたようだ。
転生前は独りが当たり前だったのに……。
ひたすら歩き続けると、日が暮れ始めた頃になってようやく変化が訪れる。
「何かがこっちに向かってくるな」
ゆるキャラの目はエゾモモンガのつぶらな瞳だが、オジロワシのように遠くまで見渡すことも出来るのだ。
目を凝らすと、四足歩行の白い何かがゆるキャラのいる方向に走ってくる。
全身が純白の毛皮で覆われていて、頭頂部には長い耳が付いていた。
鼻先は尖り気味で、ゆるキャラのモチーフになっているエゾモモンガに似ている。
見た目をズバリ言うと兎なのだが、細部が違った。
後足は逆関節で兎そのものだが、前足の指先は人種のように五本指だ。
顔の造形も人種寄りで、今は全力疾走で険しい表情だが可愛い少女のそれである。
走る動きに合わせて長い銀髪が揺れていて、その筋の人が好みそうな外見だ。
兎少女は走るのに必死で、立ち塞がる存在に気が付いた頃には目前に迫っていた。
両手剣を四次元頬袋から取り出して構えているゆるキャラを見て、驚いた兎少女が急制動をかける。
接触するギリギリで停止した兎少女は、両手剣を振り上げたゆるキャラを見て諦めてしまったのか、その場できつく目を閉じた。
動かないなら都合がいい。
ゆるキャラは容赦なく両手剣を振り下ろす。
もちろん兎少女ではなく、その背後に忍び寄る魔獣へだ。
そいつは真っ白い皮膚をした蜥蜴だった。
蜥蜴は変温動物なのでこんな極寒の地では動くことすら出来ないはずだが、余裕で兎少女を追跡していた。
振り下ろした両手剣は、兎少女に喰らいつこうと大きく開かれた顎に阻まれる。
並んでいる鋭い牙と両手剣が激しくぶつかり、蜥蜴を弾き飛ばした。
蜥蜴というよりも鰐かねこいつは。
ゆるキャラを敵と認識した雪鰐(仮称)が、顎を再び開けてこちらに向ける。
すると口腔内が青白く輝きつららが出現して、高速で撃ち出された。
「うおっ」
少し小ぶりだが、かつてリージスの樹海で戦った氷熊が放ってきた《氷槍》みたいだ。
横に飛んで躱したのだが、なんと連射してきた。
つららの雨あられからジグザグに走って逃げ回ると、ゆるキャラの背後にはつららの柵が出来上がる。
距離を詰めれば詰めるだけつららが到達するまでの猶予が短くなり、被弾するリスクが増えてしまう。
かといっていつまでも逃げ回っていては埒が明かないので、覚悟を決めて雪鰐に近づく。
足元に迫るつららを前方に飛んで避けた。
雪鰐が顎を持ち上げて空中のゆるキャラを追いかけるが、真上に差し掛かったところでピタリと止まる。
どうやらそれ以上は仰け反れないようだ。
必死に身をよじりこちらに照準を合わせようとしているが、このチャンスを逃すゆるキャラではない。
雪鰐の頭上を飛び越え、尻尾の付け根あたり目掛けて両手剣を投擲する。
岩に杭を突き刺すような硬い音を響かせながら雪鰐の鱗を貫通。
地面に縫い付けた。
着地と同時に四次元頬袋から新たな得物、大剣を取り出しとどめを刺そうと振り返ると……。
「あれっ、いない」
雪鰐の姿が忽然と消えていた。
正確に言うと両手剣が貫いた尻尾だけがその場に残っている。
そう、蜥蜴の尻尾切りのように。
鰐じゃなかったんかい……いや、勝手に鰐認定したのはゆるキャラだが。
周囲を探すが雪のように白い鱗が迷彩色となり、雪原へ見事に溶け込んでいた。
襲ってくるならまだしも、逃げる相手を見つけるのは至難だろう。
暫く大剣を構えて警戒していたが、雪蜥蜴(ゆるキャラ命名)が襲ってくる気配はない。
完全に逃げられたようだ。
「大丈夫か?」
大剣と両手剣を回収して、兎少女に敵意は無いと両手を広げてアピールしながら近づく。
うずくまったまま戦闘を見届けていた兎少女だったが、危機が去って緊張から開放されたからかその場でしくしくと泣き始めてしまった。
こうなってしまうと何もできないゆるキャラ(の中のおっさん)である。
泣き終わるまで側でおろおろするしかないのであった。




