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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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200/400

200話:ゆるキャラと猫

 目を覚ますと視界には青空が広がっていた。

 ぼんやりとしていた思考も次第にクリアになり、直前の出来事を思い出す。


「なんだ夢か……ってそんなわけない!」


 がばりと仰向けに倒れていた体を起こしてみれば、丸々もこもこの灰褐色の毛皮が目に入る。

 胸元をぺたぺた触ってみたが、茨の針に貫かれた傷どころか血糊ひとつ付いていない。

 そうなると当然痛みもなく、トラックに撥ねられた時に匹敵する激痛だったのが嘘のようだ。


 周囲は森だ。

 転生して最初に目覚めたリージスの樹海に似ているが、違う場所だろう。


 直前の出来事を思い出す。

 今日も探索を進めるため〈嘆きの塔〉の転移装置から〈残響する凱歌の迷宮〉の十一層へ転移した直後だった。


 ゆるキャラの四次元頬袋に隔離していた茨の塊が突然暴走。

 勝手に飛び出してきたのだ。


 塔で発見した時は蠢き肥大を続けていてどうしたものかと思ったが、サシャの指摘通り茨の塊は四次元頬袋にあっさりと収納できた。


 四次元頬袋に生物は入らないし、茨の塊には外様の神の本体が乗り移りつつある。

 ただの生物より遥かに上位存在である神が入るわけがない。


 というかあの場面では四次元頬袋に入れるという選択肢及び、事前に判明していた神も収納できるという事実も頭から抜け落ちていたのだが、サシャによって思い起こされたわけだ。


 サシャがゆるキャラたちに同行するようになり暫くしてから、四次元頬袋の存在を知った彼女が中に入りたがった。


「いやいや生き物は無理だから」


 などと言いつつ冗談半分でサシャに口を近づけたらあっさり吸い込んでしまった時は驚いた。

 まあ神を普通の生き物扱いしてはいけないのかもしれないが、それなら余計に入れたら駄目だろう。


 むしろサシャが入った時は微量の魔力消費すら無かったような……。

 なんて考えている場合ではない。


 四次元胃袋から飛び出した茨の塊は人の形になると襲い掛かってきた。

 シンクを庇って胸を貫かれたところで記憶は途切れていて、最後の記憶と現在の状況が違いすぎて混乱する。


「やっぱり夢だったとでも言うのか?」

「いいや夢じゃないよ」


 後から若い女の声が聞こえて振り返ると、そこには一匹の猫が前足を揃えて座っていた。

 その銀色の長い毛並みと宝石のように美しい紫紺の瞳には見覚えがある。


「事情を把握しているなら聞きたいことは沢山あるが後回しだ。外様の神はどうなった?シンクたちは無事か?俺を元の場所に戻してくれ〈混沌の女神〉」


 名前を呼ばれた猫は少し目を見開き驚いてから、のんびりとした口調で喋り出す。


「慌てなくても大丈夫だよ益子藤治くん。君以外はみんな無事だよ」

「確認したいから一旦戻してくれ」


「その前に話をしようじゃないか。ここは基底現実とは時間の流れが違うから、一時間喋っても向こうは一秒も進んでないからさ」


 突然SFめいた事を言い出す猫。


「それにしても随分この世界に馴染んだみたいだね。僕の正体を知っているだけでなく、竜族を引き連れた挙げ句、外様の神と喧嘩してるんだから」


「全部成り行きみたいなものだけどな……その外様の神はどうなったんだ?なんで俺の体は無傷なんだ?」


「順を追って話そう。時間がかかるし、向こうに切り株があるからそこでお茶会と洒落込もうじゃないか。君の地元の饅頭や羊羹、食べてみたかったんだよねー」


 なし崩しにお茶会が始まってしまったが、急を要する状況でないというなら付き合おう。

 なんとなくこの機会を逃してはいけない気がしたので、はやる気持ちを必死に抑える。


 猫は切り株の上に広げられた饅頭や羊羹をばくばくと平らげた後に、瓶タイプのハズカップジュースを舌でちろちろと掬って飲んで人心地ついたようだ。


 切り株を背もたれにしてぐでっと座り込んでいる。

 その体勢は酔いつぶれたサラリーマンのようにぐったりしていて、神の威厳は微塵も感じられない。


「げえっぷ、御馳走様、美味しかったよ。やっぱり向こうの食品は洗練されているね。さてどこから話そうか……良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞きたい?」


「……悪い知らせから頼む」

「すまないが君を真っ直ぐ竜族の子たちの元には帰せないよ」

「はあっ?なんでだよ」


 思わず座っていた切り株から立ち上がり詰め寄るゆるキャラに、猫がまあまあといった仕草で両手の肉球を見せてくる。


「まずここはどこかだけど、月なんだよ」

「はあ。それで?」


「君たちが迷宮と呼んでいるものの一部はここ、月に至るための門の役目をしていてね。神に認められ月に至った者には、神無き大陸への挑戦が与えられるんだ」


「つまり俺は認められて第五の大陸に送られると?認められた覚えが無いんだが?」


「おおっ、飲み込みが早くて助かるね。認めた理由だけど、君が外様の神をボコボコにしたからだよ。いやあ、不正アクセスで侵入してきた不埒物を成敗してくれていい気味だったね。ちょっと仕事を頼むと余計なことまでしてさ、外注の難点だねえ」


 なんだか核心に迫る台詞のオンパレードのような気がするが、理解が追いつかない。


「いや、ボコボコにした覚えは無いんだが……」


 なんとかそれだけ言うと猫は首を傾げたあと、器用にぽんと手(肉球)を叩いた。


「ああ、あれはセーフモードか。どうりで一方的だったわけだ。本体がピンチになると自動でBOTが動くシステムが組み込まれてるんだ。その体の本来の用途はそっちなんだけどね」


 今の説明でなんとなく合点がいった。

 〈影の狩人〉と戦った際に毒を盛られ死にかけたことがある。


 死にかけて意識が途切れて、次に気が付くと〈影の狩人〉をぶっ飛ばしていた。

 しかも上半身と下半身を泣き別れにして。

 あの時と外様の神に殺されかけた瞬間にセーフモードとやらが発動したのだろう。


「不正アクセスを検知してセキュリティルールに則って駆けつけてみれば、君が胸に穴を開けながら外様の神をボコっていたのさ。本来は迷宮の最下層まで来たものを月に至る者として認めるんだけど、君はあのままだと死んでたから、特例でその場で月に至ってもらったのさ。ここまで来れば僕の力が使えるから、君の修理も間に合ったわけ。至る者の資格の本質は強さだから、なんとか申請が降りたよ。あ、ちなみにこれが良い知らせだね。死ななくて良かったねー。あと外様の神の残骸はこっちで回収しといたから安心したまえ」


 つまりゆるキャラは猫に助けられたわけか。


「助けてくれたことには感謝する。図々しくて悪いがなんとか迷宮に戻してもらうことはできないか?」


「ごめんねー。それはルールというかシステム的に不可能なんだ。もし強引にやろうとすると、高速道路を逆走するくらい危険なうえに、僕にも君にも神罰が下ってしまうよ……おおっと、そろそろ時間だ」


 猫がそう言うと急に周囲の森が歪みだす。

 まるで昔のアナログテレビのようにちらついたかと思うと、今度は視界一面がホワイトノイズに包まれ体が浮遊感に襲われる。


「ちょっと待て!まだ聞きたいことは沢山あるんだ!」

「ごめんねー。あと一つくらいなら聞けるかな?」


 数秒でホワイトノイズは終わり、今度は視界に夜空が訪れる。

 いや、これは宇宙空間から見た星々であった。


 眼下には地球に似た青い星があり、大陸が三つ見えるから残り二つは裏側ということか。

 アトルランは地球と同じ球体の惑星だったのだ。

 人間に戻る方法も聞きたいが、それよりも……。


「何故レヴァニア王国を守護させているグラボに生贄を取らせてたんだ?グラボ本人は指示されたからやってただけだと言っていたが」


「ああ、あれね。生贄によって因果が回るんだよ。風が吹けば桶屋が儲かる、もしくはバタフライエフェクト、もっと言えば乱数調整かな」


「乱数調整ってそんなことのために……」


 生贄により危うく死に分かれしそうになった狐人族の姉妹を思い出して憤る。


「いやいや、勘違いしてるよ。その尊い犠牲のおかげで他の大勢が助かるんだよ?これはいうつもり無かったけど、君が生贄を邪魔したおかげで今回の外様の神の一件が発生したんだからね。君自身が解決しなければ、外様の神が受肉して大勢の犠牲が出ただろうね。もちろん受肉元の子も含めて」


 前者と後者になんの関係があるんだと言いたいが、混沌をもって混沌を制するというのはそういうことなのだろう。

 何の根拠もないのに、というか証明のしようも無いが嘘ではないと直観で理解していた。


「まあ結果的に君が介入してくれたおかげで収支はプラスだから、今後も因果の一端を君が担ってくれるなら僕から文句は言わないよ。それじゃあカンナウルトルムでも頑張ってね」


 一緒に宇宙空間に浮かんでいる猫をその場に残して、ゆるキャラの体だけがアトルランの重力に引かれるように動き出す。

 ―――やがてゆるキャラは一筋の流星となって、神無き大陸に墜落した。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次話から7章となります。

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